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十三章 キト&コレディノカ 163 マヤジフ

・・・三・・・


 マヤジフとコレディノカがカイデンを訪ねて来たのは、ヘドロバのせいであった。

 カイデンと別れた後、ヘドロバはセルタに向かった。戻る途中で、バイトル達に宿営準備させているコレディノカとマヤジフに出会った。馬を止めて二人の姿を何気なく見ていた。カイデンとの再会は、彼女に去り難い気持ちを起こさせたのである。普段なら気にも留ない二人であった。

 二人の指示はなかなか的確であり、手際が良かった。ついヘドロバはバイトルの指揮者とその部下に声をかけてしまった。

「お前達がバイトルどもの指揮者か?」

 バイトルへの指示に没頭していた二人はヘドロバ気付き、何事かと彼女の馬に近づいた。

「ヘドロバ様ではありませんか?こんなところへお越しとは・・・何かございましたか?」

 マヤジフはヘドロバがなぜ声をかけてきたのか腑に落ちなかった。コレディノカもヘドロバがこの場所にいる理由がわからない。部隊の指揮者が顔を出すはずのない場所であったからだ。

 ヘドロバは二人の思いなど気にかける様子もない。

「わしのことはどうでもよい。たまたまお前達が目に入った。なかなかの指揮振りじゃ」

「ありがとうございます」

 コレディノカはヘドロバが咎めるために声をかけたのではないと知った。ヘドロバはその後無言になって二人の顔を交互にじっと見た。マヤジフは探るような視線に耐え切れず目を逸らしたが、コレディノカは正面からしっかりと見返した。

 ヘドロバは小さく頷くと・・・

「バイトルの指揮者と聞いたが、実はお前達に折り入っての頼みがある」

「私達に・・・ですか?」

「そうだ。お前達だからこそ頼める話じゃあ」

 ヤマジフはそう聞くと嬉しそうな顔をした。緊張した顔が弛み、憎めない表情になった。コレディノカはヘドロバの頼みに興味があった。部隊の指揮者から頼み事をされるなどこれまで一度もなかった。

「ヘドロバ様・・・頼みと申されましたが、何をすればよろしいのですか?」

「この宿営地にカイデンという者がいる。昔、わしはその者に大変世話になった。奴は『バイトルとして遠征軍において貰いたい』と言った。わしはその願いを聞き届けた。バイトル達を指揮するお前達だけには言っておく。他言はするな。奴を特別扱いするように頼みたい。バイトルは兵士達からひどい扱いをされることもある。そんな目に会わせたくないのじゃあ」

「はい、ヘドロバ様のおっしゃると通りにします。カイデン様ですな。私にお任せ下さい」

 マヤジフはコレディノカの答えも聞かず、二つ返事で承諾した。自身がバイトルを手荒に扱ったことなど忘れたようであった。

 コレディノカは別の考えをしていた。

・・・ヘドロバ様は頼みと申されたが、遠征軍指揮者から出た言葉は命令と変わりがない。それを敢えて命令と申されないのは、・・・何かある。ヘドロバ様に聞くしかない。正直に打ち明けられるとは思わないが、お聞きしてもお怒りにならないだろう・・・

「ヘドロバ様はカイデン殿と特別なお関係なのですか?」

 コレディノカは臆することなく問い返した。

「なぜそのようなことを聞く?」

 マヤジフ同様承諾する言葉しか発しないと思った男の質問に、ヘドロバは意外な感じを抱いた。部隊長でもヘドロバの命令に対して、その理由を尋ねる者はいなかった。

「ヘドロバ様のお答えによっては、私も対応を考えなければなりません」

「対応?わしの答え次第とでも言うのか?」

「そうです。軽いお知り合いなら、ほんの少し気配りしたお世話。大切な方なら大切にお世話申し上げます」

 コレディノカは他の者なら口に出せないことを、平気な顔で言ってのけた。隣にいたマヤジフは、ひねりが効き過ぎた回答に驚いた顔をした。ヘドロバも意外な返答を聞かされて、怒る前にいきなり毒気を抜かれた気になった。しかしコレディノカを試す意味合いもあって、表情を変え語気を強める。

「わしが知り合いといったら、人であれ、犬であれ、猫であれ、大切に世話するのが当然であろう!」

「そうはまいりません」

「何!」

「部下としては、命令に従います。でも私に命令ではなく依頼されるのなら、御関係を知らないと対応できません」

 臆することなくコレディノカは自分の意見を述べた。ヘドロバは面白い男がいるものと思った。部隊の中ではヘドロバは最高権威者であり、とんでもない答えを出した者は、これまでコボスしかいなかった。

