十五章 コボスの復活 181 タイガルポット
・・・二・・・
「どうしたの?今朝はみんな押し黙って?」
ポレルは不思議そうな顔をして、朝の食卓を囲んでいるサイノス、キト、バーブルに話し掛けた。今朝は珍しく三人が揃い、カイデンを囲んで朝食を食べていた。
「そうだよ、どうしたの?あんた達・・・カイデン様、まさか昨夜この子達に酒を飲ませたのではないでしょうね」
非難じみた口調で、デュユングもポレルに加勢した。
「それはないわ、お母さん。カイデン様は昨晩もコレディノカ様と飲んでいらっしゃいました。その場に三人ともいなかったわ」
「そうだとすると・・・まさか・・・商売人達が連れてくるあの女達のところへ・・・」
「お母さん、それは絶対ない。俺達は夜遅くまで、セルタの中で語り合っていた。なあ・・・キト」
「そうだよ。サイノスがしつこくて、なかなか眠らせてくれなかった」
「じゃあバーブルも一緒だったの?」
サイノスとキトは言葉に詰まった。今回の原因を作った張本人はバーブルだが、それをこの場で言うわけにいかない。
「ポレル、僕もその場にいたよ」
バーブルの珍しい嘘を聞いて、サイノスとキトは思わず顔を見合わせた。
ポレルはその様子を見て更に何か言おうとしたが、その前に三人が三人とも視線を合わせないように目をそらせた。
・・・やっぱり昨晩、何かあったのね。いいわ、今は聞かなくても。私には強い味方がいるから、隠していてもすぐにわかるわ・・・
ポレルは毎日やってくる強い味方、信頼するコレディノカの顔を思い浮かべていた。彼にかかれば、どんなに口の堅い者も黙っていられるはずはない。
「デュユング、そう責めるな。口うるさい母親はいつの時代も子供達から嫌われるぞ」
カイデンは笑いながらデュユングをたしなめた。デュユングはまだ言い足りなさそうだったが、父親に諭されている気がして、それ以上責めなかった。
穏やかな祖父に太っ腹な母親、そして食べ盛りの三人の息子とおしゃまな一人娘。生まれ育ちは違っていても相性のよさで、五人は一家族としての生活を送るようになっていた。
「やあ、うまそうに食べているなあ」
さしずめ従兄弟といったところであろうか・・・コレディノカが姿を見せた。朝から姿を見せることは、ほとんどなかった。
「あら・・・コレディノカ様。まさか休みにかこつけて、朝からカイデン様とお飲みになるのではないでしょうね」
デュユングはいささかたしなめるような口振りをしたが、反面もう彼のために朝食を用意し始めていた。
「まさか・・・でもいい考えだ・・・でもそれはないですよ」
コレディノカは場に慣れた風にして座ると、手早く用意された食事を一緒に食べ始めた。
「うまい!やっぱりここの朝食が一番だ。毎日食べられるお前達がうらやましいよ」
「ほら、あんた達も聞いただろう。コレディノカ様のおっしゃる通りだよ。私に感謝するんだよ」
デュユングは嬉しそうに子供達?に言い聞かせた。
「ところでコレディノカ、何か話があって来たのだろう」
カイデンはコレディノカが食べ終わり、一息つくのを待ってから目的を尋ねた。
先に話のきっかけを貰って、コレディノカはほっとした。今からする話は、日頃のカイデン達との話題からすると、何倍も気持ちが重くなる内容だったのだ。
「カイデン様、今日の休みが最後になります」
「そうか・・・もうすぐ本国へ入るのだな」
「お察しの通りです。明日には伝令が出発します。陛下に遠征目的を達成した報告と、鐘の運び先を聞いて来るのです。我々がバイトルを指揮できるのもここ数日となります」
「この先遠征軍はどうなる?」
「鐘を運ぶ部隊を除いて、サービア内のそれぞれの拠点に戻ります」
「遠征軍は解散となるのか?」
「そうです。今回は十人の部隊長が集まり、ヘドロバ軍となりました。二度と同じ部隊での編成はないでしょう」
「三人の部隊長が死んでおるが、それらの部隊はどうなるのだ?」
「普段であれば息子が父親に代わりますが、今回は軍規違反を犯していますから、地位の継承は難しいと思います」
「お前はどうするのだ?」
カイデンはコレディノカに今後の予定を聞いた。遠征が終われば、一バイトルのカイデンがコレディノカと会う機会もない。彼とはもう少し付き合いたい気持ちがあった。
「私ですか?軍隊を辞めようと思います」
コレディノカはあっさりと言い放った。
「えっ!軍隊を辞める?そんな勝手な真似ができるのですか?」
