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十八章 アマスクダリ 202 偽装

・・・一・・・


 尾根を巻きながら続いていた山道はいつしか細くなり、馬を並べて進むのが難しくなってしまった。これまでののんびりとした雰囲気は消え去って、若者達の表情も硬くなった。誰も無駄話をするのを止め、前方だけを見つめながら無言で馬を進めた。時折サービア方面から来る人達とすれ違う。明るい顔で挨拶されても返すのはポレル、サイノス、バーブルだけだった。その異様さを感じるのか、すれ違った後振り返って何事か話している様が見えた。中には露骨に嫌な表情で見送る者もいた。

「ねえ、みんな、もっと明るい顔しなさいよ。まるで葬列のようだわ」

「そうだよ。キト、どうしたんだ?」

 サイノスは後ろを振り返って、他の者と同じように黙り込んでいるキトに話し掛けた。

「サイノス、サービアではお前のように所構わず笑顔を見せる者はいない。軍人が人前で笑顔を見せるのは恥かしい行いなのだ。『軍人は笑うことなかれ、ひたすら戦うべし』だぞ」

「それはおかしい。ヘドロバ軍の宿営地では、多くの兵士達が笑っていた。あれはどう言い訳をする?」

 サイノスはキトに難題を突きつけてみた。村にヘドロバ軍がやってきた際、峠で休んでいた若い兵士達は冗談を言い合って笑っていた。またバイトルとして部隊に同行している時にも、兵士達はショコラム王国民と変わりない喜怒哀楽の感情を表わしていた。第一キト達も昨日までは自分達と変わりなかった。

「サービアは特別なのだ。これはお前にはわからないだろう。俺達はサービアから遠く離れてしまうと何故だか言いしれぬ不安を感じ、それを忘れるために無理に明るく振舞うのだ。明るい俺達は本当の俺達でないのだ」

 キトはそれだけ言うと、もう口を利きたくないという風に俯いてしまった。

「お前・・・」

 キト達の明るい振る舞いが、無理に作られたものだと知ってサイノスは衝撃を受けた。

・・・サービアから離れれば離れるほど、若者達は明るい性格になる?そうであればサービア出身者の中で一番明るいキトが、一番暗い男に変わってしまうのか?・・・

 そう考えた時、朝からのキトに笑いがないのを思い出した。

・・・そう言えば昨日までは前を行くポレルが振り返って微笑めば嬉しがっていたキトが、視線を避けるようにして距離を置いたままで進んでいる・・・

 サイノスは無理に道脇に馬を止め、最後尾のコレディノカを待った。

 コレディノカはサイノスの訴えかけるような視線を感じて馬を止めた。

「どうした?サイノス・・・顔色が悪いぞ。昨日飲み過ぎたせいで気分が悪いのか?今日は飲ませないからな」

 いつもと変わらぬ軽口を叩くコレディノカだった。

「あなたはいつものコレディノカ様ですね。全く変わっていない」

「深刻な顔をして何を言うのかと思ったら、そんなことか。私が変わるはずがないだろう」

「それを聞いて安心しました。実は・・・」

 サイノスは今自分が気になる点をコレディノカに話した。コレディノカは話を聞き終えるとまじまじとサイノスの顔を見て、

「お前は勘が鋭いな。やはり剣の達人だけのことはある。私はこんな性格だからサービアの呪縛から逃れられているが、若いキト達は完全に断ち切れないだろう」

「やはり・・・・」

「呪縛から逃れるためには、一日でも早くサービアから離れなければならない」

 コレディノカはヘドロバの助言を振り返り、その意味をようやく理解した。

・・・彼女はサービアが『自由』という感覚を若者達に根付かせる障害になるのを予見していたのだ。そうだ、その通りだ。決断してくれた若者達を軍に復帰させないためにもそうしよう・・・

「サイノス、カイデン様と私は大丈夫だ。サービアに入ったらお前が頼りだ。そしてお前には悪いが、サービアには長く留まれないだろう」

 コレディノカはサイノスの昨夜の話を気にしていた。

「大丈夫です。トーリアにはその気になればいつでも会えます」

 サイノスの頭にトーリアと両親の顔が一瞬浮かんだが、それを無理に拭い去った。サービアで会うのを楽しみより仲間の将来の方を先に考えなければならない。それにトーリアの居場所は既に掴んでいて、慌てる必要もなかった。トーリアに会える日を心に描きながら困難に立ち向かおうと決心した。

 誰もが笑顔を見せなくなった一行は無言の行軍を続けた。


 夕闇が迫ってきた頃、サービアまで延びる街道沿いで最も大きな宿場町、アマスクダリが見えて来た。出発を遅らせた上に細い山道が続いせいで、いつもよりずっと遅い到着となった。

 アマスクダリは山道を下りきった先のなだらかな丘の上にあり、宿場町には相応しくない堅固な門に守られていた。門の周辺には武装した兵士が監視の目を光らせ、この町がサービア防衛を第一と考える元軍人の司令官によって支配されていることを示していた。

 門前の広場には、町に入るために審査の順番を待つ旅人達が長い列を作っていた。

 カイデン一行はその列には並ばず、むしろ無視するようにゆっくりと進んだ。並んで暇も持て余している者達は一行に好奇の目を向け、中には小声で周りの者と何やら話す者もいた。正規軍が珍しいせいもあるだろうが、順番待ちしなくてもいいのを羨んでいるようでもあった。

