十三章 キト&コレディノカ 161 好敵手
・・・一・・・
ヘドロバ遠征軍の宿営地に朝が訪れた。昨晩遅くまで騒いだ兵士達は起床のラッパに叩き起こされ、まだ酔いの抜けきらない体で行軍の準備にかかろうとしていた。それよりもっと早く、夜が明け切らない前に、カイデンはキトとサイノスを伴って宿営地を離れていた。カイデンは勝負の立会人となる昨晩の約束を忘れていなかったのだ。
宿営地内で二人の勝負を他の者に見せるわけにはいかなかった。二人が回りを気にせず力を存分に出せるようにするのと、怪我をする前勝負を見極めるのが立会人の務めだった。
二人が剣を交えるのに十分な広さの場所に来ると、カイデンは真ん中に立ち、二人を左右に分けた。二人の顔に緊張が走る。
「キト、サイノス。勝負は時の運もある。結果を恨むではないぞ」
「承知の上です。カイデン様、よろしくお願いします」
「よし!勝負は真剣で行う。ただし本当に斬るなよ。ぎりぎりのところで止めろ。優劣は立会人のわしが判断する。それでは始めるがいい」
ポレルがいれば絶対に承知しない真剣勝負。しかし、剣を極めたい者にとっては避けられない道であった。
キトとサイノスは静かに剣を抜く。それまでの穏やかな顔は一変し、相手の隙を窺う厳しい表情になった。剣を構えあった瞬間、相手の力量が感じられる。簡単に踏み込める隙は見出せなかった。相手が引けば前に出、右に回れば左に回って、二人は同じ動きをとった。相手の動きに合わせながら、自分の間に誘い込もうとする。緊張はより高まったが、互いにただの一回の打ち込みも見せない。時間だけが流れていった。
・・・うむ、互角じゃあ。キトはサイノスに引けを取らない。世間は広い・・・
立会人のカイデンは二人の動きを目で追っていた。何合も打ち合わず、勝負は一瞬で決するとみた。サイノスの体から燃えさかる炎が、キトの体からは青白い炎を感じた。朝の肌寒い空気の中で、緊張感がいやが上にも高まっていく。
・・・サイノスは日光の剣、キトは月光の剣か・・・性格が出とるわい・・・
二人の対峙は長く続いた。互いに相手の隙を見つけられず、動きたくても動けないのだ。時間だけが緊張感を持続したまま、流れていった。二人の息が次第にあがってきて、剣先が少しずつ揺れ始める。汗がだらだらと流れ目に入っていくが、それを拭い去る余裕はない。相手の顔がぼやけて見えるのか、二人とも目を大きく見開いていた。
・・・これはいかん。これ以上緊張感を持続させると立ち合い前に命じた寸止めができず、どちらかが血を流しそうじゃ。活を入れるか・・・
カイデンは判断を下した。
「えいっ!!」
カイデンが突然二人に大声で気合を入れた。その気合に後押しされ、今まで溜めていた力を放出した二人の剣が動いた。目にも止まらぬ速さの一撃は、常人には勝敗は見分けるのが難しい・・・・
「それまで!」
カイデンが声をかけた。カイデンの気合で勝負に出た二人の剣は、相手を傷つける手前でどうにか止められていた。サイノスが斬り下ろした剣はキトの頭上で止まり、キトが地面すれすれから斬り上げた剣は、サイノスの右わき腹の横で止まっていた。二人はお互いの目を見て、それから剣を鞘に戻した。
「カイデン、どちらが勝ったのだ?」
キトは上気した顔でカイデンに判定を求めた。カイデンを見るサイノスの目も同じ問いかけだった。
「引き分けだ」
「そんなことはない。私の剣が早かった」
「いや、俺の剣が早かった。負け惜しみは言うな」
「お前こそ負けを正直に認めろ」
「何!」
「やるか?もう一度」
「望むところだ。カイデン様、今一度見極めをお願いします」
二人は飛び下がると剣を引き抜いた。カイデンは勝負をやらせる気にはなっていなかった。
「何度やっても同じじゃあ。お前達には引き分けに不満があると思うが、後は命をかけての立合いでないとわからない。そうなればどちらかが死ぬわけだが、生き残った方も無事では済むまい。今以上に剣に精進し、圧倒的な差をつけるしか白黒はつけられぬ。ともあれ双方とも見事じゃあ」
ここまでカイデンに言われると、二人はそれ以上勝負できない。剣を再び鞘に収めた。
「カイデン様、こんなに強い男がいるとは思いませんでした」
「サイノス、お主のような剛剣に出合ったことがない」
剣に生きようとする者にとって勝負の行方は大事だったが、この先二人で鍛錬を重ねていけばまだまだ腕が上がると確信した。同じ能力の剣士にめぐり合えたことの喜びが二人を包んでいた。