「命令と依頼とはどう違うのじゃあ?」

「納得出来ない事柄でも、命令であれば犬でも猫でも大切にします。しかし正直申しますと、心が入りません。納得出来る依頼であれば、依頼者の身分には関係ありません。心を込めて、私に出来る限りのことをします。ヘドロバ様は敬いますが、ヘドロバ様のお知り合いまでそう出来ません。その方をよく知らないからです。ヘドロバ様がより大切にしたい方であれば私もそうします。だからお二人の御関係を知りたいのです。私はヘドロバ様を中心にして考えようと思います」

「・・・・・・」

「無礼はお許し下さい。ヘドロバ様、人は緊張感を長くは持続出来ません。本音を言えば、私は天の邪鬼です。自身を納得させないと身が入らない質なのです」

「お前は面白い奴じゃあ。そう正直だと世渡りが出来ぬぞ・・・」

 ヘドロバはコレディノカとの会話で久し振りに新鮮な思いを味わった。コボスの考え方にそっくりで、彼を目の前にして話している気にさせられる。コボスと会っていなかったら、すぐに自分の身近に置いていたかも知れない。

 一方ヘドロバと初めて話すコレディノカは、噂で聞いた恐怖心を彼女に少しも抱かなかった。気味悪いと評される彼女の中にある本質的な性格が見えた気がしたからだ。

・・・噂されるほど悪いお方ではないようだ・・・

「お前の言い分も道理じゃあ。わしに時間があればお前を納得させられるが、ここにはそう長居出来ぬ。もっとお前と話がしたかったが・・・」

「お呼びいただければ、お話くらいはお聞き出来ます」

「お話くらいはと・・・面白い奴だ・・・わしにそんな軽口を叩けるとはな・・・」

「申し訳ありません。ぜひお呼び下さい」

「それでよい。何時でもわしのセルタに参れ。遠慮はいらぬ」

「はい・・・ところでヘドロバ様・・・カイデン殿とのご関係は?」

「わしの初恋の男だ。どうじゃあ?不満がないだろう」

 ヘドロバはコレディノカに事実を告げた。こんな初対面の若者に話すべきものではなかったが、話の流れで仕方なかった。信頼の証でもあった。

「これでお前を断れまい。ところでお前の名前は?」

「コレディノカと申します」

「うむ・・・頼んだぞ」

 ヘドロバは懐から金貨を無造作に取り出すと二人の足元に投げた。地面に落ちた金貨は、心地良い音を響かせ鈍い光を放つ。手渡してやれたが、やはり権威者としての力は誇示したかった。もっともコレディノカが全く意に介しないと思ったが、それはそれでもよかった。


 ヘドロバがまだ目の前にいるのに、マヤジフは慌てて金貨を拾い集めた。コレディノカはそんなマヤジフに情けなさを感じた。

・・・マヤジフはこうだからコレドゾの域から出られない。金貨に目が眩むのは仕方がないが、せめてヘドロバ様が去るまで待てないのか・・・

「コレディノカ様、見て下さい。この金貨の輝き。どうしますか?」

 給金の数か月分以上を手に入れ、更に直接にヘドロバから声をかけられた興奮でマヤジフは声が上ずっていた。泥に汚れた手の中で、金貨が鈍く光っている。

「マヤジフ、金貨は全部お前にやろう。ただし今の話は他言するな」

 コレディノカは金貨などどうでもよかった。それよりもヘドロバの初恋相手に興味が湧いた。

・・・引き受けたものの、カイデン殿とはどんなお方だろうか?ヘドロバ様の年齢を考えると、相当な老人だ。しかしヘドロバ様の初恋の方だから、きっとご立派な方だろう。顔つきとか年齢を詳しく聞けばよかった。バイトルの中に紛れていて、ヘドロバ様が偶然に会われたのだろう・・・

 コレディノカにとっては、マヤジフが喜んだ金貨より、ヘドロバと知り合えた方が意味深い。強気な物言いを嫌な顔をせずに受け入れくれた。自分を気に入ってくれたようだ。ヘドロバが行って時間も経っていないのに、彼女のセルタに行ってみたい気持ちがもう湧き上がっていた。

「マヤジフ、ヘドロバ様の願いを叶えるためにはカイデン殿を見つけるしかない。私達に声をかけられたのは、この近くでお会いになったのだろう。お前は金貨を貰ったのだから、期待を裏切る訳にはいかない。女の恨みは恐ろしいものだ」

「コレディノカ様、脅さないで下さい。でも・・・願いを聞くだけでこんなに頂いたのですから、カイデン様とやらを見つけてお世話すると、お礼はこんなものでは済みませんよ。私が必ず捜します。私に任せて下さい」

