十七章 トーリア 198 ケフトン
・・・四・・・
「サービアを目指して出発する。居眠りしてサイノスのように馬から落ちるな」
カイデンは先頭の馬上から後ろを振り返り、続く若者達に向かって大声で叫んだ。トレイデリアを出発して十日余り過ぎようとしていた。毎日出発する度にカイデンは先頭に立ち、同じ言葉を繰り返していた。一度だけ居眠りで落馬する不覚を取ったサイノスは、カイデンの言葉に頭を掻いた。一行の最後尾はコレディノカが務め、前を進む若者を予想できない出来事から守っていた。馬に乗れないデュユングをカイデンは自分の馬に乗せた。後ろからは小柄なカイデンの姿が大きなデュユングの陰に隠れて、デュユングの姿しか見えなかった。
「ねえ、見てバーブル。カイデン様とお母さんは親子みたい。似合っているわ」
バーブルと並んで馬に乗っているポレルが声をかけた。ポレルは白毛の馬を器用に乗りこなしていた。お転婆なポレルは幼い頃から馬を乗りこなし、どちらかと言うとバーブルの方が馬は苦手だった。
馬に乗って十日経っても、周りの景色を楽しむ余裕など少しも持てなかった。ポレルが声を掛けてきても、生返事ばかりしていた。ポレルはバーブルのそんな態度に怒りもしないで、それよりも深い谷底を窺う細い道を通る時は自分が谷側を通ったり、物音に馬が驚いて駆け出した時は手綱を押さえてやったりと、甲斐甲斐しく世話をした。幼い時にサイノスがバーブルをいじめるのを守っていた時のポレルそのものだった。
バーブルの後ろにキトとサイノスが続いた。サイノスはポレルがバーブルの面倒をみるのを見慣れていて何も感じなかったが、キトや彼らの仲間達は羨ましくてしょうがなかった。ただ時おり後ろを振り返って手を振るポレルの顔を見ると、嫉妬している気持ちが消えていった。それだけど満足できるのだ。
サービアまでの一般道は細い道だったが、道に沿って植えられている木々はよく手入れされていた。暑い季節には降り注ぐ陽射しをやわらげ、寒い季節には旅人に冷たい風が吹き付けるのを防いだ。深い谷を臨む山道もあったが、ほとんどは安全で歩きやすいように作られていた。町から次の町までは人が一日で歩ける距離であり、小さな町が宿場町として一般道に連なって点在していた。町に入る際には警備兵から形ばかりの尋問を受けるが、そこで足止めされることはほとんどなかった。
コボスが連れて来た馬とレヨイドが持ち込んだ軍服の絶大な効果があった。ドルスパニア王国の正規軍が一般道を通るのはほとんどなく、尋問一つ受けないで最優先で町に入れた。軍事国家の正規軍の強みで、逆に歓待されることの方が多かった。
警護兵から知らせを受けた町の顔役達が、一行への挨拶と称して手土産を持って次々にやって来た。手土産は食べ物が多かったが、商人が顔役の町では金貨が主だった。だから町に入る毎にカイデン軍の資金は増えていった。カイデンは何も言わず無言で頷くだけでよかった。貫禄と威厳が十分に備わり、美しいポレルの存在もあって有力将軍がお忍びでサービアに向かっているように見えるのだ。歓待にも熱が入り、一行は町で最高の宿に泊まり、歓迎の宴席に招かれる毎日だった。
一般人が泊まる宿場町は軍事専用道路の砦内のような重々しさはなく、むしろ活気に満ちあふれていた。夕方に到着する者が多く、町が賑い出すのは日も暮れようとする時間からだった。まだ宿泊先を決めていない旅人を客引きする女達や、腹ごしらえする者を呼び込もうとして食べ物屋がわざと匂いを送り込むなどするものだから、通りは多種多様な声と匂いが混ざり合っていた。それが旅人達に懐かしい気持と深い安心感を与えるのであった。
そんな夕闇が押し寄せ人々が群がる騒然とした通りを、カイデン一行は馬に乗ったままゆっくり進んでいた。その夜を過ごす町ケフトンは、これまでの町と変わらなかった。ドルスパニア王国正規軍の姿を見て、人々は笑顔で歓迎した。
サイノスとバーブルは歓迎の声援を受け、どう応えていいかわからず困惑顔で進んでいた。町に入る度に何度も歓迎されていたが、馬上で人々の視線を受け続けることには気疲れした。一方キト達、ドルスパニアの若者達は胸を張り誇らしげに進んでいる。むしろサービアの行進での群衆の多さに比べたら、遙かに少ない歓迎者数に少し不満であった。小さな町だから仕方ないと思うしかなかった。ポレルは馬上からにこやかな微笑を投げかけ、人々の視線を全く気にしていない風であった。
「バーブル、私達は罪人じゃあないのよ。もっと胸を張って堂々としなさいよ」
そう言われてもバーブルは曖昧な微笑をポレルに返すだけで、態度を変えようはしなかった。サイノスもバーブル同様に目を伏せ、早く今夜泊まる宿に着かないかと考えていた。
「カイデン様、お待ち申し上げました。今夜お泊りいただける宿はすぐそこです。」
賑やかな通りの真ん中で町の世話役が待ち受けていた。カイデンは何も答えず、後ろを振り返った。最後尾のコレディノカが前に出て来て、馬から降りると世話役と二言、三言話した。世話役達はコレディノカの応対に満足したようで、カイデンに向かって頭を下げると先頭にたって歩き始めた。どこでもそうであったが、顔役達の案内先は決まって町一番の立派な宿であった。
「カイデン様、今夜はこのソレイバ様の勧められる宿に泊まりましょう。後五日、馬を急がせれば三日の距離です。明日は少し遅めに出発しましょう」
コレディノカも毎朝早い出発で疲れていた。夜は歓迎の宴席の連続で、客達の相手でゆっくり気持ちを休めなかった。一度でいいからゆっくりと眠りたかった。
「そうだな・・・しかしこう毎日最高の宿に泊まり、宴会の毎日では若い奴等の気持ちが弛んでしまうな。どこかで終わりにさせねばなるまい」
「その御心配は無用です。ここが最後にゆっくりできる町となりましょう。ここからサービアまでは山道が多くなります。サービアに近い町には、一般道の町といえども警備が厳しくなります。町の顔役も軍を老齢で辞めた者が多く、彼等は正規兵を歓待する気持ちなどもっていません。逆に小言を言える機会を窺っているような態度で接してきます。若い奴等が挑発されて揉め事を起こさないように気をつけましょう」
「それでは今宵が奴等のゆっくりできる最後の夜か・・・考えてみれば毎晩お前とわしは宴席の気配りで心から楽しめなかった。他の者は気ままに飲んだり食べたりしていたが・・・損な役回りだな」
「カイデン様、その分サービアでサイノスやキト達を締め上げてやりましょう」
「わっはっは・・・そうしよう」




