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十八章 アマスクダリ 204 コートレット

・・・三・・・


 サイノス達の食事も始まった。いつもならポレルやデュユングに叱られてもめげずに大騒ぎしながら食べる若者達も、人が変わったように静かに食べた。ポレルを姫として護衛する役割を聞かされたからには、粗暴な振る舞いが姫の評判を落とすことになるのだ。姫の悪評は絶対避けなければならない。

 背筋を伸ばした礼儀正しい作法はタイガル・ポット出身のキト達には無理なくできた。サービアでは宴席は多く、軍人の嗜みとして幼い頃から厳しく教えられていた。むしろサイノスやバーブルが緊張を強いられた。二人は横目で仲間達の作法を盗み見ながら、不作法が目立たないようにした。料理も味わえず、早く時間が過ぎるように願っていた。

 騒がしかったセルタ内が次第に静かになった。兵士達が礼儀正しく食事をしているのに気づいた人々が、自分達の不作法を恥じて静かに食べることに集中したからだ。人々もカイデン、コレディノカとアマスクダリからやって来た兵士のやり取りは聞いており、ポレルを正規軍に守られた姫と思い込んだ。セルタ内に作られた寝室や持ち込まれた料理が姫であると証明した。与えられた料理に羽目を外しすぎたら、いつ何時セルタから追い出されるかもしれなかった。

「それにしても、コレディノカ様。ポレルが本当に姫だと命令書に書いてあるのですか?」

 キトが真面目な顔で問いかけた。レヨイドが持ち込んだザイラルの命令書については皆知っていたが、その内容まで読んでいたのはカイデンとコレディノカしかいない。一行が姫を警護してサービアに向かう別働隊として行軍している立場であると知った。レヨイドはポレルの安全を考え、彼女を姫としてサービアに行かそうとしたのだ。これは誰もが考えつかない突飛な着想だった。恋心があると豊かな発想が生まれるらしい。

「ポレルがお姫様か・・・こりゃあいいや・・・なあ、バーブル。お前はお抱え音楽家ってところかな。俺やキトは若い警護兵で、デュユング母さんはお付きの召使いか・・・ところでコレディノカ様、ポレルは命令書の中ではどこのお姫様になっているのですか?」

 サイノスが口に食べ物をほおばったまま、面白がるようにして聞いた。コレディノカは困った奴と思ったが、この際一同の意識を一つにしておくべきだと考えた。

「いいか、私の屋敷に入るまでは、姫のポレルをサービアまで護衛する軍として行動する。警護の人数も手頃だし、顔ぶれも年相応に分かれ、疑いを生じさせない構成だ。一番問題があるとすると・・・サイノスだな。姫になれなれしく口をきく警護兵はいない。注意しろ」

 コレディノカは姫に対する警護兵の接し方を教えた。母親が貴族出身であり、母親に対して警護兵が接した場面を思い出しながら詳しく説明した。ポレルにも後でその話を聞かせ、貴族の娘よりもずっと高貴な姫を演じる感覚を掴ませようと考えた。思い出したくない母親の立ち振る舞いが、意外なところで役立ったわけだが、コレディノカが母親の感傷に浸ることはなかった。

「私は召使いかい?せめて乳母として姫の傍にいる役にしておくれ」

 いつの間にかテーブルに戻っていたデュユングが抗議した。乳母としてならポレルの傍にいてもおかしくないし、ポレルも安心するだろうと思っての言葉だった。

「そうだな、ひ弱な実母に代わっておっぱいのよく出る逞しい乳母として適役じゃあ。召使いでは夢がないからの・・・それではわしはポレル姫を守る爺やの役じゃあ」

 酔ったカイデンが配役を決めた。壮大な劇の始まりにさっきから祝杯をあげていた。デュユングがポレルの傍に立って目を離した隙のことだった。何とか乳母役を得たデュユングはウトウトし始めたカイデンを寝かせるために抱きかかえて行った。世話をやくデュユングはやはり召使い役にふさわしいが、それは怖くて誰も言い出せなかった。

「コレディノカ様、ポレルをどう呼べばいいのですか?ポレルの名前を変えてくれないと、いつもの癖でからかいそうです」

 サイノスの心配は他の若者達を代表したものだった。単純にポレル姫と呼ぶのは簡単だが、今まで身近に感じたポレルが遙になってしまう感覚に陥る気がした。コレディノカは仕方のない奴等と思いながら、命令書を取り出すと名前を確かめ、

