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十八章 アマスクダリ 203 カルコン

・・・二・・・


「姫様の護衛と?まことか?」

 カルコンは部下の報告を受けて、思わず問い直した。サービアに通じる街道の守りを任されている自分には知らせが来ていなかった。

「命令書を確認しました。ザイラル様の署名もありました」

「ザイラル様・・・あのザイラル様か?」

 カルコンはザイラルをよく知っていた。かつてザイラルの元で部下として仕えていた。この町を任されたのも彼の推挙があったためで、今でも恩義を感じていた。

「ええ。間違いありません。遠征軍本隊は軍用道を通ってサービアに向かっています。しかしコートレット姫様のサービア行きは表向きにできないため一般道を使うことになったとお聞きしました」

「そうか・・・ザイラル様の命令書であれば、信じるしかない。わしにも一報いただければ、セルタなどにお泊めさせなかったものを」

「大丈夫です。警護の方の望まれるままの支度は兵達に命じました。ただ・・・『今夜限りの措置ですぞ。粗相があれば私だけの問題ではない』と申されました」

「そうであろう。よし、お前は今から引き返して明日晩餐会を開くことを伝えて来い」

「晩餐会?お忍びなのに承知されますか?」

「姫君はお忍びでも護衛の者達は別だ。ここまで来ればサービアに着いたようなもの。今まで我慢していたはず。晩餐会の招きを断るはずがない」

「わかりました。立ち戻って殿のお誘いを伝えて来ます」

「うむ。それと別に伝令を遠征軍のザイラル様に出せ。わしの手紙を持たせるのだ。あのザイラル様がわしに何も言って来られないのが気になる。今回の話が本当であるならそれでいいが、違った場合はわしの命取りになりかねない」

 カルコンはザイラルの気性をよく掴んでいた。ザイラルに伝令を送ることで自分の存在を知らせ、姫のサービア行きが偽りの場合はザイラルの手柄に繋がるのだ。いつもザイラルの部下であることを示し、将来の立身出世を目論んでいた。


 兵士達の手でコートレット姫の休息所が整えられていた。

 兵士達はまず広間で休んでいた旅人達を外に追い出した。それから広間に整然と並べられていた三段ベッドを全部運び出し、セルタ内に大きな空間を作った。

「よし、寝室と食堂に取りかかれ」

 食堂用に小さなテーブルと横に長いテーブルが運び込まれた。小さなテーブルには真っ白い布がかけられ、肘掛のついた真っ赤な椅子が並べられた。長いテーブルは小さなテーブルから離され、背当てのない長椅子がテーブルを挟むようにして置かれた。長テーブルには布はかけられなかった。

 次に兵士達は運んできた料理をテーブル上に素早く並べた。小さなテーブル上の食器や食べ物は、木地が見える粗末な大きなテーブル上の物と比較できないほど豪華だった。どちらとも一同だけでは食べ切れない量だった。酒瓶も数十本持ち込まれた。

 食堂の用意と同時にカイデンが求めた寝室の造作も始めた。

 四本の柱を立て華やかな模様の厚い布で四隅を囲った。入り口は四辺の一辺に縦に二本の切れ目を入れて、布を巻き上げる形で作られた。布の切り口は醜く見えないように金色の細い布が縫い付けられた。濃い群青の布地に金色の細い布は映えた。

 最後にセルタの天井から布が垂らされ、寝室全体が覆われた。金糸、銀糸をふんだんに使った華麗な刺繍が美しく、姫君の華やかさに相応しいセルタの中とは思えない高貴な雰囲気になった。

 指揮官は短時間で出来上がった寝室と食卓を見回し満足げな顔をした。

「寝室も御用意できました。食事は後で片付けに参ります」

 そう言うと足早に広間を去ろうとした。コレディノカは最後のだめ押しをしようと考え、「もう一つ頼みがある」と言って呼び止めた。

「何なりとお申し付け下さい」

「明日のことだが、姫が馬上でアマスクダリに入るわけにもいかない。姫に相応しい馬車を用意いただきたい」

「わかりました。この町で最高の馬車を用意いたしましょう」

 指揮官は自分の役目がほぼ無事に終わって安心していた。この位の頼み事はわけなかった。逆に命令書を持つ正規兵の別働隊が、無理にでも町に入ろうしたら引き止めることはできない。夕食以外にも多額の金貨も用意して来たが、馬車だけの要請は彼を狂喜させた。金貨は渡さなければ彼のものになるのだ。

