十八章 アマスクダリ 208 トーリア、姫に拝謁
・・・七・・・
城門を抜けるのは簡単だったが、バーブルを引き止める娘達を説き伏せるのには時間がかかった。娘達はバーブルのシュエードと歌にすっかり魅せられ、サイノス達が迎えに行って去ろうとすると、「遊んでくれる約束」話を楯に泣いて抗議した。何十人もの娘達に取り囲まれてサイノスとキトは困り果てた。強引に去ろうとすると、とんでもない騒ぎになりそうであった。
「こんなに人気者になっていたとは・・・バーブル・・・残るか・・・ここに」
サイノスが小声でからかった。
「ばかを言うな。で・・・サーライグルレ家の人達とは会えたのか?」
バーブルはあくまでも冷静だった。一番の目的が達せられたかを尋ねた。
「うまくいった。一緒に行ってくれる。紹介しよう。トーリアだ」
サイノスとキトの後ろから、ポレルやスターシャと違って太めな体付の娘が顔を見せた。「トーリアです。お見知り置き下さい」
スカートの裾を持って少し膝を曲げ、貴族に相応しい優雅な挨拶をした。
「バ、バーブルです。よろしく」
「何よ、あの娘は・・・」
「図々し挨拶なんかして」
娘達が非難めいた言葉と冷たい視線を投げかける。トーリアは気にする風もなく、バーブルに微笑むと
「バーブル、さあ行きましょう。皆様、ごきげんよう」
と手を差し出してバーブルに握らせると、ゆっくりと歩きだした。手を預けられたバーブルは否応もなく歩調を合わせる格好になった。背筋を伸ばして歩くトーリアからは生まれながらに備わった貴族にしかない何とも言葉にしがたい気品が滲み出て、バーブルにまとわりついていた娘達は圧倒され、批難する意欲を失ってしまった。ただ見送るしかできなかった。
「サイノス、お前はすごい娘と知り合ったものだな。黙っていてもあの気品。生まれながらの貴族の血とはこんなに濃いものなのか・・・少々太めだけれど、それさえも味方にしている」
キトはトーリア、いや娘が聞いたら怒りそうなことを、褒め言葉として使った。サイノスは父親から母親似の顔立ちについて教えられていたが、キトには打ち明けなかった。少し痩せれば美しい娘になると知れば、キトは狂わんばかりに羨ましがるに違いなかった。
「遅いね、あの子達は・・・いつまで待たせるつもりなのかねえ」
ポレルの傍でデュユングが両手を腰に当てて、入口の方に目を遣りながらポレルに聞かせるともなく、何度目かの独り言を口にした。サイノスが自信ありげに出て行ってからもう数ジータ(数時間)過ぎていた。頭の中には貴族を捜している三人の姿が浮かんでいた。
・・・キト一人じゃないね。サイノスとバーブルも一緒なはずだわね・・・
バーブルが同行していると思うと、少しも心配はしていなかった。しかし、ポレルをそのまま待たせるのにも限度があった。既にそんな時刻になっていた。
「遅いねえ、本当に」
「お母さん、もうすぐよ」
ポレルの方が落ち着いていた。熊のように部屋を歩き回るデュユングの姿がおかしかった。しかしそれを笑おうものなら手ひどい反撃を受けるに違いなかった。
「あっ、帰って来た」
デュユングの顔が輝いた。その視線の先にキトの姿があった。サイノス、バーブル、そして初めて会う娘が入って来た。
「コートレット姫様、遅くなりました」
キトは跪いて帰りをデュユングに告げた。デュユングがポレルにキトの言葉を告げようとした時、
「そち達、御苦労であった。直答を許す。こちらに参れ」
とポレルが声をかけた。
「ははっ」
キトが立ち上がった。サイノスとバーブル、トーリアもキトにならった。
「キト殿、姫の御命令は果たせたようじゃな。そのお方がサーライグルレ家の姫君なのですか?」
デュユングがトーリアを見ながら問い掛けた。トーリアが一歩前に出て挨拶した。
「トーリアでございます。私でお役に立つ事であれば、何なりとおっしゃって下さい」
トーリアに見詰められて、デュユングは言葉に窮した。キトを手招きすると、耳元でささやいた。
「トーリアに、あのドレスの着付けを頼んでくれたの?」
「いや、屋敷で一騒動あったものだから話せなかった。話す間なくここに急いで帰って来た」
「ええっ」