まだ食べていたサイノスとバーブルは顔をあげ、驚いた口調で聞き直した。サイノスなどはいきなり立ち上がったものだから、椀のスープをこぼしてしまった。キトはそのサイノスを不思議そうに見て口を開いた。
「サイノス、何を驚く?」
「キトは驚かないのか?コレディノカ様が軍隊を辞める話だぞ」
「別に驚く話じゃあないよ。僕の友達もこの遠征を前にして辞めたからな」
「ショコラム王国では、召喚されたら国王の許しか、戦死しないと故郷には帰れない。勝手に軍隊を離れただけで反逆罪になり、本人はもとより家族まで罰せられる」
「・・・おかしな国だな、ショコラム王国は・・・」
「そちらがおかしいよ。じゃあ聞くが、ドルスパニア王国の兵士になるにはどうしたらいい?」
「俺達の国では、幼い頃からタイガルポットに入り将校になる者、他国者でも戦で手柄を立てたい者、タイガルポット出身ではないがどうしても兵士になりたい者などが、自ら志願して入隊するのだ。何事にも軍事優先の国では、出世したいなら軍人になるのが一番の早道だ」
サイノスはキトの説明でおぼろげながらドルスパニア王国を理解した。ただもう少しすっきりしたかった。
「つまり兵士になるのは戦いたい者だけ。戦いたくない者は立身出世できないが、平穏には暮らせるわけだ」
「当り前だろう。戦意のない者と年寄りがいくら多くても何の役に立たない。君たちもそう思うだろう」
サイノスは父親までが召喚されたショコラム王国に思いを馳せた。今キトの話を聞いて、確かにヘドロバ軍は若者中心で、父親の年代の兵士がいないことに気づいた。
「しかし戦場に行かなくてもいいなら、普通の者は誰も志願しない。どんなに敵が弱くても間違えれば傷つく場合もある。戦いでは人数の多いほうが有利だ。この点はどう対応するのだ?」
今度はバーブルが聞いた。彼もサイノス同様納得がいかなかった。
キトは二人を納得させるには、ドルスパニア王国軍制度について、根本から教えないと理解させられないと感じた。
「我が国では将校の育成には長い時間をかける。タイガルポットで幼い頃から徹底的に鍛えるから、成人になる頃には、全員が優秀な将校となる。兵士もこれほどではないが、他国の何倍もの時間をかけて育て上げるのだ」
「さっきから『タイガルポット』と何回も話に出るけど、それは何?」
「全寮制の軍事学校だ。男は七歳になると、一人残らず運命の日を迎える。その日、王国の係官によって、タイガルポットに入れるかどうかを見極められるのだ。素質ありと認められた子供は親元から離され、タイガルポットに入れられる。これは拒否できないし、誰もが憧れる学校だから名誉となる。そして十八歳まで徹底的に訓練を受け、卒業と同時に志願して王国軍の将校になるわけだ」
「やっぱり・・・そんなことか。幼い頃から洗脳されたら、軍に志願しない者など出るはずがない」
「確かに志願しなかった者はいない。しかし作戦の都度参加兵士を募るから、年を重ねるに従って考え方が変わり、志願しない者も出て来る。しかし・・・コレドゾとして部隊に同行する道を選ぶ者が多い」
「コレドゾとは?」
「部隊に同行するが、一時的に最前線に出ない将校を言う。タイガルポット出身者は、軍事知識はあるが普通に生きる常識が乏しい。一時の迷いで復帰する者も多いし、それを期待しての救済策だよ」
「それではタイガルポットに入れなかった者はどうする?」
「ほとんどの者は諦めて一般兵士になるか他の職業に就くが、諦め切れない者達は私学校に入ってでも将校を目指す。ただ正規将校とはなかなか認められず、マヤジフのようにドモデスで留まる者も多い」
「だから奴は性格が歪んだのか・・・」
「奴は生まれつきだ。タイガルポット出身でなくても出世する者もいる。有名なところではペリルポイル様がいる。ドンジョエル国王の信任も厚く大変な実力者だ。タイガルポット出身とされているが、噂ではそうでもないらしい」
「それにしても、自由に軍を辞めても罪はないと・・・驚きだ・・・」
「志願制がドルスパニア王国軍の基本だ。戦いの最中でなければいつ辞めても問題ない」
キトは熱心に軍制を二人に話した。二人はようやく自国との違いを理解した。
「鍛えられた兵士と、更に長期間育成された将校が率いるドルスパニア王国軍に勝てる敵はいない」
コレディノカは最後にそう断言した。
サイノスとバーブルはその言葉を聞いて、ショコラム王国が劣勢な理由がわかった。数ヶ月の訓練だけで挑んでも勝てる相手ではない。戦う前から勝敗が見えていたのだ。多くの者の血が無駄に流されている気がした。
