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十三章 キト&コレディノカ 162 コレディノカ

・・・二・・・


 その頃ポレルは朝食の用意を手伝っていた。キトの口添えもあって、三人はヘドロバの部隊のバイトルとして雇われることになった。ポレルは翌朝から早速働き始めていた。

 そこに二人の兵士がやって来た。一人は昨晩ポレルに絡んできたマヤジフと、もう一人は背の高い品の良さそうな男だった。マヤジフはポレルの姿を見つけると、頭をかきながら恥ずかしそうに近づいて来た。

「カイデン様はどこにいらっしゃいますか?」

・・・カイデン様?・・・カイデンと呼び捨て乱暴した昨日と全く違う態度に、ポレルはどう答えていいかわからなかったが、

「朝早く出かけました」

「どちらへ行かれました?」

「わかりません。私も朝早く起きましたが、その前に出て行かれたようです」

 ポレルはカイデンがサイノス、キトと出かけたことは知っていた。三人の目的が剣の勝負らしいと察していたが、それを教えるわけにはいかなかった。

「そうですか?」

 マヤジフは疑いもなく信じたようで、少し離れたところで待っている男に向かって、

「コレディノカ様、カイデン様はお留守のようです。どういたしましょうか?」

 と大きな声で聞いた。どうやらマヤジフの上役らしい。コレディノカと呼ばれた男はゆっくりと近づくと、ポレルを見ながら訪ねて来たわけを話し始めた。

「昨日はカイデン殿とあなたに、マヤジフがとんでもない事をしたようだ。出かけていると聞いて、怪我も無く大事にいたらなかったと安心した。マヤジフも大いに悔いているので、許してくれないか?マヤジフ、何をしておる・・・お前が一番悪い。謝らないか!」

「申し訳ありません」

 コレディノカに叱責されたマヤジフは、小さくなってポレルに頭を下げた。昨夜の粗暴な振る舞いが嘘のようにしょげかえっている。ポレルは何となく気の毒になってきた。

「カイデン様が朝早く出かけるなどめったにありません。直にお帰りになりますが、お待ちになりますか?」

「いえ、また伺います。それと・・・・あなた方に対してもひどいことをしました」

 消え入りそうな声で、傍にいたバーブルにも頭を下げる。

 一緒に来たコレディノカは、マヤジフはバイトルを指揮する仕事をしているが、日頃は内気な男であり、酒も好きだが酒乱ではないことを説明した。

「こんな男だが私の部下には変わりがない。キトとのように役目をしっかりとこなせばいいのだが・・・。マヤジフ、今後悔い改めるとここで誓え。これらの者が証人になる。そうでなければ・・・お前を斬る。これまでの私に対する無礼もあるからな・・・」

 静かな口調で話す。そんな口調で「斬る」と言われ、マヤジフは震え上がった。何かと陰口を叩いていた。それも知られている様子だ。とうてい敵わない相手と認めるしかなかった。しかし・・・謝りたくない・・・死ぬしかないか・・・

「お待ち下さい。人を斬るなどと口に出されるものではありません。この通りマヤジフ様を謝ってらっしゃいます。お許しになられたらどうですか?」

 マヤジフは、コレディノカと自分の間に割り込んで来たポレルを不思議な思いで見ていた。

・・・な、な、何なんだ?この娘は?こんな緊迫した中に飛び込んで来るとは・・・。コレディノカ様でなければ、私より先に斬られてしまうのに・・・

 コレディノカも驚いた。マヤジフを斬る気持ちは半分半分で、返答次第では仕方ないと思っていた。それを乱暴されたポレルが止めに入ったのである。

「ポレル、なぜ止める?お前が一番恨んでいるだろう」

「いいえ、私は何をされても恨みに思いません。人の悲しみを和らげること、忘れさせること、助けることが願いなのです」

 マヤジフ、コレディノカは毒気を抜かれた。こんな娘に会ったことがなかった。自分より他人に幸せに心を寄せる娘。

「もういい、わかった。マヤジフ・・・反省して役目を果たせ。お前も私にとって必要な男なのだ」

「はい、申し訳ありませんでした。ポレル様、コレディノカ様」

「マヤジフ様、もう十分です。私は気にしていません。それにカイデン様も昨晩はキト様とお酒を飲み、朝早くから出かけることができる位お元気です。大丈夫ですよ」

・・・不思議な娘だ。私も素直になれそうだ・・・

 ポレルの言葉にマヤジフは頭をかきながら、その場を離れて行った。


「ポレル、私が思うにマヤジフが昨晩乱れたのは、お前のような美しい娘を見たせいもあるな。単調な行軍の中で娘と酒は内気な男でも狂わせるらしい」

 マヤジフの背中を見ながら、コレディノカは真面目な口調で付け加えた。どこまで本心なのかはわからない

「まあ、嬉しい。バーブル、あなたが証人よ。後でサイノスに自慢するわ。普段内気な人が、私の美しさに惑わされて乱暴者になったと・・・それもコレディノカ様が言ったのよ」

