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十八章 アマスクダリ 207 トーリアとの再会

・・・六・・・


 女から貰った地図を頼りに、二人はサーライグルレ家の泊り先に向かった。拙い文字入りの地図であったが、意外と正確に書かれていた。目印となる店や木々に道案内されて一軒の屋敷に辿り着いた。旅人相手の宿ではなく、訪問者をたじろがせる程の豪壮な屋敷であった。門の前には数台の馬車が止められていた。御者と数名の警護兵が主人の戻りを待っている風であった。

「おい、本当にここなのか?没落貴族には似つかわしくない立派な屋敷だ。お前から聞いた話とは大違いだ」

「俺にもよくわからない。嘘をつく人でとは思えない」 

 サーライグルレ家のコレス本人から『没落貴族』と聞いていただけに、サイノスもにわかには信じられないものがあった。

「会えば話してくれるに違いない。また頼みも聞いてくれるはずだ」

 二人が近付くと集まって話し込んでいた御者と警護兵が顔を向けた。そして話を止め、高地位者の出現に顔に緊張を走らせた。レヨイドがくれた士官服を役立てることができそうだ。

「お前達はここで何をしている?」

 キトは直立した警護兵に問いかけた。

「はっ、カルコン様の命令でサーライグルレ様を尋ねて来ました」

「カルコン様?アマスクダリの司令官か?」

「そうです」

「本人が来ているのか?」

「いえ、副官のサユエリ様です」

「用向きは?」

「詳しくは聞いておりません」

「そうか、御苦労。入るぞ」

 警護兵は慌てて何かを言おうとしたが、サイノスの一睨みを受けて身がすくませた。

 

 屋敷の中に入った。暫く立って待っていたが、誰も姿を見せなかった。

「お~い、誰かいなか?」

 サイノスが大声を上げた。すると廊下の角から男が顔を覗かせた。その男は顔だけ出して二人を見ていたが、すぐに顔を引っ込めた。

「何だ?あれは・・・」

「待っても無駄なようだ。こちらから出向いてやろう」

 二人は肩を並べて足早に歩いた。そしてさっき男が顔を見せた角に来た。

「油断するな」

 その角を曲がると明かりが煌々と灯る大広間が見え、同時に大きな怒鳴り声が聞こえた。

「これは頼みじゃないぞ。命令だ。わかっているのか!」

 どうやら何事か起きているらしい。緊迫した空気に殺気が含まれている。事態が急変しそうだと感じた二人は急ぎ足で近づくと、開かれたままの室内を覗き込んだ。

「あっ、コレス様だ」

 サイノスは何日か前に話したサーライグルレ家のコレスだとすぐにわかった。その後ろには、妻のサーリアが娘のトーリアの肩を抱くようにして立っていた。一家の前に軍服姿の数人の男が顔を紅潮させて立っていた。コレスの横で懸命にとりなしている身なりのいい男が、この屋敷の主人であろうか。

「サユエリ様、今日の所は私に免じてお帰り下さい。私からよくコレス様にお話し申し上げます」

 主人もひとかどの人物のようだ。兵士を恐れていなかった。何とか一家のために力になろうとしているひた向きさが、言葉や態度に現われていた。

「駄目だ、駄目だ。カルコン様の命令だ。それを『よく考えて明日お返事します』と抜けぬけといったものだ。貴族だから下手に出たのを甘く見おったな。娘は預からせて貰うぞ。お前が命令通りにすれば戻してやる。お礼もする。いい話ではないか。コレスには選択の余地などない」

 貴族を呼び捨てにして、乱暴な言葉を叩きつけた。

 場が一気に緊張した。

「無礼であろう」

 サイノスが何の相談なしで、いきなり広間に飛び込んでしまった。キトは驚いた。それでも一人にしてはまずいと後を追った。

「誰だ?お前は?」

 サユエリは思わぬ侵入者を睨み付けた。そしてすぐにドルスパニア王国軍の士官だと気付いた。階級は・・・・悔しい事に自分より上位であった。

「何用でここに参られたのですか?」

 上官とわかったからには、下手に出るしかなかった。

「サーライグルレ様をお迎えに参った」

「そ、そうですか!」

 サユエリは胸を撫で下ろすと同時に、別の者に同じ命令を出したカルコンに自分が信頼されていないと落胆した。それでもこれでサーライグルレもカルコンの強い意志を知って同行するのをこれ以上拒まないものと思った。

「それでは私は外でお待ちしております」

「御苦労」

 サユエリは部下を引き連れて広間を出て行った。その後ろ姿をサイノスとキトは無言で見送った。


「サーライグルレ様、こんなに早く再会できるとは思いませんでした」

 サイノスは笑顔で話しかけた。しかしサーライグルレは堅い表情を崩さなかった。

「君もカルコンの使いで来たのか?奴の誘いなどお断りだ。君に頼まれてもこの気持は変わらない」

 どうやら二人をカルコンの部下と勘違いしているようであった。

「カルコン?関係ありません。私達はコレドール王国の姫君、コートレット姫の使いです」

「しかし・・・サユエリは外で待っているのではないのか?」

「サーライグルレ様をお迎えに参ったのは同じですが、主人が違います。サユエリが勝手に勘違いしただけです。私は正直者です。ねえお母さん」

 サイノスはやっと顔色が元に戻ったコレルの妻、サーリアに向かってくだけた調子で笑いかけた。

「あなた、サイノスがカルコンの命令など聞くわけありません。そうでしょう・・・サイノス」

 サーリアはそう言ってサイノスに近づくと、両手を広げさせて胸に体を寄せた。そして目を閉じた。広げられた両手を下ろすと、自然とサーリアを抱きしめる格好になった。

「ありがとう。とても怖かったわ」

 サーリアがささやく。体の震えがその言葉が嘘でないと語っていた。

「お母さん、安心して下さい」

 サイノスは震えが止まるまで抱きしめようと思い、背中に回した手に少し力をいれた。その姿は恋人同士のように見えた。夫のコレスと娘のトーリアはそれでも何も言わず、穏やかな表情で二人を見守っていた。目の前で妻であり母である最愛の者を、一回だけ出会った男が抱きしめているというのに。

「もう十分。やっと落ち着いたわ」

 サーリアは体を離すと夫の元に戻った。そして夫に何事か耳打ちした。夫は大きく頷いた。

「サイノス、君の望みを引き受けよう。ただしその役目は娘のトーリアで十分だ。娘をそのコートレット姫君の元に連れて行ってくれ」

「ありがとうございます。でも、お二人を残してトーリアだけ連れていくわけにはいきません。カルコンに報告したサユエリが勘違いに気づき、大慌てで戻って来ます。頭に血が上っていて、手荒な真似をするかも知れません」

 逆上した者の怖さをサイノスは十分に知っていた。有力貴族であれば別だが、没落貴族のサーライグルレ家には手加減するとは思えなかった。

「そう考えるのが自然だが・・・しかし・・・カルコンは何かを企んでいる。そのためにしばらくは下手に出るに違いない。心配するな」

 コレスが白い歯を見せた。

「しかし・・・」

 無理にでも連れだそうと一歩踏み出そうとしたが、サーリアに目で押し止められた。夫の言葉に従うようにとの強い意思がこめられていた。

「わかりました」

 キトに目で合図すると、サイノスはトーリアの手を握った。

「トーリア、君の助けが必要なんだ。一緒に来てくれないか」

「ええ。あなたの願いは私の願いよ」

 トーリアは自分の気持ちを隠さなかった。出会った時に感じた気持ちが間違っていないと確信した。


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