「いいかよく覚えろよ。コレドール王国の姫君、キュエール・コートレット姫だ。レヨイドの奴め、よくこんな名前を考えついたものだ。奴には演劇作家の才能があるのではないかな」

「そうか・・・コートレット姫か・・・いかにも本物らしくていい名前だ」

 一同は酒も入ったせいか次第に日頃の元気を取戻しつつあった。そうしている間にも次々に旅人達がセルタに入って来た。彼等は中央にいる正規軍兵士の姿を見ると遠慮して片隅に集まった。

「姫様だって!本当か」

「同じセルタに入っても構わないのか?」

 先に入っていた者からポレルを姫と聞いたらしく、どうしていいか判断がつかず、一人で小さなテーブルに座っているポレルに視線だけを送っていた。

「これ、サイノス。そちらに集まっている者は何者達じゃあ?姫様がお聞きになりたいとおっしゃっている。聞いて参れ」

 デュユングは皆が注目する中、早速芝居を始めた。 

 サイノスは瞬時に立ち上がるとデュユングの前に進み出た。そして恭しく頭を下げ、さっき料理を配った時に聞いていた話を大声で話し始めた。

「先程既に聞いております。何でもアマスクダリに入る尋問がたいそう手間取り、夕方までには終わらなかったそうでございます。何でも仲間の内に一人でも不審者がいれば、何日も待たされるとか。それに役人ですから、何人待っていようが時間がくれば尋問を終わりにして引き揚げてしまいます。旅人は翌日まで一晩待たねばなりません。セルタに通されるのはまだましな方で、ほとんどの者は広場で野宿となるとのことです」

 デュユングはポレルに聞えているのは分っていたが、サイノスをその場に待たせておいて、食事を終えたポレルに小声で伝えた。ポレルは頷くと、デュユングに耳打ちした。高貴な身分の者が直接声掛けなどしない振る舞いを演出した。

 デュユングはその言葉をサイノスに伝えるべく戻って来ると、

「コートレット姫がおっしゃるには、本来ならばここで下々の者と夜を過ごすことなどできないが、特別の御慈悲を持ってお許しになられた」と伝えた。

 サイノスはもう一度頭を下げると片隅の旅人達に近づくと、もったいぶるように言い聞かせた。

「姫のお言葉を聞いたであろう。このセルタでお前達と一晩過ごされる。姫が公用でのお泊りであるならば下々の者達と眠ることもなされないが、今回の旅は正式なものとして残らないお忍びの旅である。だから同宿をお許しになった。お前達にとっては大変名誉なことである。それに先ほど分け与えた食べ物も姫のお許しがあったからだ。いいか、コレドール王国のコートレット姫様だぞ。末代までの語り草にしてもよい話であろう」

 どよめきが起こった。貴族など身近で見たこともない庶民からすれば、姫君を見るなど想像もできなかった。サイノスの言う通り、知り合いに自慢できる話なる。それに遠目で見てもわかるほどの美しい姿だ。

「姫ともなると庶民と違う美しさがあるものだな」

「感動した。高貴な姫君を身近で見られるとは・・・な」

「ありがたいことに食べ物まで頂いた。これ以上に何を望めばいいのだろうか?お返しすることはないだろうか?」

 旅人達の気持ちが高揚していく。

「コーレット姫様、万歳!」

 とうとう興奮した一人が叫んだ。押さえ込んでいた気持がこの一言で解放され、旅人達は次々に叫び声を上げて姫を称えた。

 コートレット姫は少し胸をそり気味にし、小さな笑みを浮かべると、ゆっくりと歓声を上げる者達を見回し数回頷いた。それから急遽作られた寝室に静かに消えて行った。残った者達は姫の眠りを邪魔しないように細心の注意を払い、足音を殺して自分達のベッドに向かった。

 二ジータ(二時間)ほど後に片付けの兵が来た時には、セルタの外に残った食べ物が運ばれていて、中に入らなくてもいいようになっていた。

 コートレット姫の寝室の幕は下ろされ、寝ずの番をする二人の若者が入口に立った。

 ポレルのコートレット姫物語はこうして幕を開けた。


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