十四章 ザイラルの罠 171 激痛
・・・一・・・
翌朝、レヨイドは傷の痛みから目が醒めた。ショルタの中に寝かされている。太ももを見ると手当てがされていた。昨夜ザイラルに同行してカイデンのいる宿営地を訪れ、ザイラルの行動を押し止めようとした時に、剣で突き通されたことを思い出した。ザイラルとの綿密な打ち合わせでこうなったが、見ている者達に怪しまれないように振舞えたかは自信がなかった。それにしても突き刺された痛みは、言葉では表わせないものがあった。
「誰かいるのか?」
レヨイドは上半身だけ起こすと、ショルタの中から声をかけた。ショルタの薄い布地を通して周囲に人の気配が感じられた。朝食の支度でもしているのであろうか、食欲をそそる匂いが漂っていた。
「カイデン様、レヨイド様が目を覚まされたようですよ」
娘の声が聞えた。
ほどなくショルタの中へ、昨夜見たカイデンと見知らぬ娘が入ってきた。娘は手に薬瓶と白い布地を持っていた。
「気づかれましたかな?」
カイデンが穏やかに問いかける。その目から警戒心は読み取れなかった。
「私は昨夜斬られた時に、あまりの痛さと驚きで気を失ってしまいました。何一つ覚えていません。この手当てはあなたがしてくれたのですか?」
「手当てはこの娘、ポレルがした。わしは傷の具合を確かめに来たのだ」
カイデンはポレルに太ももに巻かれている布を取らせた。白い布は何重にも巻かれていて、傷口に近づくにつれて血がにじみ出していた。
ポレルは慎重に布を巻き取り、薬を塗った四角い布が現れたところで、
「レヨイド様、最後の一枚です。傷口に貼り付いていますから、取る時に思いの他痛みます。ご自分で取られますか?」と聞いた。
「もちろんだとも」
レヨイドは簡単に答え、その布を取るために右手に力を入れた。
「うむっ」
思わず手が止まった。ちょっと剥いだだけなのに、耐え難い激痛が走る。悪魔に生皮を剥がされるような痛みがあった。しかし言った手前止めるわけにもいかない。歯を食い縛って少しずつ剥がし始めたが、痛みのために額から脂汗が流れ始めた。
「私がお手伝いしましょうか?」
レヨイドの様子を見かねたポレルが口を出した。カイデンは苦笑を浮かべると、
「レヨイド様、自身で剥がすのは倍する痛みとなりましょう。ここは一つポレルに任せませんか?」
「手当てをしてくれた人だと聞きました。そうしてくれると助かります」
ポレルはその言葉を待っていたかのようにレヨイドに近づくと、細い指先で四角い布を掴むと、予告もしないで一気に剥がし取った。
「わー」
レヨイドは悲鳴を上げて、ベッドを飛び出した。あまりの痛みに頭がくらくらし、目からは涙が出ていた。
「何をする!」
ポレルを睨みつけた。それでも手は出さなかった。剣は手元にあったが、娘に斬りつけようとはしなかった。しかし・・・悔しさはなかなか収まりそうになかった。ポレルはそんなレヨイドの口に出せない戸惑いを、涼しげな顔で見ていた。
「ごめんなさい、レヨイド様。あなたのようにちまちまと剥いでいたら、痛みは長く続きます。一気に剥がすとその一瞬は死ぬほどの痛みでしょうが、それで終わります。傷が開かないように細心の注意はしました。どうです?今は痛みが薄れていく感じがしているでしょう」
ポレルは冷静な口調で諭した。確かに傷口はまだ熱く感じるが、さっきの痛みは遠ざかりつつあった。カイデンに何か言って欲しくて視線を送ったが、無駄だと知った。カイデンも笑いを押し殺していた。
「カイデン様、あなたも人が悪い。こうなるのがわかっていたのですね」
「さあ・・・どうですかな・・・まあ、これも医術を心得ている者の楽しみだと思って下さい。しかし・・・中には自身も失って大暴れする者もおります。しかしあなたも怒りはしたが、掴みかからなかった。強い自制心をお持ちの方と見受けました」
「それでは私を試したのですか?」
「まさか!それほどわしは悪人ではない。どれ、傷を診ましょうかな・・・」
カイデンはレヨイドの太ももに触った。レヨイドは自分の傷を見る気持ちになれず、傍に立っているポレルを見ていた。さっきまでの強気な言葉とは裏腹に、美しい眉をひそめて心配げな表情でカイデンの手元を見ていた。レヨイドはその表情一つで彼女の無礼を許してしまった。
カイデンは傷に触り傷口を確かめると、ちょっとばかし眉間に皺をよせた。そしてレヨイドの顔を険しい表情で見る。目を閉じているレヨイドはその視線には気がつかなかった。
「レヨイド様、幸にも剣は急所を外れています。昨夜は出血がひどく、瀕死の傷とみたのですが、わしにも診立て違いがあるようです。この分だと数日で傷も癒えるでしょう・・・ポレル、時間が経てば完治する傷じゃあ。後はお前に任せる。薬を塗っておけ」
そう言うと立ち上がり、ショルタから出て行こうとした。
「カイデン様、お待ち下さい。お願いがあります」
レヨイドが慌ててカイデンを引き止める。
「何でしょうか?」
「ザイラル様と私の諍を見られましたね。命は取られませんでしたが、役目は失いました。私にはもう元の隊には居場所がありません。サービアに帰るまで私をここに置いて頂きたい」
「そうさせてやりたいが、わしには決める力はありません。バイトルの指揮者はコレディノカ様です。彼に掛け合われたらいかがでしょうか・・・」
カイデンは立ち止まってそう言うと、まだ何事か話したい様子のレヨイドを避けるように表に出て行った。レヨイドは少しばかし白けた気持ちになった。
「ポレルとやら・・・カイデン様はいつもあのようなのか?」
「レヨイド様、カイデン様と以前に諍を起こしていませんよね」
「何故そんなことを聞く?」
「別にこれといった理由はありませんが、ふとそう思っただけです」
「カイデン様とは初めてお目にかかった。安心しろ」
「わかりました。信じましょう。私にいい考えがあります。コレディノカ様は毎日のようにカイデン様のところに見えますから、私からもお願いしておきましょう」
ポレルもカイデンの急変に気がついていた。彼は間違いなく、レヨイドの傷を見てから心を閉ざしてしまった。そしてこの場で、コレディノカやキトとは区別すると決めたようだった。レヨイドは少しも感じていないが、付き合いの長いポレルにはカイデンのささいな変化が分かってしまった。しかしカイデンの気持ちを汲んで冷遇する気持ちもなかった。レヨイドがここにいたいならその願い通りにさせようと思った。本当にポレルは誰に対してもやさしい娘なのだ。




