十七章 トーリア 196 ヘドロバの贈り物
・・・二・・・
カイデン一行を悩ませていた問題が突然解決した。
その問題を解決してくれたのは、やはりヘドロバだった。
一行が町を離れて軍事専用道と一般道との分かれ道で、羨ましい気持ちで専用道を見つつ一般道へ歩み出そうとした時、若い男が専用道を馬で駆けて来た。顔がはっきりするまでに、時間はそうかからなかった。・・・コボスだった・・・。コボスは後ろには多数の馬を引き連れていた。連れられた馬は綱で繋がれることもなく、馬がコボスの後に勝手について来ただけという風に見えた。既に馬には鞍も付いていて、すぐにでも乗れる状態だった。
コボスは馬に乗ったままで一同を見下ろすと馬を指差して、
「ヘドロバ様からカイデン殿に渡すように言われて連れて来た。自由にお使い下さい。それとコレディノカ殿には、私とピピからの贈り物があります。ピピの頼みをヘドロバ様は快く受けて頂きました。コレディノカ殿、また皆で会える日を楽しみに待っています」
一気に話すと、コレディノカに向かって小さな包みを投げた。コレディノカが受け取るのもろくに見ないで、輪乗りしていた馬に一鞭を当てるとそのまま走り去った。カイデンやコレディノカが口を開く間もなかった。風のように現われて、風のように去って行った。背中の黒いマントが風を受け、裏地の赤が見え隠れする格好よさだった。見事な鮮やかさだけが残った。
コボスの遠ざかる姿を見て、最初に口を開いたのはポレルだった。
「サイノス、キト・・・見た?素適な人だわ。あなた達も喧嘩ばかりしないで、コボス様のような人になって欲しいわ。ねえ・・・お母さん」
「そうだよ。野蛮なサイノスと同じ村の出とは思えないわ。私がもう少し若ければ、追いかけたかも・・・」
「お母さんは惚れ性なのね。それとも単なる男好きなのかしら?」
「ポレル、何とでもお言いよ。でも若い娘が『男好き』などと口に出さないで」
「はい、はい・・・」
女達の軽口を苦々しく聞いてサイノスであったが、確かに男の目からみても格好よさを感じた。
「キト、剣も大切だが、格好よさの修行もしなければならないな」
「サイノス、サービアに行ったら俺が教えてやるよ。その手のことはお前より俺は進んでいる」
「よろしくお願いします、師匠」
「ははは、師匠か・・・いい響きだ」
カイデンは若者達に馬に荷物を積み替えるように命じて、彼等が終えるまでの間にコレディノカと方針の変更を相談した。馬が手に入ったことで、サービアに着く時間が大幅に短縮できるのだ。
コレディノカはコボスが投げて寄越した包みを開け、その中から二通の封書を取り出した。それぞれに封を切ってみると、それは通交証と自分宛の小さな手紙だった。手紙の方をポケットに入れると、通交証は黙ってカイデンに差し出した。
カイデンはヘドロバが署名した通行証に目を落とした。そして通交証を読み終えると、自分の荷物の一番奥底にしまいこんだ。カイデンはそれを使うつもりがない様子だった。
「カイデン様、思いがけず馬と通行証が手に入りましたね。サービアにはヘドロバ様より先に行けます。馬であれば、歩兵の何倍もの速さで進めます」
カイデンは目を閉じた。何事か考えている。
「コレディノカ、一般道は馬では進めないのか?」
「進めます。ただ専用道のように横に十数頭も並べませんが、二、三頭であれば楽に並んで行けます」
「そうか・・・それならば我々は一般道で行こう」
「通行証も手元にあるというのに、何故ですか?」
「若者の口は意外と軽いものだ。ヘドロバにもらった通行証の件をどこかで漏らすだろう。彼女には余計なことで迷惑をかけたくない。それにあまりに簡単に物事が進むと、若者の気持ちが浮ついてしまう。馬だけでも贅沢すぎるとわしは思っておる」
「そうですね。そうしましょう。それにしても、私達が馬を欲しがっている話を、どうして知ったのでしょうか?それに分かれ道でうまい具合に会えるなど、不思議なことだらけです」
「そこがヘドロバたる所以であろう。気にするな」
「人数分には一頭足りません。でもデュユングが一人で乗れないから、ちょうど人数通りです。感謝したいところですが、いくらかの薄気味悪さもありますね」
「そんなことはない。そんなヘドロバではない。感謝すべきことだ。使わせてもらおう」
カイデンが語気を強めて、ヘドロバを擁護した。
「わかりました」
「ところでお前はコボスと親しいのか?お前を友だと感じる奴の口のききようだった。お前を親友だと思っているようだな」
カイデンには隠し事はできないとコレディノカは思った。
コレディノカはカイデンに、ヘドロバとコボスとのことを全部話した。カイデンは黙って聞いていたが、別段不快な表情は浮かべなかった。話を聞き終えるとカイデンもコレディノカに、ヘドロバとの昔の係り合いを話した。コレディノカはカイデンが、ヘドロバから聞いた単なる初恋の相手ではなく、娘時代を彩る重要な役割を演じたことを知った。ヘドロバのために家族を犠牲にしたカイデンを卑下する気持ちは、全く起きなかった。
「カイデン様がヘドロバ様の警護役だったとは・・・どおりであなたに教わったサイノスが強いわけだ。それもあってヘドロバ様も通行証を出したのですね。カイデン様もヘドロバ様に余計な迷惑をかけたくないと・・・ずっとカイデン様の心にはヘドロバ様が住んでいらっしゃるのですね。薄気味悪いなどと言ってすみません。それにしても人の巡り合いとは不思議なものですね」
カイデンはコレディノカの悪戯っぽい目を感じ、慌てて咳き払いすると話題を変えた。
「そうだ・・・コレディノカ、ヘドロバの元にピピという妖精がいたであろう。コボスも先程名前を言っていたようだ。ヘドロバはピピも紹介してくれたのか?」
「はい、ピピも紹介されました。驚きました。あんなに可愛い妖精がいるなど信じられませんでした」
コレディノカはピピとの愛だけは話せなかった。ピピをよく知っているカイデンだけに、愛した気持ちを話すのを躊躇ったのだ。もう少し自身の気持ちを整理してからでも遅くないと思った。ピピとの愛も始まったばかりなのだから。二人だけの秘め事を二人だけで楽しみたい気持ちだった。
「そうか・・・ピピまで見せてくれたのか・・・よほどお前が気に入ったのであろう」
カイデンは目の前のコレディノカにより深い親近感を持った。あのヘドロバが認めるほどの者はめったにいないはずだ。この若者に何かを感じたに違いなかった。




