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十七章 トーリア 195 トレイデリア

・・・一・・・


 宿営地はヘドロバ軍が出発した後は、浮たったようなざわめきも薄れ急速に閑散とした。それまで働いていた部隊がドルスパニア王国に入れば、一部のバイトルを除き、部隊に同行することは認められなかった。残されたバイトル達は部隊からの最後の給金を手にすると、自分達の荷物をまとめてそれぞれの仲間達と共に次々と離れるが、行き先はほとんどが同じ町だった。家族の待つ家に帰って行くごく僅かなバイトル以外、大多数の者が街道沿いのその町で次の働き先を探すのだ。勿論同じバイトルとしての仕事が多かった。今は戦いの最中であり、バイトルという仕事自体がなくなることはなかった。他の作戦で国外に出て行く次の部隊を待っていれば、仕事にあぶれることはない。実際、大きな街道が通る国境には、バイトルとして雇われることを望む多くの者が待機していた。その者達が寝泊りする宿や、生活用品を売る商売人達が集まって一つの町を造りだすほどだった。こうしてできた町の一つがトレイデリアだった。

 町の中で最も繁盛するのは、娼婦を置いて酒や夜の相手をさせる店だった。家族のいない独り身の男達は安宿に泊まり、手持ちの金がなくなるまでその手の店で遊びほうけるのが常だった。一方女達に対しても商売人が、首飾り、耳飾りなどの装飾品や、首都サービアで流行っている服を売りつけた。女達は似合う、似合わないはお構いなしで買い求めて不恰好に着飾ると、金を貰って媚びを売り夜の相手までする若い男にしなだれかかりながら、堂々と通りを歩くのであった。こうして湯水を流すように手持ちの金を使い果たすと、次の部隊を待って再びバイトルとして働き遊ぶ金を蓄えるのである。そんな者達を狙うように、部隊長に楽な仕事のバイトルとして雇われるようにこねを付け、高い手数料を受け取ることを商売にしている手配師もいた。

 ありとあらゆる者達が、刹那的生き方をするバイトル達から少しでも搾り取ろうと、虎視眈々とその機会を窺っていた。出兵する機会の多いドルスパニア王国では、軍事大国の恩恵を受けている者達が大勢いるのだった。

 カイデンと行動を共にする一団も、バイトル達の多い町、ここトレイデリアに着いていた。最後の宿営地からはあまり離れておらず、ヘドロバ軍が出発する時の混乱を避けようと早めに宿営地を出発していた。そしてこの町で首都まで行くための必需品を買い込み、それぞれが分担して運べるように荷造りをしている最中だった。

「ヘドロバ様の部隊はサービアに向かって出発されました。我々も周りが落ち着くまでと思って、この町までやって来ました。ここでしばらく逗留しますか?」

「それはできない。この町は若者達には誘惑が多すぎる。問題を起こさない前に、すぐにでも出発しよう」

「私もそう思っていました。別街道でサービアに向かいましょう。そして私の屋敷で、今後のことをゆっくり決めると言うのはどうですか?」

 コレディノカとカイデンは荷造りをサイノス達に任せ、ドルスパニア王国の地図を見ながら今後のことを相談していた。地図上ではコレディノカの屋敷はサービアの中心地にあり、ヘドロバが危惧したように『自由』的発想を教えるには、権力者に近すぎる場所であった。ここで新しいことを始めるには無理があった。

 コレディノカはカイデンに、屋敷を売り払う決心をしたことを告げた。コレディノカには生まれた屋敷への愛着はひとかけらも無く、カイデンと追いかける夢のために多額の資金を手に入れる方を望んだ。身を投じた若者に希望だけを追い求めさせるには、金銭的な負担を取り除いてやらねばならなかった。カイデンがいることでコレディノカは補佐役な立場になったが、そんなことはどうでもいいと思えるほどに、気持ちは熱く燃え上がっていた。