「カイデン様、どう思われます?」
若者同士の話を黙って聞いていたカイデンが意見を求められた。カイデンも二国の兵制の違いは知っていた。ヘドロバのような者にでも遠征軍を自由に指揮させる柔軟性は、ショコラム王国にはなかった。
「戦が続く時代はドルスパニアがいいだろうが、わしはショコラムの方が好きだな。兵役に就くかを選べる自由さはドルスパニアにあるが、それを得る前の束縛された長い時間を思えば、人間として育つ大切な時間を自由に過ごせるショコラムの方がいい。人として生きるためには自由が一番だ」
カイデンは取り敢えずショコラム王国を推したが、真面目なキトが泣きそうな表情をしているのを見ると、ドルスパニアも擁護してやろうという気持ちも出てきた。
「ただし国民全体の幸福を願うならば、他国から攻められない強い国の方がいいかも知れない。人間としての自由か、束縛されての平和かどちらかを選べと言われたら・・・難しい・・・運次第とも言えよう」
「運とは?」
「つまりじゃ・・・自分が生きている間に戦いがあるかないかで結果が違ってくる。戦いがなければドルスパニア兵士の十三年間は不幸な時代になるが、一度動乱が起これば家族を守れる力を蓄える充実した時代となる。戦いがあるかないかは誰にもわからない。それを決めるのがわしらではどうにもならない運だ」
みんな黙り込んだ。食事中の和やかな時間が一番の幸せと感じても、大きい運命の流れの中では一時的なものに過ぎないのだ。
「コレディノカは軍隊を辞めてどうするのだ?」
皆が打ち沈む中でカイデンは話題を変えてみた。彼の話はまだ途中だった。
「サービアにある屋敷に帰ります」
「ではお前と話せるのも今日が最後か・・・残念じゃのう・・・」
カイデンは落胆した口調で言った。それを聞いてコレディノカは、ずっと考えていたことを切り出す気になった。
「カイデン様、バイトルは国に入ればもう必要ありません。しかし私はカイデン様からもっと教えを受けたい。幸い亡くなった父が広大な屋敷を残してくれております。私の屋敷に来ていただけませんか?私はポレル、バーブル、サイノス、それにデュユングさんを誘おうと、前々から思っておりました。どうせ行く当てがないのでしょう」
最後は冗談めかして言ったが、思いがけないいい提案だった。事実カイデンもこの先どうしようかと考えていた。自分だけなら何とでもなるが、ポレル達の行く末が心配だった。
コレディノカにこう切り出されて、バーブル、ポレル、サイノスの三人は、初めて自分達の立場が安泰でないと知った。ドルスパニア王国に入ってもバイトルでいられると思っていたのだった。
「よし、わしはこれディノカの好意を受けよう。バーブル、サイノス、ポレルもいいな。デュユングはどうする?」
三人はすぐに頷いた。特にバーブルは何があっても鐘から離れたくなかった。そのためにはドルスパニア王国にいなければならない。
「私も結構ですよ。子供達と離れたくありません」
デュユングも賛成した。やっと落ち着いた三人に荒野に戻って欲しくなかった。
「決まりましたね。この中ではカイデン様が忙しくなりますよ」
「何故だ?」
「カイデン様を慕う者は私だけではありません。毎晩教えを受けていた者も軍を辞めてやって来ますよ」
カイデンはコレディノカの屋敷で講義している自身の姿を想像した。もう一花咲かせても悪くはないという気持ちになっていた。
「僕も軍を辞めます」
一人話題に加われず考え込んでいたキトが、今決心したようにそう告げた。
「お前は出世するために遠征軍に加わったのだろう?」
「出世のために入る入隊する者の外にも、少数ながら俺のように刺激を求めるために入る愚か者もいる」
キトはそう理由付けしたが、親しくなった者とここで別れたくなかった。それにコレディノカがいない軍に残る意味もなかった。
「いいのか?」
「今まで何も目的を持たず生きてきた気がする。君達を見ていて、違う生き方があることも知った。それにコレディノカ様とは同じ道を歩くと決めている」
「嬉しいわ、キトも一緒だなんて・・・」
ポレルがキトの手を握るとそう言った。握られたキトは、コレディノカだけでなく、このポレルとも別れたくなかった。
朝の陽射しの中で微笑むポレルの顔は、キトには逆光の中でも神々しいほどに輝いて見えた。
昨夜のスターシャの妖艶な美しさを、キトはようやく消し去ることができた。




