十八章 アマスクダリ 206 潜入
・・・五・・・
サーライグル家の面々を捜すには、アマスクダリ内に入るしかなかった。しかし城門は堅く閉ざされ、警護兵が厳重に警戒をしていた。コレドール王国のコートレット姫という肩書も昼間でも通じなかった。夜であればなおさらだ。
「サイノス、どうやって城内に入るつもりだ?朝まで待てば開門されるが、それでは間に合わない。ポレルの元にはすぐに迎えがやって来るはずだ」
まず城内に入らねばならない。意外と気まじめなキトはさっきからずっと考えていたが、いい手だては何一つ思い浮かばなかった。サイノスに頼れば何となりそうな気がして、それを期待していた。サイノスはそんな雰囲気を持っていた。
「俺はもう入る手段を考えた。任せろ」
サイノスは胸をどんと叩き、自信満々の表情で先頭にたって歩いた。サイノスの向う先には堅く閉ざされた城門があった。
「おい、城門にむかっているがどうする気だ?」
キトは気が気ではなかった。姫君をも通さない厳格な兵士達だ。こんな時間に近づいたら、それだけで騒ぎになるに違いなかった。もう三人の姿に気付いて数人がこちらに顔を向けているのが見えた。
「門を開けるのはバーブルの役目だ。頼んだぞ」
「えっ!」
キトとバーブルが同時に驚きの声を上げた。
「サイノス、バーブルが門を?」
大きく目を見開くキト。一方のバーブルは驚きの声を上げたものの、もう冷静な表情に戻っていた。その顔を見てサイノスは自分の思いつきが決して間違いでないことを確信した。
「そうだよ、キト。バーブル以外に門を開かせる者はいない」
「しかし・・・まだわからない」
キトはサイノスの意図がまだわからなかった。
・・・重要な門の警護兵を説き伏せて開門させることなどできるはずがない・・・
「キト、まだわからないのか・・・仕方のない奴。教えてやろう。バーブルには俺達にはない力がある。その力を出せば門など簡単に開けられる」
「俺達にない力・・・」
考え込むキト。そしてようやくサイノスの言わんとしていることに気付いた。あの湖の辺で兵士達を眠らせたシュエードの音色。美しい娘は居合わせていないが、そのシュエードをここで奏でれば、あの夜の再現になる。
「わかった。バーブル、あの湖の音色を奏で、兵士達を眠らせてくれ」
「あの湖の音色だって!」
バーブルが大きな声を出した。傍でサイノスは思わず天を仰いだが、もう遅かった。キトの言葉で、娘との甘い逢瀬を二人に見られていたことにバーブルは気付いたに違いなかった。事実冷静なバーブルの顔が赤くなっていた。
「お前達・・・まさか・・・」
「済まない。夜な夜な抜け出すお前のことが心配で、二人で後をつけた。乱暴な兵士達に囲まれた時に飛び出そうと思ったが、その必要もなかった。悪気があってお前達が愛し合うのを覗いていたわけではない。行きがかり上そうなったのだ」
「見られていたとは思いもよらなかった。まあいい。お前の気質はよくわかっている」
バーブルの脳裏に甘いひと時が駆け抜けていった。スターシャ、忘れなくてはならない名前なのに、前にも増して心の中で大きくなっていた。
「バーブル、頼む。お前しかいないんだ」
「わかったよ。任せてくれ」
バーブルは二人を待たせると一人で門の方へ歩き始めた。一人でも怪しまれるのに、大男のサイノスと負けん気がすぐ顔に出るキトと一緒では、話を切り出す前に騒ぎになりそうな気がした。
「止まれ!何者だ!」
門前で警戒中の兵士が鋭い声を上げた。数人が鎧の音を響かせながら足早に近づいて来た。バーブルは忽ち四、五人の警備兵に取り囲まれた。
「決して怪しい者ではありません。アマスクダリにどうしても入りたく、門を開けていただくようにお願いに来たのです」
バーブルは落ち着いた様子で説明した。
「駄目だ、駄目だ。明日の朝出直して来い」
バーブルが剣を帯びていないと知った警備兵は警戒を解いたが、願いを聞き届ける素振りも見せなかった。
「そうですか・・・それでは明朝まで待つことと致します。そうだ・・・皆様に御迷惑をかけたお礼にシュエードを一曲弾かせて下さい」
警備兵達は何事か仲間内で話して、バーブルの申し出を受けることにした。朝までの時間を持て余していたのだ。長年交代で警備してきたが、これまで何の問題も起きなかった。丁度いい暇つぶしになるとの思いを抱き、仲間を呼び集めた。ほぼ全員の警備兵がバーブルを取り囲んだ。
「御覧下さい。空は満月・・・心地よい夜風。こんな夜でも皆様は市民の安眠を守るために一晩中警護されている。心から感謝致します」
そう前置きしてシュエードを弾き始めた。興味半分で集まって来た兵士達は数小節も聞かない内に、今まで感じたことのない気持ちの安らぎを感じた。誰に言われた訳でもなかったが、その音に浸るために目を閉じた。
