十六章 ピピ物語 194 変身
・・・六・・・
ヘドロバのセルタに着いた。セルタの前ではコボスが待ち構えていた。コボスはとぼとぼと歩いて来るコレディノカの姿を遠くから見ていて、コレディノカの気持ちがよくわかった。
「コボス殿、ピピをお返しに参りました。一晩預からせていただいたことを感謝しています」
コレディノカは卵を取り出すと、コボスに手渡した。最愛の人を手渡す気持ちは、涙が出そうなほどつらいものだった。
「コレディノカ殿、ヘドロバ様に会って行かれますか?」
「いえ、昨晩お別れは致しました。私も出発の準備があります。よろしくお伝え下さい」
そう言うとコレディノカはコボスに背を向けて歩き始めた。ゆっくり歩いていたが徐々に歩く速さを上げ、とうとう走り出した。ピピへの気持ちを断ち切るためにはヘドロバのセルタからできるだけ早く離れたかった。
コボスは走り始めたコレディノカを見送った。姿が見えなくなると、セルタの中に入って行った。セルタの中ではスターシャが荷物を片付けていた。
「スターシャ、コレディノカ殿がピピを連れて来たよ。外で見ていたらやって来る時はできるだけゆっくり歩いて来て、僕に渡すと一目散に走って行ったよ。きっと今頃は顔中涙でくしゃくしゃにして、泣きながら走っているよ。自分の感情を素直に出せる人に悪者はいないというけれど、コレディノカ殿のためにある言葉だよ」
コボスはスターシャに卵を渡しながらコレディノカの様子を教えてやった。
「コボス、コレディノカはピピが好きなのよ。本当は返したくなかったけど私との約束を律儀にも守ったのね。コレディノカらしいわ・・・ピピに話でも聞こうかな」
スターシャはピピの卵の蓋を開け始めた。蓋を取るといつも立っているはずのピピがいなかった。こんなことは初めてだった。一緒に見ていたコボスも覗き込んで見た。
「あれ・・・ピピがいないね。どうしたんだろう?コレディノカ殿の所かなあ?」
「そんなことはないわ。もう一度やってみるわ」
スターシャは蓋を閉じると、今度は指先で軽く卵を弾いた後ゆっくりと蓋を開けた。コボスは開け方を変えた意味がわからなかったが、ピピが佇んでいるのを見てほっとした。
「やあ、ピピ。珍しく寝坊したのかい?」
「スターシャ様、コボス様・・・」
ピピは顔を手で覆うと泣き出した。スターシャもコボスもピピが泣き出すとは思っていなかった。二人は顔を見合わせた。コボスは泣いているピピを見ていたが、何かを見つけたらしくスターシャの耳に口を近づけると、
「スターシャ、見てごらん。ピピの背中に羽根が生えているよ」
スターシャはコボスに言われて、卵を回転させピピの後ろ姿を見た。コボスの言っていた通り、ピピの背中に白い羽根が生えていた。まだ生え出したばかりで弱々しい形だったが、薄い羽根は気品に満ちてピピを美しくさせていた。
・・・ピピ、コレディノカと結ばれたのね。その羽根はあなたの気持ちそのものよ。コレディノカのところに飛んでいきたいのね。あなたは私の大切な人よ。もう少し傍にいて欲しいの・・・
「ピピ、その羽根はどうしたの?」
「私にもわかりません。背中がむず痒いと思っていたら、こんなものが生えてきたのです。恥かしくて最初は出られなかったのです」
ピピは泣きながら言った。自分の体の異変が何故起きたのかわからなかった。
「スターシャ様、私は病気なのですか?」
「ピピ、そうじゃないわ・・・コレディノカに愛されたのね」
「はい」
「好きな人に愛されることは自然なことよ。良かったわ」
「ありがとうございます。スターシャ様、私はまだお傍にいられますか?」
「あなたにはもう少し私を支えて欲しいの」
「わかりました」
ピピは嬉しそうな笑顔を見せた。スターシャは前から言おうと思っていたことを、今切り出そうと思った。
「ピピ。あなたはもうコレディノカの大切な人よ。だからね、私に対してもそんなに丁寧な言葉遣いはしないでいいのよ。コボス、スターシャと気安く呼んで欲しいの。お友達でしょう・・・コボス、それでいいわね」
「いいよ。ピピ・・・僕らは友達だよ」
「ありがとう・・・スターシャ、コボス」
「どういたしまして。ところでピピ・・・ちゃんとコレディノカは君を抱けたのかい?ドルスパニア国民は奥手だからなあ・・・」
コボスは早速ピピをからかった。コレディノカの様子から結ばれたことは薄々感じたが、興味があった。
「そんなことはありません。彼はベッドの中でもやさしかったわ。何回も愛してくれたもの」
ピピはそう言ってから自分の言葉の意味に気がついて、今度は真っ赤になった。
「そうか・・・何度も愛してくれたのか・・・スターシャ、聞かなければよかったよ」
「コボス、何照れてるの?さあ私達も出発の準備をしましょう」
三人は急いで支度を始めた。コボスは鼻歌を歌い、スターシャ、ピピはあまりの可笑しさに大笑いをした。三人とも心配事は全て解決しており、気分よく明日からの本国入りを迎えられそうだった。




