十四章 ザイラルの罠 172 傷痕
・・・二・・・
ヘドロバから許されて酒に不自由しなくなると、コレディノカが毎晩持ち込む酒は幹部用の上級酒になっていた。その夜も講義の後、カイデンとコレディノカは杯を交わしていた。いつもなら同席しているサイノス、バーブル、キトはこの日に限って、顔を見せていなかった。
「カイデン様、ザイラル様の部下を助けられたのは本当ですか?」
「成り行きでそうなった。レヨイドという若者だ」
「レヨイドですって・・・確か若年ながらザイラル様の片腕だと聞いておりますが・・・」
「ほ〜、そんなに重用されているのか?」
カイデンはコレディノカに昨夜の出来事を話してやった。コレディノカは自分が珍しく来ない日に限って、そんな大事件が起きたことを聞き、現場にいなかったのをひどく残念がった。ただ彼の聞き上手な才能は、カイデンから事の詳細を聞き出せた。
「そうだったのですか・・・でもその位のことで剣を抜かれるとは・・・ザイラル様はよほど機嫌が悪かったのでしょうか?解せません」
ザイラルの独断性は知っているものの、信頼する部下にいきなり斬りつけるほど浅はかな武将ではないはず。コレディノカは真意を図りかねた。
「お前もそうか・・・そうだとすると・・・困ったものだ」
「困ったものとは?」
「ザイラルはわしを探らせるために、無理やりレヨイドを送り込んだに違いない。奴はザイラルのためであれば何でもやりたいのだろう。自分が傷つくのを恐れないのは忠臣として見上げた心がけだが・・・わしを探ってどうしようと言うのだ?」
「レヨイドはここに居残るためにわざと斬られたのですか?」
カイデンの言葉でコレディノカも状況が把握できた。盲目的な追従振りに嫌な感じがした。彼はザイラルとレヨイドの顔を思い起こした。カイデンとヘドロバについて聞かれたが、まさか最も信頼する部下を傷つけてまで送り込むとは考えもしなかった。
「ところで・・・お聞きしたいのですが、カイデン様はなぜそう判断されたのですか?」
「それは太ももの傷だ」
「傷?本当は傷ついてなかったとか?」
「そうではない。傷口が小さすぎる。剣で貫かれた割には小さいのだ。わしもレヨイドが倒れた時は瀕死の傷とみた。ところがショルタに運び入れて手当てしようとしたら、思ったより出血も少なく、ポレルの手当てでも十分だとわかって彼女に任せた。そして今朝明るい中で見たら、やはりわしの考えた通りとわかった」
「カイデン様・・・もう一つ呑み込めませんが・・・」
コレディノカはカイデンの空いた杯に酒を注ぐと、この疑問を解いてほしいと熱望する顔をした。カイデンもその表情を見せられると、弱かった。
「仕方がない。お前に考えさせたいが・・・。お前の剣を見せろ」
「私の剣ですか?」
コレディノカは自分の剣をカイデンに渡した。
カイデンはその剣を抜いてみた。剣はよく手入れされ刃こぼれ一つなかった。一、二度振ってみたが重さも手頃で、剣相も素晴らしくいいものだった。久々に名剣に出会ったと見とれていた。自信家のキトが「コレディノカ様は別格です」と話していたが、決して誇張ではない。名剣を持つには腕が釣り合わねばならない。この剣の謂れを是非聞いてみたいと思った。
「よい剣をもっておるな」
「カイデン様、よくぞ聞いてくれました。実は・・・・」
とコレディノカはカイデンの気持ちを察すると、剣の由来を話そうとした。しかし無理に我慢して
「この剣が何か?」
と、嬉しさを押し殺した低い声で尋ねた。
「見ろ、お前の剣もこのように刃幅は広い。ましてやザイラルは剣で名を馳せておるのであろう。これまで幾度も戦場で使っているはずだ。実戦では乱戦になる場合が多い。辺り構わず斬りまくらねば自身が殺されるからな。当然持物も幅広で厚みのある剛剣になる。今は遠征先じゃ。戦闘用の剣を帯びている。その剛剣で体を貫かれたら、誰でも死ぬほどの傷を負うと思うであろう」
「その通りです」
「だがな、レヨイドの傷口は小さかった」
カイデンは朝確かめた傷が、普通の剣と比べても半分以下の幅しかないと知った。狭幅の剣で、血脈を避けて正確に刺し通された傷だった。カイデンは思わず唸ってしまった。
・・・刺す方、刺される方の間に、絶対の信頼感がないとこんな芸当はできない。その上刺す方は狙い澄ます腕が要り、刺される方は恐怖に打ち勝つ勇気が要る。それを見事に奴等はやってのけた・・・
「なるほど・・・。相当な思い入れですね。そうだとレヨイドはここにはおけません。危険過ぎます。追い出しましょう」
「もう遅い。奴の願いに対して、わしは『バイトルの長であるお前に聞け』と答えた。お前が決めろ」
「この話はサイノス達に聞かせたのですか?」
「ここだけの話だ。若者は血気にはやると何をするかわからない。レヨイドも少しは違う場所で、ザイラルから離れて考えるのもいいだろう」
カイデンはそう言って話を終えた。レヨイドの優れた面は感じており、教え方によってはサイノス、バーブル達と良い関係ができるかもしれないと思った。カイデンの元に通って来る若者は、結構見所のある者が多く、将来が楽しみでもあった。




