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十五章 コボスの復活 180 お母さん

 ・・・一・・・


 朝は少し寒いが嫌いではなかった。シュットキエルにいる時から早起きして十分に暖まっていない空気を吸い込み、小鳥の鳴き声を聞きながら朝食の支度をすること、ポレルの日課になっていた。今朝も袖を両肘まで捲り上げ、他の女達と一緒に働き始めていた。

「ポレルさん、手伝わなくてもかまいません。もっとゆっくり寝ていて下さい」

 ドモデスのマヤジフから、特別扱いを命じられていた女達は、後難を恐れてそう言ってやんわり断ろうとした。

「私はこの仕事が好きです。これをしないと一日が始まらないのです」

 ポレルは聞き入れようとしなかった。女達も最初は腫れ物を扱うように接していたが、ポレルの本心と素直な性格を知る内に、次第に仲間として受け入れるようになった。

「ポレル、今朝もご機嫌だね。何かいいことでもあったのかい?」

 鼻歌を歌いながらパン生地をこねているポレルに、初日から何かと面倒をみてくれた世話好きなデュユングが声をかけた。彼女は最初からポレルに遠慮のない物言いをした。ポレルも一目で彼女と気が合いそうな気がしたが、思った通り、一番先に心を許す間柄になった。

「毎日いいことばかりよ。いつも眠る前に明日の幸せを祈るの。だから目覚めた後は、一日がとっても短いわ」

「若い証拠だよ。それにあんたは美人だから、若い兵士達が騒ぐのもわかるよ」

 デュユングは眩しそうにポレルを見た。実際たいした怪我でもないのに何かと理由をつけて、ポレルに治療を頼みに来る兵士が大勢いた。ポレルは嫌な顔もせず、時には優しく、時には厳しく接していたが、明るい性格と的確な手当て、嫌味のない物言いもあっていやが上にも人気が上がっていた。

 ポレルを娘のように思っているデュユングは、誰にでも優しくする彼女のことが心配でたまらなかった。若い兵士のとんでもない勘違いで、不幸になった娘を多く見ていたからだった。そこでカイデンに頼み込み、ポレルの治療の手伝いをし始めた。手伝いというより、ポレルに言い寄る不届き者を叱り付ける監視役が目的だった。

「デュユングがみんなにきつく言うから、好きな人もできないわ」

「ポレル、違うわよ。早く好きな人を決めれば、言い寄る者もいなくなるのよ」

「それは困るわ。私はまだ若いし、いつでも若い男の人にちやほやされたいもの」

「もう、何て娘なの!この子は・・・」

 デュユングはポレルのお尻をぶつと、とんでもないという風に頭を左右に振ったが、本気で怒っていなかった。むしろポレルの気持ちが若い時の自分の気持ちと重なり、自分に娘がいれば同じようにしたと思った。血は繋がっていないが、本当の母親と娘のように見えた。


「ほれ、ポレル。お前に気があるサイノスが来たよ」

 デュユングはくすりと笑って、近づくサイノスを指さした。

 サイノス、キト、バーブルをポレルから紹介されていた。食事をよく一緒にする中でデュユングなりに三人の性格を掴んでいた。この三人の中から誰かを、ポレルが選んでくれればいいと密かに願っていた。

「おはよう、ポレルにデュユングお母さん」

 サイノスは目をこすりながら寝起き顔で挨拶した。バーブルとスターシャの光景が彼を一晩中寝かせなかったのだ。

「やだね、この子は・・・寝ぼけ顔で若い娘の前に出て来るとは・・・」

 デュユングはポレルが口を開く前に苦笑して言った。他のバイトルの女達も口々に軽口を叩く。

 サイノスは何を言われてもニコニコとして聞き、勧められるままに炊事用の水でじゃぶじゃぶと顔を洗う。デュユングは息子の面倒をみるように、顔拭用の布を渡してやる。

「お母さんさあ・・・昨夜恋愛について考えていたら、気になって寝られなくなった」

 大声の告白を聞いて女達がどっと笑う。

 何かにつけてよく顔を出すサイノスは、女達には格好の話の種になっていた。ポレルの保護者を公言し大きなことを言うが、逆にポレルにやりこめられ、頭をかく姿には憎めないとこがあり、誰からも好かれていた。

「サイノス、私が相手してあげようか?」

 別な女が言い寄った。

「お母さんがもう少し若ければ、そうさせてもらったよ」

 誰にでも『お母さん』と呼ぶサイノスが真面目な顔で言うと、さっき以上の笑いになった。ポレルも一緒に笑っていたが、サイノスの赤い目を見て話が本当と知ると、心配する口調になった。

「サイノス、どうしたの?何かあったの?」

 いつにないポレルの心配げな顔に、サイノスは慌てた。ポレルは勘がよく、これ以上長くここにいて問い詰められると、昨夜のバーブルのことを話しそうだ。

「ポレル、うまい食事を頼むよ」

 慌てて去ってゆく姿に何ともいえない愛嬌があって、女達は好意の目で見送った。

「ポレルや・・・サイノスはどうだい?やさしい子だよ」

「お母さん、駄目!誰を選ぶかは秘密よ。お母さんにも教えない」

 ポレルは言ってから口を押さえ、真っ赤になった。それを隠すように慌ててこねていたパン生地を持つとかまどに向かった。ポレルも前からデュユングのことをサイノスのように気楽に『お母さん』と呼びたかったが、本人を目の前にするとなかなか口に出せなかった。

 ポレルは母親の顔を知らない。父親からはポレルが生まれてすぐに病気で亡くなったと聞かされていた。その影響もあってか、年上の女性と話すのはどちらかというと苦手だった。男勝りで世話好きなデュユングの押しの強さがなければ、ポレルも心を開かなかったかも知れない。デュユングは見かけの性格に加えて、細かいことにも気がつく繊細さを持っていた。

 親しくなるにつれて、ポレルはいつしかデュユングを母親に重ねて見るようになっていた。一人になった時、『お母さん』と口に出してみたが、デュユングの前ではどうしてもできなかった。彼女に拒絶され、傷つくのを怖れたのだ。それなのに、サイノスの口調が耳に残っていて、初めて無意識でデュユングを『お母さん』と呼んでしまった。

「お母さんか・・・あの子ったら・・・」と言いながら、つい涙をこぼしてしまった。ポレルを娘同然と考えていただけに、自分の思いが通じたようで、心底嬉しかった。

「ポレル、大事なパン生地を落っことすんじゃあないよ。お母さんは後始末なんかやらないわよ」

 ポレルの背中に声をかけてやった。ポレルは立ち止まって振り向くと、嬉しそうに手を振った。新しい親子が誕生した瞬間だった。


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