十二章 スレディノカ&コスミオ 157 難問
・・・九・・・
王宮は騒がしい朝を迎えていた。首都警護軍の部隊が物々しく周囲を囲み、その数は時間と共に増えていた。そして伝令兵の出入りも必然的に多くなり、より緊張感を高めていた。
「ぐずぐずするな。時間がないぞ」
大広間には大きなテーブルが何十台も持ち込まれた。待ち構えた召使達は上役の声に急き立てられて、等間隔に置き、豪華な刺繍が施された白い布で覆っていく。
厨房から運び込まれた朝食と呼ぶには豪勢すぎる料理が次々に並べられた。その量や数からして夜を徹して調理されたに違いなかった。
「若、若は準備が終わるまで部屋でお待ち下さい」
ピレーネはマカサイトの立場を考えてそう話し掛けた。息子であるマカサイトが騒々しい広間にいる必要がなかった。それに召使達も迷惑そうな視線を送っている。
「そうはいくまい。父上が帰る目出度い日を、こうして最初の準備から見て過ごしたい。本当は厨房にも顔を出したかったが、疲れで寝てしまった」
「若、度が過ぎますぞ。お立場をお考え下さい」
「そう申すな・・・今日は父上の一世一代の晴れ舞台だ。全て目に焼き付けるのだ」
ピレーネも同じ気持ちであった。ペリルポイルに仕え、その息子の教育を任された。それだけの信頼を得ている。自分の出世には興味がなかったが、ペリルポイルの栄達は後継者たるマカサイトの輝かしい将来を意味する。教育係としては嬉しい限りであった。
ピレーネはマカサイトの機嫌がいい時に、少し落胆させる話をしようと考えた。マカサイトが怒らない自信もあった。早く話して胸のわだかまりを解消し、ペリルポイルを迎えたかった。
・・・若もお悩みになった。陛下との対決を止めようとサービアに戻って来られたが遅かった。タイガルポット出身の若は陛下への忠誠心は篤い。御父上がその陛下を討たれた。コンボット館攻め前であれば、どちらを選ばれたかわしにも分からない。悩まれて御自害されたかも知れない。遠征先が遠くでよかった。しかし・・・この話をお聞かせしないわけにはいかない・・・
「若、まだ時間はあります。少しお話したいことが・・・」
ピレーネの言葉に頷いたマカサイトは、先に立って歩いて行く。
「話とは何だ?」
大広間から離れ、長い階段を上り、小さな塔の上まで行くとマカサイトはピレーネに尋ねた。ピレーネの話は、短い話で終わったためしがなかった。マカサイトが塔に上がったのは、高い所にいれば父親が王宮に帰る姿が見えるからであった。
「若、ペリルポイル様の祝宴の前に、詫びなければならぬことがあります」
「詫びる?」
マカサイトはピレーネを怪訝そうに見た。サービアに帰って間もない。寝る時以外は傍を離れない彼が、間違いをした記憶がなかった。
「ピレーネ・・・お前が何を詫びるのか思いつかない」
「遠征先でお話した御婚儀の件です。ドンジョエル陛下のお越しも決まっておりましたのに・・・。それに・・・言いにくい話ですが、花嫁もいなくなりました」
「結婚については仕方がない。こんな非常時だ。落ち着くまで無理であろう。元々お前が勝手に決めたことだ。しかし・・・花嫁がいなくなったとは・・・。父上のことでそうなったのか?」
マカサイトはつぶやくように言った。まだ会ったこともない娘に、父親のことだけで断られたと思ったのだ。
「確かに、この件にペリルポイル様が関わられてはいるのは事実です。それも悲しい話なのですが・・・。とにかくお話しましょう。若・・・私が結婚相手に選んだ娘の名は、コンデレット。家柄、年齢、容姿など申し分のない娘でした。ところが今回の乱に巻き込まれ、コンボット舘で命を落としました。キードレル姫にお仕えし、今回を最後にしてお暇をもらうことも決まっていましたのに、残念なことです」
「何!コンボット舘とな!間違いないのか?」
「はい。昨晩あのコスミオにも確かめました。彼女はコンボット舘で、唯一の生き残りです」