 警護の兵士をセルタの周辺に配置し引き揚げようとした時に、カルコンに報告しに行った兵士が戻って来た。兵士は指揮官にカルコンの命令を伝えた。指揮官はセルタに戻ってコレディノカに告げた。

「カルコン様のお願いです。今日の非礼のお詫びに姫君を晩餐会にお招きしたいとのことです」

「前にお話したようにコートレット姫様は極秘の旅です。晩餐会はお断りしたい」

「いや、それでは困ります。主人の顔をつぶせません」

「しかし・・・」

「お願いします。ドルスパニア王国の兵士のあなたなら、主人の立場もおわかりになるでしょう。陛下に関わる姫君と知った上で、晩餐会も催さないでお見送りするなどできません。主人は元近衛軍の将校として陛下にも仕えました。お願いです。私もこのままでは帰れません」

 コレディノカも指揮官の心中を察した。主人たる司令官の面目を失わせることは自分の将来を閉ざすことにもなるのだ。

「コートレット姫にお願いしてみましょう。大がかりな晩餐会にしないで下さい」

「ありがとうございます。これで私も叱られずにすみます」

 指揮官はコレディノカの心変わりを恐れるかのように、大慌てでセルタを出て行った。


 兵士達が去ると外に出された旅人達は、セルタへの入室を許された。

 中に入った者達は室内の変わりように驚いた。先ほどまで室内にいたからカイデンと上官の話を聞いていて、姫君一行のための造作を知っていたが、これほどまでに変るとは思っていなかった。

 室内のほぼ半分が白い布で覆われ、そこが姫の寝室と容易に想像できた。中を覗けないように厚手の布が天井から垂らされ、巨大な壁になっていた。警護する兵士用なのであろうか、二段ベッドが寝室の周囲に五、六台置かれていた。セルタ内いっぱいに並んでいた旅人用の三段ベッドは、長い梯子の付いた六段ベッドにされて片隅に寄せてあった。

 寝室から離れた所に長いテーブル、寝室寄りに小さなテーブルがおかれ、テーブル上には置ききれないほどの料理が並べられていた。もちろんコートレット姫と兵士達の食事だ。セルタに入るのを許された者用の食事も用意されているものの、パンとスープだけであった。料理があまりにも貧弱で、隙間のあるテーブル面をより寂しく見せていた。ただ旅人達は、セルタ内で眠れるだけで満足していた。一晩我慢すれば明日はアマスクダリで望み通りの物が食べられるのだ。

 カイデン達は長いテーブルに当然のような顔をして座った。

「さあ、みんなで美味しくいただきましょう。カイデン様、飲みすぎないで下さい」

 ポレルはカイデンの横に座ると、目の前に並べられた料理に手をつけようとした。いつもの見慣れた光景が始まろうとしていた。

「ちょっと待て・・・ポレル・・・お前はあっちのテーブルで食べてくれ」

 カイデンは離れた場所にある小さなテーブルを指差した。その小さなテーブルは白いテーブルクロスがかけられ、こちらのテーブルとは比べられないほどの豪華な料理が並んでいた。しゃれた燭台の明かりが、銀色の食器を鈍く光らせている。

「カイデン様、私は嫌です。だってお料理は確かに豪華な感じもするけど、一人で黙って食べても美味しくないわ」

 ポレルはカイデンの突然の要求が分らなかった。椅子が一脚しかなく、一人で食べなければならないことがはっきりしている席で食べる気にはならなかった。カイデン、コレディノカと兵士のやり取りを身近で見ていたが、自分に関係してくるとは思っていなかった。あくまでポレルは、カイデン達と一緒に進むのんびりとした旅を望んでいた。

