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十七章 トーリア 197 レヨイドの贈り物

・・・三・・


 一同が受け取った馬に荷物を積み終えようとした時に、違った訪問者がやって来た。レヨイドだ。今までの鎧を脱捨て、コボス同様にきらびやかな軍服を着ている。コボスは一同の馬に瞬間鋭い視線を送ったが、それについては何も言わなかった。

「カイデン様、その折はお世話になりました。私もザイラル軍に復帰でき、首都サービアに軍の一員として帰れます。あなたとはザイラル様は行き違いもありましたが、これまでのことは水に流して下さい。コレディノカ様、サービアに帰ったらザイラル様の所にも来て下さい。そうザイラル様が申されました」

 カイデンは無言のままだった。カイデンが少しも答えないものだから、コレディノカが代わりにレヨイドと話す羽目になった。カイデンにはまだ心にひっかかるものがあるらしい。

「ザイラル様の言付けを伝えるためだけに、わざわざ引き返して来たのか?」

「そうではありません。あなた達に渡すように預かってきたものがあるのです」

 そう言うとレヨイドは、馬に積んで来た大きな鞄をコレディノカに渡した。コレディノカは目の前で鞄を開け、中身を取り出してみた。鞄の中にはレヨイドが着ているのと同じ軍服が入っていた。それに軍旗らしい刺繍された美しい布まで揃っていた。

「これは・・・」

「そう、私のこの服と同じものです。あなた方が首都サービアをめざしているのは知っています。ただしコレディノカ様は今や軍を辞めたお方。通行証でも持たない限り、軍用道は通れません。それに集団での一般道通行は周回中の警備兵に何かと疑われて面倒です。他国の者が混ざっていれば、そのまま見過ごしてくれないでしょう。しかしその軍服を着て軍旗を掲げて行けば、ザイラル軍の別働隊ということで呼び止められません。念のために別働を命じるザイラル様の書いた正式な命令書も持って来ました」

 レヨイドは命令書を広げて見せた。ザイラルの署名が記されていた。

 コレディノカはカイデンを振り返り、礼を言うように目配せした。カイデンは頷くと、初めて口を開いた。

「レヨイド様、心遣いありがとうございます。確かに我々を他の者が見ると、普通の集団とは思ってくれないでしょう。しかし、この軍服を着れば、立派な別働隊に見えます。何しろ元兵士が大勢いますからな。大いに助かります」

 レヨイドはカイデンの言葉を聞いて、あの時の借りが返せたと思った。そしてもう一人、借りを返さなければならない相手がいた。それはポレルに対してだった。しかしポレルとデュユングには軍服を着せるわけにはいかなかった。

「ポレルにも世話になった。お前達にはこの町で買い求めた服を贈ろう。いつも同じ格好も嫌になるであろう。後で着るがいい」

 そう言うと、大事そうに抱えていた包みをポレルに渡した。ポレルがその場で開こうとするのを慌てて押し止めた。レヨイドは女性の服など買った経験がなく、恥かしい思いをしながら買っていたが、それは話せないことだった。服がポレルの趣味に合うか合わぬか考える余裕はなかった。贈った服が彼女の好みでなかった場合、ポレルの困る顔が見たくなかったのだ。

「それを着るのは私が行ってからにして欲しい。コレディノカ様の屋敷にしばらくいるのであろう。本当のお礼はサービアでさせてもらう」

 とにかく皆が注視する中で服を取り出して欲しくはなかった。商人の勧めるままに服はおろか下着まで買っていた。

「まあ、楽しみですわ。サービアを隈なく案内していただこうかしら」

「行きたい所があればどこにでも案内しよう。サービアに着くまでによく考えるがいい」

「あら、レヨイド様。サービアは初めてでまったく知りません。どうすれば行きたいところが見つかるのかしら?」

 ポレルが真面目な顔で聞いた。レヨイドは黙り込んだ。傍で聞いていたデュユングがポレルに近づくと、

「レヨイド様をあまり困らすんじゃあないよ。レヨイド様はサービアにあんたが来れば、行き先は任せて欲しいと言っているのだよ。本当にあんたは罪がないと言うか、お気楽すぎて心配だよ」と助言した。デュユングはレヨイドの言葉の中に、ポレルに対する思いを感じていた。

・・・私から見てもレヨイド様はコレディノカ様とは気が合っているけど、他の若者にはいい感情を持ってない風ね。軍隊を途中で辞めた者を落伍者とでも思っているのだわ。そのレヨイド様がザイラル様の命とはいいながらも、わざわざカイデン様を訪ねて来たのはポレルがいるせいね・・・

 全く娘に関心がないようなレヨイドまでが、ポレルに贈る服まで買って来るのはよくよくのことに思えた。ポレルに会う男がほとんどと言っていいほどポレルに魅せられていくのを見て、デュユングの心配は益々深まっていた。

・・・これ程までに次々に男が自分の気持ちを曝け出す娘を見たことがないわ。律儀な男、無愛想な男、気弱な男、自信過剰な男等さまざまな若者達が、ポレルに対しては恥じも外聞もなく心を開く。その上自分の隠したいものがポレルの口から漏れたとしても、恨んで詰め寄る者はいないはずだわ。本当に不思議な娘よ、あなたは・・・

 無邪気に微笑むポレルを見て、自身の考えが及ばないほどの未知の力があるのではないかと思った。『お母さん』と呼ばれ、気安く母親の立場を今は演じているが、その内に『ポレル様』と呼ぶようになりそうな気さえした。それ程までにポレルの日々の成長は目を見張るものがあった。

 レヨイドはポレルの笑顔を見てほっとした表情をした。ザイラルの前での緊張感と違って、ポレルの前では表立って命を賭ける必要もなかった。それでも別な意味での緊張感があったが、それを心地良いものとしてレヨイドは感じていた。自分がこの一行に受け入れられないのは分っていた。そんな非難めいた場所に来るために正規軍の制服と、ザイラルの命令書、軍旗を持ち込んでいた。これはザイラルの指示を仰がず、自分の判断で為していた。ザイラルの署名まで似せて書いた点は大きく逸脱した行いであるが、こうしないとポレルに会う理由が作れなかったのだ。レヨイドは彼なりに冒険をしていた。

「それではまたサービアで会おう。カイデン様、コレディノカ殿、・・・・」

 最後の名前は言わなかったが、目で別れの挨拶をした。誰もがポレルの名前を呼びたいレヨイドの気持を感じ取った。

 言い終わるとレヨイドはいきなり馬首を返し、強めに一鞭入れて走り去った。コボスと同じ黒いマントが翻り、裏地の赤色が美しい彩りを添えていた。後ろ姿が形よく見えるように考えられた軍服がこの時にもその効果を十分に発揮した。

「キト、頭に来たよ。二人とも格好よさだけを強調して、消えて行った。俺達は何なのだ?その辺を俺達も馬で駆けてみるか?」

 サイノスはキトに不満をぶつけた。キトも同じ思いだった。コボスはポレルの恋人としては考えられないが、レヨイドは別だった。若い娘が惹かれるある種の暗い部分を持っており、それでいて押しの強さもあるようだ。ポレルに接する若者が今後も増える中で、自分達の悩みも深まるような気がした。少しばかりポレルが遠くに感じられた。


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