 目的がはっきりして以来、カイデンも生き生きとして見え始めた。髪は白くはなっているが、その白さは見る者には老いよりもむしろ落ち着きと威厳を感じさせた。顔色も一層よくなり、目に強く鋭い光が戻っていた。どこからみても立派な指導者だった。

 カイデンの教えを広めようとするコレディノカの奔走もあって、カイデンを師と仰ぐ集団が形成された格好になった。コレディノカ、キトを筆頭に軍を辞めて集まって来た若者と、ポレル、バーブル、サイノス、デュユングの他国民を合わせて、十五人の集団になった。その集団の中に、当初何かと問題を起こしたマヤジフも入っていた。マヤジフはどちらかというと、カイデンよりもコレディノカに義理を感じて参加したようだった。


 カイデンとコレディノカがいなかったせいではないが、サイノスは参加する若者が当初に予定した人数より少ないことで、キトと口論となった。カイデンの元に集まった人数は、カイデンの教えを受けていた人数からするとかなり少なかった。

「キト、俺はもっと軍を辞めて来る者が多いと期待していたが、思ったより少ないのは何故なのだ?カイデン様は誓約書を書かそうとした俺を止めたけど、俺の言った通りにすればよかった。ドルスパニアの若者には信義はないのか?」

「サイノス、ドルスパニアの仲間達を軽く見るな。彼らにも直に辞められない理由があるのだ」

「どんな理由だ?」

「国に帰って親に相談したい者もいるだろうし、もう一度考よく考えたい者もいるはずだ。今回の遠征前にはカイデン様に会うことなど考えてなかっただけに、帰りを待っている家族に打ち明けることも必要となるだろう。当然反対する者も出るだろうから、その者を説得しなければならない。軍事大国で軍を辞めることは大変な決断がいるのだ。間違えば二度と浮かび上がれないことも覚悟しなければならない」

「本当にそうかな?暇つぶしでカイデン様の所に来ていただけではないのか?それとも母親に聞かなければ決められないのかな?『おかあちゃん、僕ちゃんどうしたらいいのかわからない・・・』とか言ってな・・・」

「馬鹿にするな!」

 キトも内心ドルスパニアの仲間達が少ないことを気に病んでいた。サイノスの言葉を聞くまでもなかった。それだけに必要以上に皮肉の強く入ったサイノスの言葉に、押さえがきかなかった。言葉と同時に手を出していた。キトのこぶしをまともに顔面に受けて、サイノスはひっくり返った。

「キト、やったな!」

 サイノスは起き上がると、そのままの勢いでキトに組み付いた。普段は仲のよい二人の突然の争いは、その原因を知らない者達を驚かせた。しかし争いごとは剣を抜いてのことではないだけに、喧嘩の結末を見ようとして二人を取囲み、それぞれに声援を送り始めた。血気盛んな若者にとって、理由はともあれ喧嘩は見るだけで興奮するものだった。

「サイノス、しっかりしろ。キトのこぶしの方が当っているぞ」

「キト、もう一押しだ。サイノスに勝てるぞ」

 軍を辞める決断をして少し気分が沈みがちだったキトの友人も、自らもこぶしを握りしめて見えない相手に戦いを挑んでいる格好をした。普段物静かなバーブルも我を忘れ、応援の少ないサイノスのために大声を出した。

 その中でポレルだけが喧嘩を何とか止めさせようとして、デュユングに、

「お母さん、早く二人を止めて。こんな時に喧嘩するなんて信じられないわ」と、仲裁を頼んだ。デュユングはにやりと笑うと、

「サイノス、キト、負けるんじゃないよ。喧嘩の種はわからないけど、お前達の好きなポレルも見ているよ。この娘が言うには強い男がいいって。ほれ、負けるな、ポレルを泣かすな!」