「わけは後で話すから、是非ともそうしてくれ。お前があのテーブルで食べることに意味があるのだ。それとデュユング。お前は彼女の傍に立って、世話をする召使いの役だ」

「えっ、私もかい?召し使い役だって!これは驚いた」

 意味不明のカイデンの言葉にデュユングも目を白黒させた。

「カイデン様、ポレルは一人で食べませんよ。なんなら俺が代わりましょうか?あっちの料理の方がうまそうだし、偉くなった気分が味わえる。それに酒も上等そうですよ」

 サイノスはポレルが心底嫌がっていると察した。彼女には食事を楽しんで欲しかった。

・・・俺が言わなくてもバーブルが口にする。今回は大食漢の俺の役目だ・・・

「サイノス、悪いがお前では駄目なのだ。もちろんバーブルでも・・・な。これはポレルでないと務まらない。ポレル、あのテーブルで食べてくれ」

 カイデンは再度ポレルに促した。

「カイデン様、やっぱり納得いきません。ごめんなさい」

 カイデンの再度の頼みを承知しなかった。

「強情な娘じゃ」

「自分に正直なだけです。カイデン様」

「どうしても・・・か?」

「どうしても・・・です」

「う~む」

 二人の表情から笑顔が消えた。もう長テーブルについていた若者達も口を出せなくなった。ここまで来る間にカイデンとポレルの仲の良さを知っていた。それだけに突然の諍いをどう納めていいかわからなかった。状況を見守るしかなかった。

 ポレルは胸騒ぎを覚えていた。小さなテーブルについて一人で食事をすることから、自分の運命が大きく動き始めるような予感がしていたのだ。あの席に座るのは一人で何でもないことだが、カイデンが心に秘めている企てを知らないままで、自身の運命を変えるかもしれない舞台に上がりたくなかった。これまで自分の気持ちを前面に出さなかったポレルが、珍しく妥協をしない態度を見せたのはこんな訳があったからであった。   

 二人のやり取りを聞いて、サイノスとバーブルが彼女の両脇に立った。

「カイデン様、ポレルに無理強いは許しません」

 二人もいつにない硬い表情を見せた。ポレルが拒み続けることをあくまでカイデンが求め続けるのなら、ポレルを守るために何らかの行動をとる態度を見せた。

 カイデンとの間に初めて緊張感が走る。

「カイデン様、みんなを納得させるために、すべて打ち明けましょう」

 ここまで黙っていたコレディノカが間に入った。

「うむ、もう少し後で包み隠さず話すつもりだったが、話すとするか。主役のポレルに嫌われたままでは芝居にもならん。サイノス、バーブル、二人とも席に着け」

「カイデン様、ここでは他の者にも聞かれますがどうしますか?」

「わかっている」

 カイデンはコレディノカに耳打ちした。コレディノカは頷くと隣に座っているサイノスの耳元に顔を寄せた。サイノスが一番の適任者だった。

「わかりました。任せて下さい」

 サイノスは椅子から立ち上がると、まだ手を付けていないテーブル上の大皿を持つと、慎ましい食事をしている先ほど話した家族の元に行った。

「皆さん、食事中にすみません。よかったらこの料理も食べて下さい。他の皆様も長テーブルの所に来て下さい。美味しい食べ物がいっぱいありますから、お分けしますよ」

 サイノスの声がセルタ内に響いた。カイデン一行用の料理は人数分以上に多かった。全部食べきれないのは明らかだった。

 最初は遠慮していた旅人達もテーブル上の料理を目にすると、おずおずと近づいて来た。デュユングは気前よく次々に大皿を渡した。サイノスもテーブル上の酒瓶を次々に配った。

「ありがたいことです」

「えっ!お酒まで・・・よろしいのですか?」

 思いがけない御馳走を振る舞われた人達の会話で、にわかにセルタ内が騒がしくなった。酒の酔いも手伝って大変な状態になり、カイデン一行に注目する者はいなくなった。

 カイデンは若者達に小声で、ポレルを姫として戴き堂々とサービアに乗り込む企てを打ち明けた。

 若者達は驚いたが、ポレルの姫役話には喜んだ。タイガル・ポット出身の者が多く、忠誠を誓える者の出現で心に安心感が広まった。ポレルのためなら命を投げ出しても惜しくなかった。

「お前が姫になってくれるのが、わし達を救うことにもなるのじゃ。わかってくれ」

「わかりました、カイデン様。あちらでお姫様らしく優雅に食事をすることにします」

 ポレルは小さなテーブルに座り、ゆっくりと食べ始めた。デュユングはポレルの傍に立って見守るような姿勢を示した。デュユングもカイデンからの頼みごとを引き受けたのだ。

・・・とうとうこの席に座ってしまったわ。もとのポレルにはきっと戻れないわ・・・

 自分が感じた運命の転換をカイデンばかりか、誰も予想できていないと思った。あのサイノスやバーブルさえも。

 ポレルの目から涙が流れたが、傍に立つデュユングが気づくこともなかった。ポレルは前髪を直す振りをしてそっと拭き取った。


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