十五章 コボスの復活 183 レヨイド復帰
・・・四・・・
今日もザイラルは手紙を目の前で読み始めた。コレディノカはその間に運ばれてきた食事に手をつけた。部隊長と同じ食事の味は、デュユングの家庭料理とは違って上流社会の気取った味がする。ザイラルは普段は兵士と同じ食事をするが、時々は部隊長としての格式のある食事作法で料理を味わっていた。コレディノカはいい日に訪ねたと次々に料理を口に運んだ。
「レヨイドは元気になったらしいな。一時は心配したが、歩けるようになったらしいな」
ザイラルは手紙をしまいながらコレディノカに話し掛けた。
「カイデン様の治療がよかったのでしょう・・・ところでザイラル様はレヨイドをどうされるのですか?」
「どうとは?」
「明日には伝令も出発すると聞いております。遠征軍が国に入れば、宿営先は立派な建物に代わり、セルタとかショルタの設営は不要になります。賄いの仕事もなくなります。そうなるとバイトルは必要なくなり、私の仕事も終わります。当然レヨイドの居場所もなくなります」
ザイラルもわざわざ言われなくても承知しており、それが彼を不機嫌にする新たな悩みでもあった。バイトルが不要になるとカイデン達も部隊から離れ、レヨイドの詮索役も終わりになる。あれだけの思いをさせてカイデンに近づけたが、カイデンを罰する材料を見つけられなかった。確かにカイデンは有望な兵士を集め講義はしているものの、反抗的な教えや動きは全くいなかった。レヨイドを傷つけて送り込んだ秘策は外れ、今では冷静さを失った策略を悔いていた。
「歩けるほどに回復したなら、お前と一緒でもいいだろう。もうしばらくコレドドゾとして面倒を見てくれ。奴はヘドロバ軍が解散される時に部隊に戻す」
「そうしたいのですが無理です」
コレディノカはきっぱりと断った。ザイラルは一瞬眉を上げたが、聞えなかった風にすると、
「何と言った?」
と繰り返して聞いた。
「『無理です』とお答えしました」
「何故だ?」
ザイラルの表情が厳しくなった。
コレディノカは食事で汚れた口の周りを小さな紙で拭って、次の言葉を切り出した。
「今日はレヨイドから預かった手紙をお届けに来ましたが、その他にお別れを言いたくて参ったのです」
「別れ?とは・・・」
「私は軍を辞める決心をしました。サービアの屋敷に戻ります」
「軍を辞める?何を考えておる!お前の父親は陛下にお会いできる立派な軍人だった。お前がその気になれば昇進などわけない。能力が十分あるのはわかっておる。気持ちの置き方を考え直せばすぐ戻れる。コレドゾのままで辞めるなどしたら、父親の名を落とすことになり、親不孝の謗りを免れないぞ」
「それは十分考えました。でも決めたのです」
「志願制だからまた軍に復帰できるが、それまでの軍歴は考慮されず一兵卒になってしまう。よく考えろ」
「それも承知の上です」
ザイラルはコレディノカの口調から、意思を変えるつもりはないと感じた。父親の名を落としてまでも、軍を去りたいのは何故であろうかと考えた。そして彼の後ろにカイデンの影を感じた。
・・・そうか・・・カイデンか・・・この男にこんな決心をさせたのは・・・
「コレディノカ、説得しても受け入れないな。お前も一面頑固だからの~・・・」
ザイラルは半ば諦め顔になった。その顔を見てコレディノカは、
「ザイラル様、レヨイドはどうされますか?」
コレディノカがザイラルにこれだけしつこく迫ったことはない。ザイラルはここで決断をしないと、カイデンにレヨイドまで持っていかれると思った。
「わかった。レヨイドはすぐに引き取る。宿営地に帰ったらそう告げてくれ」
コレディノカは聞きたい回答を得、安心した表情に戻りセルタを出て行った。ザイラルが慌てて引き止めようと声をかけたが、振り向きもしなかった。
「何を慌てておる?最後までわからない奴だった」
独り言をいい残りの食事を食べようとした時に、コレディノカがレヨイドを連れて戻って来た。レヨイドはコレディノカより一歩前に進むと、
「ザイラル様、帰ってきました。コレディノカ様から話は聞きました」
ザイラルは椅子から飛び上がるようにして立ち上がった。その勢いでテーブル上の皿が床に落ちて砕けた。
「ご苦労だった。レヨイド、歩いてみろ」
震える口調で言った。ザイラルの口ひげはスープで濡れ、拭取るのを忘れるほど興奮している。
レヨイドはザイラルの前で、観兵式の兵士のように高く足をあげ、強くかかとを落とし、力強く歩いて見せた。靴音が気持ちのいい音を立てる。ザイラルはそれでも満足せず、レヨイドの太ももを手の平で数回叩いて、少しも痛がらないのを確認した。
「治っておる、治っておる・・・見たか!コレディノカ!レヨイドが治っておるぞ」
子供のようなはしゃぎ方で喜びを表現した。その姿を見てレヨイドもうれし泣きした。自分の怪我が、ザイラルの心を深く悩ませていたのを知ったからだ。
「レヨイド、よかったな」
「コレディノカ様、あなたのおかげです」
「ザイラル様もあなたの価値が身に染みたでしょう。少しは人使いもやさしくなるといいですね」
「これ、コレディノカ。勝手を申すな。少しは悔いたが・・・ほんの少しだけだ。明日からは変な奴の顔も見ずにすむと思えば清々する」
ザイラルはレヨイドの復帰が本当に嬉しいらしい。彼にすればコレディノカを失うのは惜しかったが、レヨイドがいなかった時の寂しさに比べたら何でもなかった。