 デュユングが喧嘩に油を注いだ。それまでは笑みを浮かべて殴り合っていた二人だったが、デュユングのけしかけとポレルの顔を見て、真剣な顔に変わった。殴り合いも熱を帯びて、互いのこぶしを避けることなく、相手が殴ってきたら無防備で殴られ、次に殴り返すやり方に変えていた。確実に自分も殴られるが相手のことも殴れ、勇気、気力を示すには格好な喧嘩のやり方だった。殴る度に鈍い音が響き、殴られた方は地面に倒れた。それが何回も繰り返される。

「お母さんったら、もう!サイノス、キト、二人とも野蛮なことばかりして、大嫌い。手当てなんかしてやらないわ!」

 大声で止めるが、興奮した二人にはポレルが応援している風に聞えた。益々激しく殴りあった。怒りで真っ赤な顔だったポレルの顔から血の気が失せ、真っ青な顔になった。

「・・・死ぬまで殴りあうつもり・・・お願いだから・・・もう・・・止めて・・・お願い・・・」

 ポレルが二人の間に身を投げ出した。泣き声になったポレルの声を聞き、ふらふらになっていた二人は急速に気力が萎えてしまった。

 泣き崩れたポレルを見て互いにばつの悪い顔をすると、殴り合いを止めた。そこにコレディノカが戻って来た。コレディノカは二人の傷だらけの顔と泣き伏したポレルを見て、何が行われていたのかを直に理解した。

「またお前達か?仲がいいのか悪いのかさっぱりわからないぞ。それにポレルまで泣かせて・・・。で、今回は何なのだ?」

 兄貴分のコレディノカに聞かれては黙ってもおれず、キトはサイノスとのやり取りを話した。コレディノカは頷きながら聞いていた。

「サイノス、キトが怒るのも無理がないな。キトもちゃんと説明すればサイノスがわかるだろうに、いきなり手を出すのはよくない」

 穏やかな声ながらはっきりとした口調が二人の気持ちを静めていく。コレディノカの言葉自体は、どちらかに荷担することもない当り障りのないもので、黒白をはっきりさせるわけではなかったが、結果的には二人を冷静にして反省させた。

「キト、言い過ぎた。悪かったよ」

「サイノス、殴って悪かった」

 二人が握手するのを見て、コレディノカはキトがサイノスに説明できなかったことを話してやることにした。

「サイノス、キトの言うように軍を辞めるのは大変な決断なのだ。これは前にも話したな。兵士の中には、両親、兄弟達の暮らしを背負っている者、結婚して妻のいる者、輝かしい家名を守らなければならない者、借金を背負っている者、などそれぞれの理由があって辞められないこともあるのだ。特に若い奴らは幼い頃から厳しい教練を受けて鍛えられ、軍人としてやっと未来を切り開ける時機を得たのだ。わかるな・・・」

 サイノスは神妙な顔をして聞いている。ドルスパニア王国のような軍事大国では、軍隊を辞めるのは将来を投げ出すことだと理解してやらねばならないのだ。それを茶化した自分をキトが怒るのも無理がないと思った。剣の奥義は極めていたが、相手の気持ちを思いやる修行が足りないと情ない気持ちになった。


 コレディノカは俯くサイノスを見て、薬が効きすぎたかと思ったのか、

「そんなにしょげるな。他国の制度は聞くだけではわからないだろう。これから行くサービアはドルスパニア王国の首都だ。そこで人々の暮しぶりを見れば、キトの気持ちがわかるようになる」

 と、話してやった。サイノスも気持ちが落ち着いた。

「サービアですか・・・楽しみですね。この町からどのくらいかかりますか?」

「そうだなあ、歩いて行けばまだ一月以上はかかる。ただし敵に襲われる心配はないから、サービアへの道をひたすら進めばいい」

「一月ですか・・・長いですね・・・ヘドロバ軍も同じですか?」

「いや、ヘドロバ軍は半月ほどで帰れるはずだ。国内の軍事専用道はよく整備されており、最短距離で首都に通じているのだ」

「一般人は通れないのですか?」

「それは難しい。専用道は軍隊が普通の行軍速度で一日に到達できる間隔に合わせて、防御用、宿営用の大規模な砦を結ぶように作られている。砦の巨大な門を通り抜けなければ、砦内へ入ることはおろか、首都への道も閉ざされてしまうのだ」

