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十三章 キト&コレディノカ 170 置土産

・・・十・・・


 翌日の夕方ザイラルがレヨイド以下数十人の部下を引き連れて、バイトル達の宿営地にやって来た。

 食事の片付け、ショルタの設営も終わり、バイトルや指揮する兵士達が就寝するまでの時間を自由に過ごしていた。隠し持つ酒を持ち出して飲み始める者、賭け事をやり始める者、音楽を楽しむ者もいた。怪しげな商売人もどこからか現われ、軍隊内では手に入らない物品を売りつけていた。平穏な一日の行軍の後で一番くつろげる時間であった。

 そんな喧騒としている場所に部隊長が部下を引き連れ、自分の宿営地でもない場所に来るなど珍しいことである。周囲の者達はこの歓迎すべきでない一団に冷やかな視線を送っていた。

 ザイラルはカイデンのショルタを目指してやってきた。前もって調べていたのか、焚き火とかがり火しかない暗い宿営地の中を、しっかりした足取りで歩く。

 カイデンのシュルタ周辺では、煌々とかがり火が焚かれていた。この日も三十人以上の若者がカイデンから教えを受けるために集まっていた。

「カイデンとやらはどこにいる?」

 ザイラルは大声で聞いた。一目で誰がカイデンは見分けたが、皆の注目を引くためにわざとそういう聞き方をした。

 カイデンは講義を中断して、若者の間をすり抜けて前に出た。若者達も立ち上がりカイデンの後を追う。自然とザイラルとカイデン、その後ろにザイラルの部下とカイデンの弟子達が対峙する格好となった。

 ザイラルはカイデンの肩越しに後ろに並んだ若者達の顔を見回した。彼自身の部下はいないが、他軍の兵士で自分の部隊に転属させたいと狙っている若者達が多くいる。

・・・ヘドロバ様は安易に考えている。遠征軍の中でも優れた者が多く参加している。このまま放置できない・・・

「カイデンとやらはお前か?」

「さようでございます」

「この集まりは何だ?」

「私の薄学を慕って集まって来るのです。暇な時間をどう過ごすかわからないのでしょう。私の話が暇つぶしになればいいと思って、教えているのです」

 カイデンは自らの博学を薄学と謙遜してザイラルに説明する。

「カイデン、お前が部隊内でよからぬ企てをしているとの報告があった。兵士に教えるなど、お前の身分で出過ぎたことじゃ。謀反でも企てるのか?それを確かめにまいった」

 ザイラルは部下に目配せをして、カイデンのショルタを調べるように合図をした。

 兵士達はショルタの中に入るとカイデンの持物を外に持ち出してきた。カイデンの荷物は少なく、小さな袋だけだった。

「中をあらためろ」

 ザイラルとカイデンの前で袋の中身が調べられた。その中に手紙が何通かあり、内容を読んでいた兵士がザイラルの傍に来ると何事かを耳うちした。

「ザイラル、お前も大した奴だな。敵国に通じていたとは・・・」

「何のことでしょうか?」

「皆の者、よく聞け。この男は敵国王、ショコラム二世の紋章付きの召喚状を持っておる」

「そのような物は、私は持っておりません」

「だまれ!これは本物だ。いい訳はわしの部隊で聞こう。それ!連れて行け」

 確かに召喚状は本物だが、それは以前戦場で手に入れ、何かの役に立つだろうと持っていたものだった。その召喚状をショルタ内でカイデンの袋に入れさせ、あたかも隠し持っていたように細工したのである。

 

 カイデンを守ろうと若者達が剣に手を掛け、前に出る。カイデンのために戦うことも辞さない姿勢を見せた。一方のザイラルの部下達も同じ格好で、ザイラルの前に出てきた。互いに睨み合い、きっかけ次第では今にも斬り合いが始まる雰囲気になった。

「ザイラル様、無意味な争いは軍規で罰せられます。ここはひとまず宿営地に戻り、出直しましょう。ヘドロバ様は私闘をお許しになりません」

 突然レヨイドが申し出た。その言葉で緊張が一瞬弛んだ。

「何を言う!証拠はある。同行しないならここで斬り殺すまでだ」

「勝手な処刑は、ヘドロバ様のもっとも嫌がれるところです。ザイラル様は今回の件を許されてからまだ日が浅い。覚えが目出度くないのに、ここでまた勝手な真似をされると、生きる道が閉ざされます」

「お前はわしに意見を言うのか?」

「間違いを正すのも部下の務めです」

「だまれ!お前もカイデンに毒されたか!」

 ザイラルはいきなり剣を抜くと、レヨイドの太ももを突き刺した。周りの者が止める間もなかった。

「ザイラル様、カイデンには罪はありません。考え直して下さい」

 レヨイドは激痛に耐えながら詰め寄った。

 ザイラルの顔は恐怖で真っ青になり、その迫力に負けて尻餅をついてしまった。

「もうよい!カイデン!命拾いしたな。今日のところは見逃してやる。それと・・・レヨイド。お前とはこれまでだ。その傷では使いものにならん。首を刎ねてもいいが、命は助けてやる。最後の情けだと思え」

 ザイラルは左右の兵に助けられて立ち上がった。そして引き揚げの命令を出し、その場を離れてようとした。

「お待ち下さい。ザイラル様。忘れ物です」

 レヨイドは自ら突き刺さったままの剣を引き抜き、ザイラルに投げ返した。細い傷口から血が筋状に吹き上げ、血煙となって漂う。

 ザイラルは投げ返された剣を空中で掴むと鞘に戻し、何事もなかった顔で引きあげて行った。

 レヨイドはその姿が視界から消え去った後、ばったりと倒れた。太ももからは夥しい血が流れ、風景が次第に消えていって、意識が遠ざかった。

「ポレル、わしのショルタに運び入れろ。手当てをしなければ死んでしまうぞ」

 若者達はこの間立ち竦んだままであった。血には慣れていたが、このところ平穏続きで流血沙汰にはすぐに対応できなかった。そんな中でポレルは別であった。

「さあ、あなた達、何突っ立てるの?カイデン様の指図通りにして!」

 若者達はポレルの声で我に返った。何人かでレヨイドをショルタに担ぎ込んだ。

 カイデンは運び込まれるレヨイドを見ながら、自分の身の回りが大分騒がしくなったことを感じた。今なら引き返すこともできる。どうすべきかと考えねばならない。

「カイデン様、早く怪我人を見て下さい」

 ポレルがカイデンを呼びに来た。カイデンは急ぎ足で歩きながら、進むしかないと決心した。人生の幕引き前の芝居を演じるには役者が必要だが、カイデンの回りには面白い役者が揃いつつあったのだ。

 こうして、レヨイドはカイデンの元へその居を移した。


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