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一章 シュットキエル 2 クーガル

・・・二・・・


 朝から村に響く鐘を鳴らすのは、バーブルの父親、ヨードルの役目だ。厚い胸板と逞しい腕、一鐘撞役としてはもったいない程のひげ面の大男だ。その恵まれた体全体を使って鳴らすものだから、鐘の響きは大きく、音は心地よく澄んで聞こえた。

 ヨードルが鐘撞役になったのは、家が代々鐘撞役を任されていたからだ。ヨードル家がいつから鐘撞役を任されていたかというと、「各家の記録を残すようになった今より遙かに以前からだった」としか答えようがなかった。山仕事から得られる金からすると鐘撞役の手当はたいしたものではなかったが、その役目は誇りとして親から子へと綿々と引き継がれていた。普通の人が望んでも叶えられない役目でもあった。

 鐘撞役の大切な役割は、毎日決まった時間に鐘を鳴らすことに尽きる。腕時計などないこの時代、村人達は鐘の音を聞いて目覚め、朝食を作り、働き、眠るという一日を過ごしていた。鐘の音は村を動かす目に見えない指針であった。

 鐘は時間を知らせるだけでなく、出来事も伝えた。結婚式、葬儀、お祭り、子供の生まれた日、村の記念日などなど様々な場面での音色や調子を変えた鳴らし方があって、その方法はヨードル一家だけに引き継がれていた。村人達はその音で今何が起きているのかを知ることができた。このため隅々にまで聞こえるように、シュットキエルで一番高い塔に置かれ、森はおろか遠く離れた丘陵地にまで届いた。

 他の仕事を一切やらない鐘撞役は傍目では気楽な役目に見えるが、決してそうではないと幼い頃から父親を見ているバーブルは既に学んでいた。自分の家族を犠牲にしても、鐘を鳴らさなければならない。事実ヨードルは息子のバーブルが高熱を出して生死の境をさまよっている時も看病できず、愛する妻の死に際にも立ち会えなかった。鐘を鳴らすために搭に上がり鐘を鳴らす時は、全てのことを忘れなければならなかった。そうでもないと妻が眠る真新しい墓を眼下に見て、結婚を祝う鐘は鳴らせない。

「あの人の鐘の音。汗を流しながら撞いているわ。側にいなくても心を感じるから寂しくないわ。幸せだったとあの人に言って」

 気丈な母親は夫がいなくても一人でバーブルの世話をし、臨終の場でも悲しげな顔を見せなかった。鐘撞役の重さと誇りを知っていたからだった。

 夫は涙を流しながら妻だけにわかる別れの言葉を鐘に託した。村人達は後に人伝にこの話を知り、家族より役目に忠実な彼に頭を垂れた。

「どうして、この役目をしているの?」

 今でもはっきり記憶に残る祖父クーガルに、バーブルが幼い頃尋ねたことがあった。

「おじいさんの、おじいさんの頃、いや、その前のおじいさんから・・そうだなあ・・・。考えるだけで気が遠くなるほど前から、この役目は代々我家のものなのじゃあ」

 幼いバーブルの問いかけに、クーガルは厭きずに何度も答えてくれた。年寄りの同じ昔話や作り話を、目を輝かせて聞いてくれるのは幼子ばかりだ。だから幼子と年寄りは仲がいい。

「わしはこの土地生まれでないから鐘撞役になれなかったが、お前の父親は母方の父親から役目を受け継いだ。お前はここで生まれたから、父親から引き継げる。早く大きくなって、お父さんのような立派な鐘撞役になってくれよ。それは生まれながらの定めでもあるし、我家の誇りでもあるわけじゃあ。バーブルや、よく覚えておくがいい」

 クーガルはバーブルを膝に乗せると、自慢の白く長いひげを撫ぜながらよく話してくれたものだった。

 クーガルは結婚後一度もシュットキエルを出た経験がなく、それを悔やむそぶりを少しもバーブルに見せなかった。クーガルだけではなく、村では多くの男達、女達が同じような境遇だった。クーガルは他の町からやって来て、村で生まれた祖母と結婚して子供を育てた。その息子であるヨードルも祭りに来た母親と結ばれた。誰が考えついた慣習かはわからないが、男達の結婚相手は村の娘ではなく、祭りに訪れる他の土地の娘である場合がほとんどだった。村の娘達も結婚相手を祭りに誘われて来る若者達から選んだ。小さな村で生まれた者同士の結婚で、血が濃すぎる世代が生まれないように考えられたに違いなかった。

クーガルはバーブルに鐘以外の話もした。シュットキエルに来る前に住んでいた自分の町、バーブルが想像もできないくらい大きな都、大勢の人々、色々な仕事、見渡す限りに畑が広がる大地、その大地よりももっと大きい海などの話であった。

 バーブルは夢中になってクーガルの話を聞いた。バーブルがいつか村を出てみたい気持ちを抱いたのは、この祖父の影響を受けたためだった。残念なことにこのやさしいクーガルは孫の成長する様子を十分に見ることなく、病気で亡くなってしまった。


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