十七章 トーリア 199 ある宴席
・・・五・・・
賑やかな宴会が始まった。出席者は町の有力者達ばかりで、夫人や子供達を連れて出席しており、それぞれが精一杯に着飾っていた。華やかなサービアの晩餐会からすると寂しく質素なものだが、カイデン一行を歓迎する気持ちがよく出ていた。
カイデン達は軍服のまま招待客を相手にしていた。主催者のソレイバはカイデンの傍に立ち、次々に挨拶に来る人達をカイデンに紹介した。カイデンに紹介できる立場を誇示することは、その町で自身の立場を確固とするものと考えたのか、出席者を余す所なく紹介するものだから、カイデンは立ちっぱなしで座る暇さえなかった。コレディノカはカイデンの横で招待客が贈り物として持って来た物を受け取ると、長いテーブルの上に並べた。テーブルの面が見えないほど贈り物が積み上げられた。
キト達若い兵士達に対しては親達が自分の娘を紹介していく。娘達は恥かしげもなく、誘惑するような仕草で若者に接した。正規軍兵士と結婚することは、娘達の憧れであった。
サイノスはキト達と一緒に娘達と話していたが、今日も誰一人娘と二人だけで話そうする者がいなかった。娘達の中には美しい娘もいるが、抜け駆けして二人だけでどこかに消えようとする若者は一人もいない。数人が常に組んで娘達と話しをし、娘が明らかに一人だけを誘っているのが分っても、動こうとしなかった。サイノスが合図をしてやっても、迷惑そうな顔をするか気づかない風をした。宴席で毎回繰り返される娘との集団的な歓談は変わる様子もなく続き、サイノスはそんなキト達の交際態度を奇異に感じ、次第に違和感を大きくしていた。今日もキト達の態度が変わらないことを見てサイノスは呆れ返り、テーブルに戻るとひたすら目の前に並べられた料理を口に運んだ。
バーブルとポレル、デュユングはこういった席が苦手なのか、ほとんど顔を出さない。別の部屋でゆっくりと食事を楽しむことを好んだ。サイノスだけがキト達から『サービアでの晩餐会で恥じをかかないように慣れなければいけない』と言われ、何度もこの手の宴会に出ていた。しかし数人が組となって娘と歓談することには慣れず、直に会話の場から離れた。サイノスはむしろ娘の母親との会話の方が面白くて、その夫や娘を困惑させていた。キト達も呆れ顔で『サイノスの好みは年上の女なのか・・・それならがサービアに行けば美しい未亡人が多くいる。その人を紹介しよう』と、言うようになっていた。サイノスはポレル以上の娘がいれば話したいと密かに思っていたが、そんな娘には一度として会えなかった。
・・・こんなことならバーブルのようにポレルと食べていた方がよかったな・・・
そう思いながら半分やけになって、食べまくっていた。
「うぐっ」
あまりの速さに食べ物がのどに詰まってしまった。無理に飲み込もうとしてもうまくできず、吐き出すこともできなくてサイノスはあせった。
「失礼します」
言葉と共に誰かが背中を強く叩いてくれ、うまく飲み込むことができた。礼を言おうと後ろを振り返ると、デュユングのような大柄で太った娘が杯を持って立っていた。娘は黙ってそれを差し出した。
「大丈夫ですか?水ですけどお飲みになります?」
「申し訳ない。助かったよ」
サイノスは一気に水を飲み、胃袋に食べ物を流し込んだ。娘は興味深そうにサイノスを見ていた。
・・・助けられた手前話さないままに終わらせない。宴会の終わりまでにはまだ時間がある・・・
サイノスの横はキトの席だったが、紹介された娘達に取囲まれて仲間達と組になって話し込んでいた。席に戻ってくることもないだろう。
「そこに座れば・・・お腹は空いてない?」
「あら、私が太っているからそうおっしゃるのですか?」
娘は素直に席に座ると、茶目っ気たっぷりにサイノスに言葉を送った。サイノスは何気なく話したつもりだったが、そう言われて最後の言葉が余計だったと気がついた。何とか取り繕うと言葉を捜したが、納得させる言葉が浮かんでこなかった。
「でもその通りだから仕方がないかも・・・これをいただいていいのかしら?」
娘が先に口を開く。
「いいよ。奴は最初から食べる気がないみたいだ。食事よりも娘達に取囲まれるのがいいらしい。困った奴らだ」
「みんな軍人に憧れているのよ。あなたはどうして話に加わらないで食べてばかりなの?」
娘は遠慮する風もなくキトの食事に手をつけた。好き嫌いのない食べ方で、体つきには似つかわしくない優雅な作法だ。サイノスはいつも気軽に話し掛けているデュユングを相手にするように、自分の気持ちを娘に伝えた。
「俺は剣の腕以外何一自慢できるものがない。恋人も欲しいが娘の気を引く方法を知らない。そこでドルスパニアの若者のような『格好よさ』を身に付けようと思った。それには娘達と多く話す必要があると言われ付き合ってみた。しかしあのような格好の付き合いでは俺が思っている関係にはなりそうもない。キト達の付き合い方は理解できないよ。いつかは変わるのかと期待したが、もう無理だよ。このまま帰るのもしゃくだから、夢中で食べていてついのどに詰まらせた訳だ。不格好な話だよ」
「あの方達は仲間がいれば娘達に取囲まれて話せるけれど、今のあなたのように私とは二人だけで話せないわ。そんなお付合いがサービアなのよ。お友達のことを悪く言わないでわかってあげて欲しい」
その娘は自然な口調で、小さな子供を諭すように言った。娘はなおも言葉を続け、ドルスパニアの軍人は幼い頃から仲間意識を植え付けられて育ち、一人での行動が苦手な面を説明した。軍務での勝手な単独行動を許さないための教育が徹底されていた。サイノスはその娘の言葉で、キト達の行動が理解できた。
・・・そうだったのか・・・むしろ俺が奴等に自分で行動する楽しさを教えてやらねば・・・
娘は話し好きらしい。サイノスが聞かないのに、この町の者ではなくサービアに向かっていることや、父親が政争に破れて地方に追いやられて困窮貴族になったことなどを話した。そう言われて娘を見ると服が他の娘よりは見劣りがした。ただ困窮振りを少しも恥じている様子はなかった。
「父があくまで従わないから、政争相手は何度もサービアに呼び戻したわ。呼び戻される度にお金がかかるの。初めの頃は父も貴族の面子があって専用道を高い通交証を手に入れて帰ったけど、何度も続けている内にお金がなくなったの。それでお金のかからない一般道を通るようになったわ。父のがんばっている姿を見ると、こんな席に似つかわしくない格好しでも胸を張れるのよ。それにあなたのような人に出会える楽しみもあるわ」
正直な娘だ。サイノスは娘の丸々と太った顔を見て、これまで幾度か宴会に出ていたが、今までのついてない分を初めて取戻せそうな思いがした。娘の傍にいると包み込まれるような安心感があった。それは娘の体の大きさからではなく、彼女の内面から湧き出す優しさからきていた。