デュユングは、この場でコートレット姫の着付けを頼まなければならないと知って目を剝いた。トーリアからは、貴族の娘である雰囲気が漂っている。その娘にコートレット姫の着付けを頼むことは、「この娘は姫君ではない」と自ら暴露するようなものであった。
・・・困ったわ。一切合切承知して来てくれたわけではないのね。どうしよう・・・
「デュユング、どうしたのです?」
あたふたしているデュユングを見かねたのか、ポレルが声をかけた。デュユングははっとして自分を取り戻すと、ポレルの傍に行って手短に困り事を告げた。ポレルは頷いてひとまずデュユングを少し下がらせ、トーリアを手招きして前に立たせた。
「トーリア、この者達から私の用向きを聞いていないのですね」
「はい。サイノス様から母がお聞きして、父と何事か相談し、私に『御一緒するように』と言われ参りました。どのようなことをすればいいのかはお聞きしておりません」
静かな口調でトーリアが答えた。
「それでは両親とサイノスの話し合いだけで、あなたはここに来たのですか?」
ポレルは何の不安や不満を感じず、男三人と共に来る事を承知したトーリアに少し驚かされた。
「ええ。サイノス様を心から御信頼申し上げております。サイノス様は『私の助けが必要だ』とおっしゃいました。私は『サイノス様の願いは私の願いです』とお答えしました」
そう言った後トーリアは言葉が過ぎたことに気がついた。すぐに真っ赤になって下を向いたが、ポレルはサイノスも赤くなって下を向いたのを見逃さなかった。
「まあ、正直な・・・」
ポレルはそう言うしかなかった。大事な宝物を一つ奪われたような気がした。それでも気を取り直して、
「トーリア、私にこのドレスを着せて欲しいのです。侍女のデュユングに任せるつもりだったけど、驚いたことにこの者は着せ方を知らないのです。コレドール王国を発つ際に急いで雇い入れことを悔いています。明日の晩餐会にはどうしても出席しなければなりません」
と正直に打ち明けた。
「わかりました。私がお手伝い致します。御安心下さい」
トーリアの承諾を聞いてデュユングはひとまず安心した。それと同時に貴族の娘であるトーリアが本当に着せられるのかと少し疑問を抱いた。それを聞くしかなかった。
「トーリア様、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何でしょうか?」
トーリアは微笑みを浮かべてデュユングの方を向いた。そのやわらかな表情を見て、何を聞いても許してくれそうな気がした。
「私の育ちが悪くて、コートレット姫様とあなたに御迷惑をお掛けすることになりました。御承諾いただいてほっとしています。私がお聞きしたいのは、本当にコートレット姫様の着付けがお出来になるかということです。トーリア様は生まれながらにして貴族のお嬢様です。幼い頃から多くの侍女が身の回りのお世話をしたことでしょう。御自身でドレスを着られることなどなかったのでは。私はある人から,『娘の服は純潔さに重きがおかれた結果、一度着たら最後、紐を切らないと脱げない仕立になっている』と聞いています」
「デュユング、控えなさい。無礼は許しませんよ」
コートレットが横から叱責した。頼みを引き受けてくれた者に疑いを抱くことは、非礼の極みであった。
「コートレット姫様、お気になさらないで下さい。デュユングが抱く心配は当然です。確かに貴族の娘が自分でドレスを着ることはしません。私も幼い頃から侍女に着せてもらっていました。私はそれを当然と思い、何の疑いも持ちませんでした。しかし父が没落貴族と呼ばれ、侍女を置くこともできないほどに貧しくなってから、それがどんなに恵まれたことだったのかを知りました。恥ずかしい話ですが自分で着なくてはならなくなったのです。没落貴族でも晩餐会には招かれます。最初の頃は何ジータ(時間)もかかって、間に合わないこともありました。でも次第に慣れていき、今は一人でちゃんとできます」
トーリアはそう言って少し笑った。卑屈さを少しも感じていない様子にポレルは心を打たれた。
「いい人に巡り合ったわ。これで明日の晩餐会は大丈夫。トーリア、あなたも招かれているのでしょう。一緒に行きましょう」




