十三章 キト&コレディノカ 167 ヘドロバの信頼
・・・七・・・
ヘドロバはコボスが怒りのために仮面と同化して感情を失って以来、話し相手は昔の様にピピだけになっていた。ただ部隊の現状を聞くためには、コボスの代わりに誰か適当な者を見つける必要があった。その中で彼女が目をつけたのがコレディノカだった。ヘドロバの占う力をもってすれば兵士の中から最適の者を選べたであろうが、そこまでする意欲は湧いてこなかった。コボスの影響で心身が疲れていたのだ。そんな時にふと、コボスに似た考え方をするコレディノカのことを思い出した。兵士に命じて呼びつけようとした矢先に、
「ヘドロバ様、お話に来ました」
ヘドロバの心を読んでいたかのように、ちょっとした知り合いを訪ねる風にコレディノカがひょっこりやって来た。何の意気込みも思惑も感じない脳天気な訪問だった。
ヘドロバは苦笑しながらも、セルタの中に招き入れた。カイデンの件で以前話した時に好印象を持ち、『いつでも話しに来い』と誘っていた。こんなに早く来るとは思わなかったが、彼の訪問はヘドロバにとっては好都合だった。コレディノカはヘドロバの頼みを聞き入れた。ヘドロバに興味を抱いたのである。
セルタを訪れる正当な理由を得たコレディノカの訪問は、増える一方だった。ヘドロバが警護の兵士を遠ざけてからは誰の目にも入らず、部隊内で噂にもならなかった。コレディノカもヘドロバの期待に見事に応えた。彼はコレドゾでありながら部隊内についてしっかり把握していて、何を聞かれても満足する答えを出した。彼女は改めて占うこともなく、コレディノカが最適任者だとして信用した。
「どうだ?カイデンの扱いはどうなった?」
「客人扱いです。もちろん力仕事などやられていません」
「満足しておるか?」
「それはもう・・・この頃では若者達にいろいろ教えられています」
「教える?何を教えるのじゃあ?」
「若い兵士が知りたいと願う全てです。カイデン様の知識の深さには驚かされます。どんな分野について聞かれても返事に窮されません。そんな噂を聞いた知識欲のある者が訪れ、カイデン様を師と仰いで教えを請うようになりました。今ではかなりの者が毎日任務の後に教えを受けております」
「カイデン自らが集めたのではないのだな」
「はい。ごく自然にそういう流れになっております」
コレディノカはヘドロバの問いかけに対して最低限の答えをした。集まった若者の中にはヘドロバに批判的な者もいたが、その話はおくびにも出さなかった。ヘドロバはコレディノカの話し振りから、彼自身もカイデンに魅せられているのを感じた。
「カイデン自身をどう思う?」
「さすがにヘドロバ様の初恋の方だけあって、素晴らしいお方です」
「これ、その初恋の人という言い方は今後するな」
「わかりました。恥ずかしいのですね」
コレディノカの言葉を聞かなかった振りをして、
「そうか・・・カイデンはその知識をどこで得たと申した?」
「カイデン様は書物から学ばれたそうです。何でも一度書物を読まれると頭に残るそうです」
「そんな能力があるのか?」
「若い頃ある人からその能力を授けられたと言われました。『今でもその方を深く愛している』と言われましたから、女の方なのでしょう。あの年で顔を赤くされなくてもいいのに・・・余程いい思い出があるのですね」
コレディノカはカイデンが言ってない話まで創作してヘドロバに語った。彼の勘からすれば、その相手がヘドロバに違いないと感じていたからである。
「・・・・で、お前も何かカイデンから学んでいるのか?」
「私は立場上他の者と一緒に教えられるわけにはいきません。ただ・・・カイデン様の考え方に興味があります。自分の中でこれまでぼやけていた考え方が、カイデン様と出会ってはっきりしてきました。今は毎日お尋ねして酒の相手をしています。弟子となった者達は、カイデン様とそこまで親密に出来ません」