「コレディノカ、何かあったのか?今までの宿場町ではなかった光景だ」

「私は一般道から入るのは初めてです。よくわかりません」

 カイデンに問われても明確な答えが出せなかった。コレディノカの遠征軍での経験ではどの町でも待たされなかった。遠征軍の先遣隊が手続きを終えた後での行軍であるから、そのままの速さで進むだけでよかったのだ。

「そうだな。正規軍の行軍しか知らないお前に問うても無理というものじゃ。わしの経験でもこれほどの列にはならなかった。前まで行けばその訳がわかるだろう」

 列の先頭まで来て、ようやく長い列の理由が呑み込めた。

 巨大な門は大きく開かれているが、門を中心にして数十レンド(数十メートル)にわたって半円状に柵が作られ、その頂点に設けられた検問所が旅人の流れを堰き止めていた。そこで旅人達は男女別々に分けられ、複数の兵士によって厳重な審査を受けていた。

「門の前であのような審査をするから行列になるのだな」

 言葉を裏付けるように一人一人の尋問は長く、門へ向かう者の姿はまばらになっていた。また検問所の傍には大きなセルタが何棟も作られ、指示されてそちらに向かう者も少なくなかった。

 カイデンはコレディノカに合図をした。

 コレディノカは馬に乗ったまま検問所に近づき、警備兵に声をかけた。いつもならそれで戻って来るはずなのに、話がなかなかつかないらしく馬を下りるのが見えた。これまでの町より警備が格段に厳しく、通行を拒まれているのであろう。軍服姿を見せるだけではすんなりと通り抜けられないらしい。

 しばらくしてコレディノカは戻って来るとカイデンに、

「我々にも列に並んで順番待ちをしろと言うのです。命令書を見せて少々脅かしてやると、『自分の立場もあるから上官と相談する間、あのセルタで待って下さい』と懇願されました」

 コレディノカが指差したのは、検問所横に幾棟か作られた内で最も大きなセルタだった。それは柵外に建てられていて、カイデン達からすれば尋問された形にならないし、警備兵にとっても黙って見過ごしたことにもならなかった。警備兵、カイデン達双方の面子をたてた格好となっていた。

「そうか・・・仕方あるまい」

 

 カイデン一行は指示されたセルタに向かった。入口にも数人の警備兵がいた。警備兵は軍服姿のカイデン達をどう迎えていいのか戸惑ったが、黙っているのが一番とばかりに口をぎゅっと結び、何一つ説明しないで室内に入るように指差した。

 セルタの中は部屋を仕切る幕もなく、入るとすぐそこが大広間になっていた。三段造りのベッドが等間隔でずらりと並べられ、もう既に数十人の旅人が思い思いに場所取りをしてくつろいでいた。彼等は突然現われた軍服姿のカイデン達に迷惑そうな表情を投げかけた。

「コレディノカ、今夜はここで泊まりだな。上官とやらは話には来るが、町に入るのを何かと理由をつけて拒むに違いない」

 カイデンは今日中のアマスクダリ入りを諦めた。

「そうですね。若い連中に話してきます」

 コレディノカは若者達にこのセルタで一晩過ごすことを告げた。

 若者達から別段不満は出ず、夕食の有無についてのみ質問があった。若者達にとって寝床と食べ物があれば、サービア入りが少し遅れるくらいは何でもなかった。

「少し遅れても構いません」

「同感だな。それより俺は一番上のベッドがいい」

 三段ベッドが珍しいのか、我先に上段のベッドに飛び上がった。勢い余って落ちる者やその姿を見て囃し立てる者の声がセルタ内に響き渡った。

「お前達、静かにしろ。周りの皆様に御迷惑だ・・・・どうもうるさくして申し訳ありません」

 サイノスは近くに陣取っている家族と目が合うと、いつもの調子で話し掛けた。一家はドルスパニア軍服姿のサイノスに警戒心を浮かべたが、二言三言話しているうちにすっかり安心したらしく、最後には笑い声まで起こった。

 一方のカイデン、コレディノカの元には検問所で話し掛けた兵士が上官と思える年上の兵と現われた。上官は命令書の提示を求め、ザイラルが発した書類を受け取ると詳細に点検した。

「任務の内容がよくわかりました。コレドール王国の姫君、コートレット姫をサービアまで護衛されるのですね。間違いなく正式な命令書です。すぐにでも町に入っていただきたいところですが、姫君をお迎えするためには当方にもそれなりの準備をしなければなりません。主人のカルコンもこれほどの役目でこの町に来られたとは夢にも思ってもいません。すぐに報告して参ります。申し訳ありませんが、今夜はここでお過ごし頂きたい。すぐにでも町に入れて差し上げたいのですが、私どもの警護に手抜かりがあって姫君によからぬことが起きると、責任の所在が問題となります。そこのところを御理解下さい」

「本来ならば昨日到着するはずだったが、姫が馬に乗り慣れておられず、かなり遅くなってしまった。姫のサービア行きは極秘にされていて、先駆けの兵も出せなかった。町へ入るのを明日まで待つのも構わない。ただ我々と同じ部屋で姫にお泊り頂くわけにはいかない。何とかならぬか?」

 カイデンはレヨイドに初めて感謝した。上官は命令書を信じ切っている。

「直ちにこのセルタを姫とあなた方のために改めましょう。大急ぎでやればそんなに時間はかからないはず。主人の名誉のために全力を尽くします」

「じゃあこうしてくれ。広間を仕切り、そこで姫に休んで頂く。だがこれは今夜限りの措置ですぞ。姫は陛下にとって大事なお方だ。粗相があればあなただけの問題ではなくなる。カルコン殿にもそう伝えるのだ」


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