十八章 アマスクダリ 205 姫の初命
・・・四・・・
「う~む」
大きなため息をつくと、カルコンは浮かない表情をした。
「カルコン様、どうかされましたか?」
一緒に飲んでいた部下が声をかけた。一日の終わりにカルコンを囲んで飲むのが日課となっていた。いつもは快活なカルコンの「心ここにあらず」の素振りが嫌でも目についた。
「うむ・・・実はコートレット姫のことがどうにも心に引っかかるのじゃ」
「コートレット姫?ザイラル様の命令書をお疑いなのですか」
「命令書には問題ない。問題はないが・・・」
自身でザイラル軍用紙に書かれ、印も押された命令書を確認していた。偽物でないのは確かであるが、ザイラルとコートレット姫の組み合わせがどうにも奇異に思えた。ザイラルをよく知るだけにあり得ない命令内容に疑惑を抱いた。晩餐会へ招いた理由もそこから出ていた。コートレット姫に直に会ってみたくなった。
「そんなに気になされるのなら、ザイラル様に使者を送りましょうか?姫の警護兵は遠征を終えてサービアに向かっているとのことです。騎兵を送れば明日の晩餐会が始まるまでには戻れます」
「よし、そうしてくれ・・・それともう一つ念を入れる。確か没落貴族のサーライグルレ家一行も今日着いたはずだ。明日の晩餐会に招いておけ。貴族の目で見ればコートレット姫の真偽を見極められよう。本物であっても貴族に「偽物」と言わせればどうにでもなる。もしも本物であれば、その非礼をサーライグレル家のせいにすればいい」
カルコンはにやっと笑うと酒を一気に飲み干した。気がかりを片付けて、ようやくいつものように酒を楽しめる気分になれた。没落貴族の家がどうなろうとも痛くもかゆくもなかった。
同じ頃晩餐会へ招かれたコートレットこと、ポレルもその美しい眉をひそめていた。ベッドの上には、レヨイドから贈られた服が広げられていた。ポレルはそれを着て明日の晩餐会に出ようと思い、一度着ようとしたが、シュットキエルでは縁のない貴族の服はあまりにも難解な代物であった。一ジータ(一時間)以上もかけてはみたものの、どうにもならなくて途方にくれていた。
「コートレット姫様、御機嫌はいかがでしょうか?」
乳母役のデュユングが飲物を持って部屋に入って来た。もうすっかり役になりきっていた。
「今日は大変な一日。とうとう姫様にされてしまったわ」
「いいのよ。私から見ても、あんたはどこに出しても恥ずかしくない姫様だよ」
普段の言葉づかいに戻ったデュユングは、飲物を渡そうとした時にベッドに広げられた服に気がついた。
「明日の晩餐会に着るのかい?」
「そのつもりだけで、着方がわからなくて困っていたの。お母さんはわかる?」
「どれどれ・・・」
デュユングが手に取った。少しだけポレルは期待したが、デュユングが首を振るのを見て無理なことを覚った。元々ポレルは踊りに邪魔な堅苦しい服は好みではなかった。レヨイドから贈られた包みを初めて開いて、余りの仰々しさに苦笑した。着る機会もないと思って荷箱の一番下にしまっていた。しかしコートレット姫として招きに応じるからには、その衣装を着こなさねばならなかった。
「困ったね・・・キトを呼んでみようか?まがりなりにもドルスパニアの近衛軍にいたというから、一度や二度は晩餐会にも出ているだろう。田舎育ちの私らがいくら考えてもわからないよ」
名案が浮かんだとばかりにデュユングは部屋を出て行った。
「何遠慮しているんだい?さあ早く中に入った、入った」
程なくデュユングの大きな声が聞こえた。彼女に押されるようにしてキトが入って来た。部屋の中央に置かれた大きなベッドと、背筋を伸ばして立っているポレルに圧倒され、どこに視線を据えようか迷っている素振りが嫌でも目に付いた。
「まあ、本当にキトを呼んで来たのね」
「そうだよ、サイノスが一緒に来たいとうるさかったけど、叱り飛ばしたよ」
そう言ってその時の様子を思い出したのか、腹を抱えて笑った。しばらくして落ち着くとデュユングは呼び出したわけをキトに話した。キトは黙ってベッドの上に投げ出された服を手に取ると、納得したように何度か頷いた。
「なるほど・・・あの時のレヨイドが持参したものはこれだったのか・・・」
あのレヨイドがこんな贈り物をしていたとは予想外だった。それだけポレルに思い入れがあるのだろうが・・・