 マヤジフは金貨の重みを感じながら、張り切った自分の気持ちを表した。


 その日からカイデンを捜し始めたマヤジフだったが、うまくいかなかった。バイトルを当たれば短時間で出会えると思ったが、バイトルの人数は意外にも多く、特に老いた者の顔つきは似ていた。若者なら個性が際立つが、老齢の者はどの顔も同じ風にマヤジフには見えるのだ。同じ者に何度も聞く始末であった。

 マヤジフは焦っていた。それにヘドロバの頼み事を引き受けた自分が特別な存在になった感覚にも陥っていた。焦りと高揚・・・気弱な性格が歪められていた。酒に溺れる日々が続いた。

 昨晩も酔った後のことは覚えていなかった。この頃酒を飲むといつもそうだ。朝気づくと地面に寝かされ、寒さよけのために誰かが掛けたのだろう・・・汚れた布が、体を被っていた。

「誰だ?俺をこんな所に運んだのは?それにこんなボロ布など被せおって」

 周囲で働き始めたバイトルの賄女に問いかけた。その女が・・・

「そうされたのはカイデンさんですよ。マヤジフ様」

と、面白くもない顔をして答えた。マヤジフは一瞬自分の耳を疑った。

・・・カイデン・・・確かにこの女はそう言った・・・

「女、今何と申した?」

 役目を誇示するように、見下した言い方をした。問われた女はマヤジフを一瞥すると、

「今お答えしました。まだ酔ってらっしゃるのですか?カイデン、カイデンさんですよ、カ・イ・デ・ン、わかりましたか?」

 重ねて言われて、マヤジフもはっきりと認識した。捜し求めていたカイデンが、傍にいたのだ。

「何!カイデン様・・・・おう、やっとお会いできるのか。これ、女、カイデン様はどこにおられる?」

 マヤジフのこの言葉を聞いて、そこで働いていた者が一斉に笑った。

「こら、何が可笑しい!」

 マヤジフはわめいた。その女は呆れたような顔でマヤジフに言って聞かせた。

「以前あなた様は老人を叩かれ、そればかりか胸倉を掴み投げ飛ばされました。あなた様はその上足蹴にしようとして、キト様に止められたのですよ。その時、あなたの足下に倒れていたのが、カイデンさんですよ。キト様のおかげで事なきを得ました。あなた様は酔いに任せてそのままお眠りになりました」

 女はずけずけとマヤジフの醜態を口にした。殴り倒したいところであるが、やっと掴んだカイデンの消息を聞くまでは我慢するしかない。

「昨晩もそうでしたよ。あなた様はここに現れ、バイトル達にさんざん毒突かれた後眠られました。寒い夜でしたが、だれもあなた様を介抱しません。そこにちょうど通りかかったカイデン様が、その布を掛けられたのです。あんなひどい仕打ちを恨みもせず、あなた様に布を掛けてやるなどされて・・・本当にやさしいお方ですよ、カイデン様は」

 マヤジフの顔から血の気が引いていく。理不尽な仕打ちを加えたのが、ヘドロバから頼まれていたカイデンだったとは・・・。

・・・どうしよう・・・このままでは自分の立場が危うい。もっと前にわかっていれば、それ相応の対応ができたのに・・・

 マヤジフはヘドロバの噂話を思いおこした。コレーション将軍の首を刎ねた恐怖の噂話が、一気に襲いかかった。そのヘドロバの頼みを、多額な金貨を貰いながら裏切ってしまった。カイデンに危害を加えたのだ。もはやマヤジフは冷静な判断が出来なくなっていた。

 マヤジフは起き上がると必死にコレディノカを捜した。この部隊で頼れるのはコレディノカしかいなかった。

 マヤジフとカイデン、キトの諍いを見ていたコレディノカは話を理解したものの、最悪の出会いに絶句した。マヤジフの顔は蒼白で、報告する言葉も震えている。

「マヤジフ、すぐにカイデン殿を訪ねるぞ。お前の非礼を詫びないと、まともにヘドロバ様の怒りを受けてしまう。叱責だけでは済まされまい」

「申し訳ありません。今後は肝に銘じます」

「その今後があるかどうかは、お前次第だな」

「・・・・」

「そう気落ちするな。カイデン殿は幸いにも怪我されておらぬ。それはわしが保証する。お前のような小心者が気を大きく持つと、とんでもない事件を引きつけるとは本当だな」

 こういった経緯があって、二人はカイデンを訪ねて来たのだ。カイデンがいなかったもののポレル、バーブルに会ってコレディノカは目的をほぼ達すことができた。カイデンが若者を大切にする男と知ったからであった。


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