二章 カイデン 20 居残ったバーブル
・・・四・・・
長老の指示で村人達が大あわてで準備を整え、ミエコラル山に向かう時の混乱に紛れ、バーブルは無断で一行から抜け出していた。いずれは集合地でわかってしまうが、すぐには連れ戻されないと思った。誰が迎えに来ようと家から立ち去る気はなかった。父親から秘密の鐘を託されていた責任があった。父親だけでなく何代もの先人達の名誉を守らなければならない。コボスの知らせには驚かされたが、自分の目で見るまでは信じることができなかった。
家に戻ると螺旋階段を一気に駆け上がり、十六鐘の部屋に入った。
窓から身を乗り出して下界を見る。長老に率いられた長い村人達の列が、今まさに森に消えようとしているのが見えた。かき集められた荷車には積める限りの荷が載せられ、手には戦いに備えて武器を携えている。肩から長く突き出ているのは、弓か槍に違いなかった。母親に手を引かれた幼子の甲高い声まで聞こえるようだ。
・・・何かが少しずつ変わろうとしている・・・
バーブルは目に見えない邪悪な空気を感じ取った。コボスの出現がその幕開けに思えた。
・・・今まで誰も戻らなかったのに、コボスさんだけが現れるなんて妙だ・・・
出現があまりに唐突過ぎて、納得できないものがあった。
「お〜い、バーブル」
名前を呼ばれた。はっとして声の出所を探ると、塔に向かって大きく手を振る二人の姿が見えた。サイノスとポレルだ。
「バ〜ブル、私よ。何やっているの?早く下りて来なさいよ」
非難めいたポレルの声。
「今、下りるよ」
バーブルはそう返事すると大急ぎで螺旋階段を駆け下りた。全力で駆け下りる途中、何度か転びそうになった。そうまで急いだのは、二人の用がわかっていたからだ。
・・・呼び戻しに来たに違いない。内緒で引き返して来たからきっと怒っている・・・
塔への扉を固く閉め、それから息を整えて戸口の扉を開けた。二人に間違いないはずだが、用心して扉をちょっとだけ開けた。
ポレルとサイノスが立っていた。二人とも大急ぎで来たのであろう・・・顔中汗だらけだ。
大きく扉を開いた。
「やっぱりここにいたな。列の中に姿が見えないので、もしやと思って引き返して来た。戻るなら戻ると言ってくれ。とにかくよかった」
サイノスが安心した顔をした。言葉の中に友を思う気持ちが感じられた。
「そうよ、心配させて。どうして家に戻ると話してくれなかったの?」
ポレルが強い調子で問い詰めた。目に涙を溜め、今にも泣きそうな顔で、その言葉とは裏腹な心の内が読み取れた。
「別に・・・」
「まあ、『別に』だって!よく言えるわね。自分がしたことがわかっているの?長老様の指示に従わず、勝手なことをして。何かあったらどうするの!」
顔を真っ赤にしてポレルが怒った。握りしめた手が震えている。本気らしい・・・。
「悪かったよ。謝るよ」
「今頃謝っても遅いわよ。サイノスと二人で私を守るのでしょう。何でも二人に頼れと父さんも言ったわ。あなた達のお父さんも約束してくれた。あれは嘘なの?」
「嘘じゃないよ。なあバーブル、そうだろう。ポレル、十分反省しているから、もう許してやれよ」
「あら、サイノス。バーブルの味方になるの?さっきまであんなに怒っていたのに。男同士で曖昧にすまそうなんて許さないわよ。サイノス、考えてみたらあなたも相当いいかげんよ。いつだったかしら・・・私との約束を破って、平気な顔をしていたことがあったわね」
サイノスも巻き込まれた。ポレルは散々二人を叱ってから、止めの一言を口にした。
「カイデン様がいらっしゃったら、もっときつく怒ってもらえたのに。本当に残念だわ」
腰に手を当て、二人の大きな若者を見上げて一歩も引かない。とうとう二人が絶対に頭が上がらないカイデンの名前も出した。
「ポレルにもう隠し事はしないよ。誓うよ」
バーブルが降参した。ポレルの前に跪き頭を下げた。それを見届けてから、ポレルがサイノスを指さし、その指を横に動かしてバーブルの隣を示す。サイノスはその意味がわかると、諦め顔で並んで跪いた。
「僕も誓うよ。隠し事はしないと」
「約束よ。今度だけは許してあげる」
やっとポレルが微笑んだ。そして二人を立たせ、膝の土を払った。ポレルの白い首筋を間近に見て、二人は少し胸をときめかせた。幼い頃から二人は数え切れないほどポレルに跪いて約束した。その後で何度も破っていたが、今度の約束は守り通さねばならない初めてのものであった。