「うむ・・・そうであろう。お前は不思議な奴だ。いつの間にかわしのセルタにも二日に一度は来るようになった。変に媚びないところもいいが、お前には人の話を引き出せる力もあるようだ。のう・・ピピ」
「そうですね、ヘドロバ様。コレディノカ様は私を見ても驚かれませんでした」
「可愛い妖精のピピ様を見て、驚く前に気に入ってしまいました」
コレディノカはヘドロバからピピを紹介されて驚いたが、可愛いピピが一目で気に入ってしまった。たまにヘドロバがいない時に、ピピと二人きりで話すほどであった。そんな時でもヘドロバの過去やその秘密を聞き出そうとはしなかった。ピピの話の聞き役に徹した。そんな経緯もあって、今では三人は意識しないで一時を過ごせる間柄になっていた。
「これからもカイデンによくしてくれ。これは礼だ。もって行け」
ヘドロバは小さな袋をコレディノカに手渡そうとした。中身は金貨だとすぐわかった。
「ヘドロバ様。私は金貨などいりません」
「何故だ?」
「こう申しあげますと失礼ですが、私はピピ様に会わせていただいた時点で、誰よりも御信頼頂いたと思っております。私達の間でお話の見返りとしての金貨は不要です」
コレディノカはそう言って金貨の袋を返した。マヤジフが喜んだ一時の金貨より、ヘドロバの信頼とピピ共々一緒に過ごせる方が、遥かに価値があった。
「そのように考えているのか・・・しかし一つくらいは望みがあるだろう」
どうやらヘドロバは気がすまないらしい。コレディノカは彼女の顔を立てる手立てを思いついた。
「ヘドロバ様、そこまでおっしゃっていただけるなら・・・願いはあります」
「何だ?」
「酒がいつでも手に入るようにお手配下さい」
「酒?」
「実はカイデン様と飲む酒を得るために、酒係の兵に小金を渡しているのです。些細な袖の下ですが、無用な噂を部隊内で流されたくないのです」
「そうか・・・小さな願いじゃの〜。その願いはかなえよう。それにしても、本当にお前は金貨はいらないのか?」
「このお約束で十分です。酒に不自由しなければ、ピピ様と酒を飲む約束もかないます」
「ははは・・ピピとな・・・わしも一緒に飲もう。コレディノカ・・・ピピと呼んでも構わないぞ」
「ありがとうございます」
コレディノカは嬉しそうな顔をした。何故だかわからないが、ヘドロバはその素直な顔を見て、もっと喜ばせようと思った。そうしたくなったのだ。
「それと三人の時はわしのことをスターシャと呼んでいい」
「スターシャとはどなたのことですか?」
「わしの娘時代の名前だ。親しい者にはそう呼ばせておる」
「さぞかし娘時代はお美しかったのでしょう・・・」
「どうだかな・・・」
コレディノカはヘドロバの思いもよらない言葉を聞いて、他の誰よりも信頼されたと確信した。ヘドロバの娘時代の名前を知っている者など、カイデン以外にはいないと思った。
「ヘドロバ様、コボス様以外にスターシャと呼ばせるとは・・・」
「駄目だった?」
「いいえ。自分のことを隠さずお話しても、何でも受け入れてくれる方です。それに誠実な優しい方。コボス様がもう一人いらっしゃるようです」
「コレディノカならわしが魔女と言っても、スターシャの姿を見せても、まったく態度が変わらないであろうよ」
「そうですね。私もあの方は大好きです」
ピピはそう言ってコレディノカが消えた入り口を見つめた。
ピピはこれまではヘドロバの悩みの聞き役ばかりだった。今度は自分自身の話も、嫌な顔をしないで聞いてくれるコレディノカの出現を喜んでいた。ピピはピピなりにスターシャにも言えない悩みも持っていたのだ。自分の悩みを人に聞いてもらえる喜びを、コレディノカと会って初めて知ったのである。