 ポレルは明るくはしゃいだ。バーブルは困った奴だと思ったが、聞かなかった顔をした。コレディノカは彼女の様子を見て、マヤフジに言った言葉は嘘でないと確信した。

「ところで・・・私はバイトルを束ねる立場だ。キトからお前達のことは聞いた。本来は認めぬところであるが、特別に許す決定を下した。もっとも私もそう依頼されたのだが・・・」

「ありがとうございます・・・キト様に『このままここに置いて下さい』とお願いしておりましたが、あなたが許して下さったのですね」

 ポレルは心からの感謝を表しながら礼を言った。コレディノカは手放しで喜ぶ彼女を見て、十分に満足した。こうも喜ばれるとは思ってもみなかったのだ。

「ポレル、バーブル、後一人・・・サイノスとか言ったか・・・お前達は他のバイトルのように下働きはしなくてもよい。バイトルは他にも大勢いるから心配するな。客人として自由に過ごすがよい」

 コレディノカはポレルに乗せられたわけではないが、必要以上の好待遇を口にした。カイデンはヘドロバから頼まれていたが、他の三人は話題にも乗らなかった。バイトルとして使ってやるだけでよかったのだ。

 ここまで好意的に取り扱ってくれるコレディノカを、ポレルだけに任せる訳にはいかなかった。バーブルも会話に加わった。

「コレディノカ様、私もお聞きしてよろしいですか?」

「いいが、お前の聞きたいことはわかっている。なぜこんなに優遇するのかを聞きたいのだな」

「おっしゃる通りです」

「実はカイデン殿のことをある方から丁重に扱うように頼まれた。お前達はカイデン殿と深いつながりがあるのだろう。だからお前達もカイデン殿同様に客人扱いに出来るのだ。つまりカイデン殿がいたから、お前達も優遇されるわけだ。カイデン殿に感謝するんだな」

 コレディノカは、聞きようによっては、特別扱いしたくないともとれる言葉で話を終えた。しかし穏やかな口調もあって、そんなに嫌がってない風に見えた。むしろポレル達を歓迎している感じの方が強く出ていた。

・・・この方はいい人だわ。誠意が言葉から感じられるもの。この方を今後も頼ろう・・・

 ポレルはすっかりコレディノカが気に入ってしまった。

「残念ですわ、コレディノカ様。私の魅力がコレディノカ様をそうさせたと思っていましたのに」

「ばか、ポレル。いいかげんにしろ」

 バーブルが慌ててポレルをたしなめた。

「冗談です。コレディノカ様、私は働くのが好きです。客人扱いなど不要です。私の思うようにしてもよろしいかしら?」

「ああ、好きにするがいい」

 コレディノカはポレルの性格をこの短いやり取りの中で掴んだのか、無理に押し付けようとはしなかった。

「そうだ・・・これをカイデン殿が戻ったら渡してくれ」

 コレディノカは手にした包みをポレルに渡した。

「何でしょうか?」

「酒だよ。私が手に入れた酒の中では、一番上等な酒だ。これ以上のものは、この陣中にはない。私の気持ちだ」

「まあ・・・よくカイデン様のお好きなものがわかりましたね」

「酒好きには酒好きな人が見分けられるものだ」

「それでは、コレディノカ様もお酒が好きなのですか?」

「ああ。マヤジフほどに自身を失わないが、時折記憶がない時もある。ただ後で苦情を言われないところからすると、そんなに乱れてはないようだ」

「そうなのですか・・・ここだけの話ですけど、キト様もお好きなのですよ」

 ポレルはマヤジフの乱暴から助けてくれた縁で仲良くなったキトが、カイデンと酒を飲んでいた話をした。

「キトの奴め、とんでもない奴だ。お前達と年が変わらないのに・・・ポレル、いい話をしてくれた。奴の姿を朝から見ていないが、私の前に現れたらただでは済まさないぞ」

「まあ・・・嫌ですわ。告げ口をしたようで・・・」

「まったく・・・ポレルは何でもしゃべるからな。コレディノカ様、キト様を叱らないで下さい。私達を助けてくれたのです」

 バーブルは心配性だけに、真面目な口調で取りなした。

「心配するな。私はそんなに無粋な男ではないぞ」

 これをきっかけにコレディノカはポレル、バーブルといろいろな話をした。ポレルが感じたように、コレディノカは頼りがいのある親しみある男であり、以前からずっと知り合いだったのでは・・・と思わせるものを持っていた。ポレルは、頼もしい兄ができた気になっていた。

しばらく話し込んだ後、再訪を約束してコレディノカは戻って行った。

「不思議な人だな」

「そうね。つい話しに引きずりこまれたわ」

「それにしても、カイデン様を優遇するようにコレディノカ様に頼まれた方は、誰なのだろう?」

「私も知りたいわ。私達までその方のおかげで楽になるわ」


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