「そうか・・・父上は女、子供に手を下すことはなかったがなあ・・・」
「コスミオは攻められて死んだとは申していません。彼女は『気がついた時には舘が燃えていた』と・・・。キードレル姫様が自ら火を放ったのでは・・・姫様も生きながらえることより名誉を重んじられたのでしょう」
マカサイトの落胆した様子を見て、ピレーネの声が小さくなった。彼がこれほど落ち込むとは思ってもいなかった。ドンジョエル国王の件は乗り越えたのに、罪のない娘達の夢を奪ったのが、よほどこたえたらしい。
・・・これでは王子の話を聞かすわけにはいかない。若がとても耐え切れそうにない・・・
ピレーネはコスミオの扱いを決めた。災いの種を絶たねばならない。彼女の口を永久に閉ざさなければならない。
そんな考えをピレーネがしたとも知らないマカサイトの長い沈黙・・・
「決めた!これしか罪滅ぼしはない」
マカサイトが口を開いた。ピレーネは罪滅ぼしと聞いて悪い予感がした。軍を辞めると言い出すのかと身構える。
「ピレーネ、私は結婚する」
「えっ、若!今一度お聞かせ下さい」
「結婚すると言ったのだ。お前の望みを叶えてやろう」
ピレーネは驚いた。次の結婚話など思いもつかなかった。嬉しい話ではあるが、相手を捜すことから始めなければならない。すぐには無理であるが、マカサイトの気持ちが変わらないうちに約束だけは取り付けようと思った。
「わかりました。私に全てお任せ下さい。明日から一族あげて若の相手を捜します。新王家の若の妻になりたいと思わない娘はいません。すぐに見つけます」
一気に悩み事が解決した。そしてマカサイトの妻となる娘は、誰もが納得する者にしようと思った。ペリルポイルの後継者は、王国の後継者なのだ。最高の地位、名誉を得るとわかったら、選ばれて断る娘はいない。自薦、他薦で大勢の娘の名前があがるに違いない。コンデレットには気の毒なことをしたが、自由な選択が出来るのだ。
「ピレーネ、お前に任すのは私の望みを実現する役目だ。私はもう妻となる娘を決めた」
・・・妻となる・・・娘・・・若にいたのか・・・そんなはずはない。いればコンデレットとの結婚を承諾するわけがない・・・最近若が会った娘で、気に入りそうな娘と言えば・・・まさか・・・
ピレーネの脳裏にコスミオの顔が浮かんだ。マカサイトとはほんのわずかな時間、話したに過ぎない。ピレーネ自身も話したが、そんな目でみてなかった。コスミオが王子の話をマカサイトに話す前に闇に葬ろうと思っていた。気づかぬ素振りを見せて、マカサイトに名を聞くしかなかった。
「若にそんな娘がいるとは思いませんでした。若も人が悪い。コンデレット様との御結婚をお勧めしました。若の意中のお方にお叱りを受けるところでした」
「謝らなくてもいい。相手を見つけたのはサービアに帰ってからだ。お前もわかろう・・・昨日会ったコスミオだ。一目惚れをした。コンデレットへの償いにもなる」
「いけませぬ、若。あの娘だけは・・・。若はペリルポイル様の後継者ですぞ。それなりの娘、いや最高の娘・・・地位も名誉もある実力者の娘を妻にしなければ、世間が納得しません。それにコンボット舘の生き残りの娘は、縁起が悪過ぎます。ペリルポイル様も絶対お認めになりません」
ピレーネは何が何でもマカサイトを説得しようとした。説得できなかった時には、コスミオ以外の娘なら同意しようと思った。王子の件を口止めしてもいつ話すかわからない。一生マカサイトには知られたくない秘密にしておきたかった。
「ピレーネ、反対するな・・・おっ、父上がお戻りだ。お迎えしよう」
塔から軍団の長い列が見えてきた。先頭に立つペリルポイルの姿が見えた。彼を取り巻く将軍達から笑みがこぼれる。凱旋後の栄達を思えば自然とそうなるのであろう。ピレーネは重い足取りでマカサイトを追った。もうコスミオには手は出せない。純真な恋心はどんなに邪魔しても消え去るものではないのだ。