「わかるのかい?よかった・・・やはりサービア育ちだけのことはあるねえ・・・あんたを呼びに行ってよかったよ。さあポレル、いえコートレット姫に着せておくれ。姫、その服をお脱ぎ下さい」
「えっ!お母さん、脱ぐって?服を・・・キトの前で・・・まさか・・・」
ポレルが目を大きくして、驚いた表情をした。
「そう驚きなさんな。高貴な姫君が自分で着替えるわけなどないのだよ。召使に裸体を見せるなど何とも思わないのが、お育ちの良さっていうわけさ。第一明日の晩餐会の前に一度着ておかないと、体になじまないよ」
そう言うと、デュユングはポレルの服の結び目を解き始めた。ポレルがその手を押さえ様としたが間に合わず、豊かな胸の谷間が美しい顔を覗かせた。
「待って、デュユング」
キトとポレルガ同時に悲鳴に似た声を上げた。どちらともデュユングがいきなり脱がそうとするとは思っていなかった。踊りで見られることに慣れているポレルも、若者の前では肌を露わにする衣装は着なかった。キトもまだ娘の裸は想像の域を出ていなかった。目のやり場に困って、慌てて背中を向けて寝室の入り口に向かった。そしてそこで立ち止まり、「デュユング、その服は貴族しか着られない服だ。そして召使の手助けなしでは着られない」と説明した。それからキトは二人に二人は貴族の服は位が高いほど手の込んだ仕立になっていて、着るのに何人召使が手助けするのかが自慢の種になることも話した。特に娘の服は純潔さに重きがおかれた結果、一度着たら最後、紐を切らないと脱げない仕立になっているとも付け加えた。確かにレヨイドから贈られた服は布が小さく裁断され、それを何種類かの紐で結ぶものであった。
「話はわかったよ。そんなところにいないでこっちに来て早く着方を教えておくれ」
デュユングはポレルの服を脱がしにかかりながら、そう声をかけた。
「私には着方はわかりません。他の人に当たって下さい」
キトは入口からそう答えた。それとここから逃げる口実が頭に浮かび、
「ポレル、いや・・・コートレット姫様、サイノスに相談して来ます。奴は貴族に知り合いができたはず。今は没落していますが、サーライグルレ家と言えばドルスパニア王国でも知らぬ者がいないほどの名家だと聞いています。我々同様にサービアに向かっていたから、きっとこの街のどこかにいるはずです。探し出して力になってもらいましょう」
「サイノスの知り合い・・・かい・・・」
デュユングはサイノスと貴族との取り合わせに無理を感じ、他の方法を模索しようと考えた。コートレット姫を急病にすれば晩餐会などどうにでもなることだった。
「キト、いい考えだわ。サイノスに話して、すぐにその貴族を探すのです。さあ急ぎなさい」
「わかりました」
キトは足早にその場を去った。コートレット姫の初めての命を受けて、気持が浮き立っていた。
急ぎ足で戻ったキトは、カイデンやコレディノカと談笑しているサイノスをすぐに見つけた。二人に長々と説明する気はなかった。
「サイノス、コートレット姫様からの御命令だ。お前は直ちにサーライグルレ家の奥方を訪ね、至急姫の元に来るように伝えてくるのだ。時間がない。急いでくれ」
いきなりそう言われて、サイノスばかりかその場の者が口をあんぐりさせた。
「おいおい、コートレット姫・・・ポレルだろう。サーライグル家の奥方に何用なのだ?」
「用向きは道すがら話してやる。行くぞ」
キトはもう背を向け、この場にいるのも惜しい風にして歩き出していた。コートレット姫の困り事を少しでも早く解決してやろうと意気込んでいた。ドルスパニア王国のタイガル・ポット出身者にとって、王家の頼みをむげに断ることは出来ない相談であった。
セルタを出ると、キトはポレルが晩餐会用の服の着方が分からず困っていると伝えた。
「そりゃあそうだ。シュットキエルの者達には晩餐会など一生縁遠い話だ。それよりか俺はポレルがまだレヨイドの贈り物を大事に持っていたことが気にくわない」
サイノスはレヨイドの顔を思い出して、地団駄踏んだ。サーライグル家の名前が出なかったら、キトに任せて引き返していただろう。あのやさしい母親と太めの娘、トーリアには何度でも会いたかった。キトはコートレット姫のために、サイノスはサーライグル家一家との再会のために暗い夜道を急いだ。もう一人、ポレルのためなら命をも惜しまないバーブルも仲間に加わっていた。