シュエードの音色は静かに霧のように流れ、兵士達の身体が音楽に合わせて自然と揺れ出し、立ったまま聞いていた者もいつしか地面に座り込んでいた。バーブルは敢えて歌わず、音に微妙な強弱を付けて奏でた。
やがて・・・一人、また一人と頭が下がり、終には地面に横たわっていく。バーブルはその様子を見ながら、頃合いを見極めたのか、最後に玄を短く、強く弾いてシュエードを下した。曲が終わっても兵士達は起き上がる素振りも見せず、静かな寝息を立てて横たわったままであった。それを確かめて、バーブルはキトとサイノスを手招いた。
「ほ~、すごいな~」
「感心している場合じゃあないぞ。さあ門をよじ登るぞ」
最初から大門を開けようとは思っていなかった。大門を開けるためには、何十人もの屈強な男と十数頭の馬が必要だ。アマスクダリ防衛の表門だけに、それほどまでに巨大で頑丈に作られていた。三人の力では到底無理な相談であった。しかし警護兵がいなければ話は別だ。門をよじ登れば、城内に入れるのである。
門の内側には警護兵の姿はない。それもそのはず。厳しく閉ざされた大門、門前の警護兵。敢えて無謀な戦いを挑む命知らずはいなかった。
「時間はない。急いでサーライグルレ家の人達を捜そう」
キトが先頭に立って歩き始めた。サイノスとバーブルがその後に続く。遅い時間にも係わらず、大勢の市民が通りを歩いていた。押すとも押されるともなく、人の流れに合わせ進む内に、三人は一段と華やかな場所に辿り着いた。ランプを煌々と灯し、女達が客引きする店が両側に延々と連なっている。酒の匂いと料理の匂いが鼻をくすぐり、音楽、嬌声、笑い声が耳に飛び込んで来た。
「ねえ、寄ってらっしゃいよ。安くしてあげるわ」
「遊んでいかない?楽しませるわ」
女達が声をかける。声ばかりでなく、強引に手を引く女もいた。ドルスパニア王国の軍服姿の三人を引き込もうと、女達も躍起になっていた。とうとう先頭のキトがその勢いに押された格好で立ち止まってしまった。
「嬉しい。中に入って」
女は大喜びして満面の笑みを浮かべ、キトの腕に取りすがって、満面の笑みを浮かべた。
「ちょっと待ってくれ。俺達は急いでいる・・・」
と、手を振り払って先を急ごうとした時、キトはサーライグルレ一家を見つけるいい考えを思い付いた。
「遊びたいのは山々だが、役目の途中だ。それを終えなければ俺達は上役から叱られる」
「そんな言い訳なんか聞きたくないわ」
女は非難めいた顔をし、頬を膨らませたが、手を放そうとはしなかった。どうやらキトが気に入ったようだ。
「嘘じゃない。その人に会って伝言したら、役目は終わりだ」
「じゃあ、早く終わらせて」
女の顔が期待で輝いた。
「役目は簡単だが、一つ問題がある。この疎い街で人捜しをしなければならない。それさえ上手くいけばゆっくりできるというものだ」
「本当?あんた達は誰を捜しているの?」
「貴族のサーライグルレ様だ。知っているか?」
客引きの女が貴族を知っているとは思っていなかった。ただ、客から聞いているかも知れないと期待した上での問いかけだった。
「サーライグルレ様・・・知っているわ。それもどこにいるかも・・・」
「何、本当か!」
キトは目を剥いた。こうも簡単に宿泊先がわかるとは、想像していなかった。
「教えてくれ、頼む!」
キトは女の両肩に手を置いて、返事を急かせた。女はにやっと笑うと、条件をつけた。
「教えてあげてもいいけど、あなた達の引き返し話をそのまま信じるほど甘くはないわ」
「約束は必ず守る」
キトはそう言ったが、女はそっぽを向いた。
「サイノス、どうする?」
力づくで、聞くわけにもいかなかった。女を口説く術はまだ持ち合わせいなかった。
「キト、お前には無理だ。俺に任せろ」
黙って後ろで見ていたサイノスが後ろから声を掛けながら、女の前に立った。
「俺はサイノス。俺は約束を守るぞ。賢く、その上美しい娘と楽しく過ごせる機会などめったにないことだ」
女はサイノスのお世辞にしなをつくった。それでも教えるとは言わなかった。
「わかった。こうしよう。俺達が戻るまで人質を預けておく。それで納得してくれ。おい、バーブル、お前の役目だ」
サイノスは後ろを振り返ってバーブルを呼んだ。女はそれまで黙って後ろに立っていたバーブルに視線を送った。バーブルが女の前に立って、真正面から見詰めた。柔かな表情と憂いを含んだ瞳。忽ち女が赤くなって足元に視線を落とした。
「いいわ、この人を残すなら。サーライグル様のお宿までの道順を書いてあげる」
女は紙に書きながら目印となる建物を教えた。早足で行けば三十プーン(三十分)程の距離であった。
「バーブル、ここで待っていてくれ。娘さん、その男はシュエードの名手だ。聴くだけの値打はあるぞ。ただし・・・惚れるなよ。その男には」
サイノスは笑いながらキトと歩き出した。