 軍事国家のドルスパニア王国の専用道は、軍隊が迅速に出国することを最優先にして作られていた。その道は一度に大規模な軍を送るために、できる限り道幅は広く直線的に整備された。攻め込まれたとしても、途中、途中に作られた砦で防御できる利点があり、応援部隊が迅速に後詰として駆けつけられるように考えられたものだった。その代り一般道の方は、多数の兵が行軍できないように道幅が狭くされ、直線部分は極力短くなるように作られていた。

「コレディノカ様、それでは他国から入ってくる必要な物が首都に着くには日数がかかりすぎます。大量に入ってくる時はどうなりますか?専用道を使える何か別な制度があるのではないですか?」

 この手の質問ができないサイノスに代わって、バーブルがコレディノカに聞いた。

「うん、バーブル・・・なかなかいい質問だ。あるのだ、その方法が・・・」

 コレディノカは専用道路を通るには、作戦中の部隊の発行する通行証か首都で申請して発行される通行証があれば例外的に認められると説明した。通行する人数は少人数でも通行証さえあれば通れるのだ。

 通行証はドルスパニア王国にとっても、防御以外に利点があった。商人達が首都に運び込む物資は膨大で、通行証の発行は巨額の利益を国にもたらした。作戦中の部隊も発行する権限があり、やり方によって部隊長は懐を肥やすことができた。ただしその通交証をもった者が問題を起こした場合は、責任を厳しく問われることもあり、よほど信頼できる者にしか発行していなかった。貴族達は例外的に国内であれば自由に通ることを許されたが、首都に向かう時には通行証が絶対必要とされた。このため政争に敗れた者達は国境に左遷されると、首都に戻ってくるために、多くの日数と通行証に経費がかかることで疲弊していくのだ。首都に暮す勝者は意図的に左遷者を呼び寄せることを画策した。どんなに裕福な貴族であっても、国境に左遷されると見る間に貧しくなるのであった。

「そうですか・・・通行証ですか・・・ヘドロバ様に頼めばよかったな・・・」

 バーブルはつぶやいた。もっと前に聞いていれば、ヘドロバに頼むことができたと思った。ヘドロバもバーブルの頼みに応えてくれただろう。

 コレディノカも同じ思いだった。最後の食事をした時には軍を辞めることをヘドロバも知っており、首都まで早く帰りたい気持ちも察してくれていた。ただ、ピピのことで夢中になってしまい、通行証までは考えつかなかった。

「この町では何でも手に入るのではないですか?その手の通交証を売っている闇の業者もいるのではないでしょうか?」

「それはない。通行証偽造の罪は、本人はおろか親族全てに及ぶ。数年前にそんな事件があって、一度に数百人が処刑された。一族代々の墓まであばかれて、先祖の骨まで砕かれ撒き散らされた。国の根幹に係ることとなると、情容赦されないのだ」

 コレディノカは自分がこれからやろうとしていることが、もっと深刻な打撃を国に与える可能性がある点まで予想できず、軍事大国の冷酷さを話していた。

「通交証ですか・・・あきらめるしかないでしょうね・・・ゆっくり行くとしましょうか・・・」

「そうだな、カイデン様もあきらめておられる。これだけはやりようがないからな」

 二人は顔を見合わせてため息をついた。首都まで一月以上も歩く日々が続くのである。馬にでも乗って行ければよいが、その馬も町で見つけることはできなかった。馬を買う金がないわけではなく、馬がすぐに見つからなかったのだ。カイデンと手分けして探してはみたものの、どうしても探し出せなかった。遠征軍が去った直後では、傷ついた馬か病気に罹った馬しか町にはいなかった。物事の立ち上がりがすっきりしないことで、気持ちも少し沈みがちになった。


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