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十二章 スレディノカ&コスミオ 156 マカサイト

・・・八・・・


 コスミオはサービアを一望できる王宮の部屋にいた。王宮に入るのは初めてだった。秘密裏にキードレル姫に仕えるように父親から命じられ、命じられるままにコンボット舘に同行した。最初は緊張したが、気さくなキードレル姫に仕える日々は楽しく、何の不満もなかった。それがたった一日の出来事で遠い夢となってしまった。

・・・スレディノカ様と別れてからもう一日が終わる。スレディノカ様と王子を逃すために囮となったけど、少しも怖くない。あの人の妻として恥ずかしくない振る舞いをしなくては・・・でもスレディノカ様の脅しのせいか、扱われ方は丁重だったわ・・・  

 もう少し乱暴に扱われると覚悟していたが、そうでもなかった。王族が使う立派な馬車に乗せられて王宮に向かった。コスミオにとって見たくもない警護軍の護衛が馬車を取り巻く仰々しさであった。スレディノカの脅しのせいもあったが、コンボット館の生き証人の立場は二人が考えた以上の価値があるようだ。

 窓から見下ろす王宮内は警護軍で溢れかえっていた。本来王宮警護は近衛軍の独壇場で警護軍の出る幕はなかった。初めて入った王宮内で気持ちが高揚しているのか、ところどころに血を拭き取った痕があることなど少しも気にならない様子だった。それは近衛軍兵士の血に違いない。ドンジョエル国王の留守役として、最後まで警護軍と戦った忠誠の証でもあった。

「お着替えは終わられましたか?まだであればお手伝いします」

 数人の娘が現れると、コスミオの薄汚れた服を脱がせ始めた。名家の娘だけに彼女はされるままに裸になり、入浴し、そして美しい衣装に着替えた。

「マカサイト様があなた様にお会いになります」

「マカサイト様?お名前は存じております。ペリルポイル様の御子息ですね。その方が私に何の用がおありなのですか?」

「それはわかりません。私どもは、あなたの身を整えるように命じられただけですから」

 そう言い残すと娘達は部屋から出て行った。身奇麗になったコスミオは張り詰めていた気持ちが少し緩んだが、無理にコンボット舘での悲惨な光景を思い浮かべて気を引き締めた。

・・・姫様や友達が炎の中に消えた無念さを思えば、喜んでもいられないわ。その張本人の息子は私にとって最も憎むべき敵の一人だわ・・・

 コスミオは短剣でもあれば刺し殺そうと思ったが、入浴した時に取り上げられてしまった。室内を見回しても武器になりそうなものはなかった。

・・・まあ、いいわ。頬をぶってでも命の重さをぶつけよう・・・


「マカサイト様がお見えです」

 いきなり扉が開けられ、さっきの娘が声をかけた。娘の後ろに若い男が立っていた。

「コスミオ・・・とやら。私はマカサイトだ。今回の首謀者のペリルポイルの息子だ」

コスミオに緊張が走る。これからつらい時間が始まるのだ。

「この卑怯者!」

 ペリルポイルの息子と告げた男の顔をまじまじと見つめた。夫のスレディノカと変わらない年恰好だ。きつい視線にたじろぐこともなく、かといって哀れむのでもいなく、何の敵意も感じさせない目をしていた。

「父上のことは許してくれ。知らなかったのだ」

 心から申し訳なさそうな表情をして謝った。

「許さない!けっして許されることじゃあない!そう思いませんか!」

 マカサイトは無言のままだった。それが余計にコスミオの感情を燃え上がらせた。

「どうしてお父上はあんなひどいことをなさるのです!陛下も姫様も大切な友達もみんな命を奪われました。あなたも一緒だったのですか!」

 コスミオは我を忘れて詰め寄ると激しく胸を叩いた。怒りが次から次へと湧いてきて収まらないのだ。誰かの手が荒々しく肩を掴んだ時、

「いいのだ!ピレネール、コスミオの好きにさせろ。私もその方が、気が晴れる」

 コスミオは尚も胸を叩いた。マカサイトは勢いに押されて後ろに下がったが、彼女を押し返そうともしない。

 時間が流れると共に、コスミオも落ち着いて来た。自分のしていることにはっと気がついて、慌てて体を離した。それでも濡れた目で非難を込めて見つめた。マカサイトは困った顔をしたままだった。

 二人は長い間そのまま黙っていた。

「お許し下さい。はしたないことをしてしまいました」

「気にするな。私は責められて当然なのだ。今夜はゆっくり休むがいい」

 そう言い残すとマカサイトは部屋から出て行った。ピレネールと呼ばれた年老いた男はそのまま部屋に残った。

「コスミオとやら・・・あまり若を責めないでくれ。本当に若は父君から今回のことは何も聞いていないのだ。わしと一緒に遠征に出ていた。父君からの贈り物で変事を察してサービアに帰られた。昨夜のことだ。そして初めて謀反を起こしたことを聞かされたのだ。止めても止まることではなかった。若はお優しい。お前のような娘に責められるのが一番応えるのだ」

 ピレーネはそう話しながら、数日前のことを思い起こしていた。


 数日前・・・・遠征地・・・の一場面であった。

 昼間の敵との戦いも完勝に終わった。マカサイトは冷静な判断を下し、味方に倍する敵軍を完膚無いほどに打ち破った。幼い頃から育てて来たピレネールは、将来ペリルポイルを超える傑出した英雄になると確信した。二人で飲む勝利の美酒は心地良かった。

「マカサイト様、見事な勝ち戦でした。この遠征が終わったら私は軍から身を引きます。もう私はお教えすることがありません」

「それは許さぬ。まだまだ教えてほしいことがある」

「それはありません。あるとすれば・・・」

ピレーネは思いついたように・・・

「ございます。若にお教えすることが。それを忘れておりました」

「そうであろう。身を引くことはないな」

「はい、ございません」

「主君の前で口に出したぞ。違えた時は許さぬ」

 マカサイトはピレネールが約束したことに安心した。内心ではピレネールがいなくても十分やっていけるのだが、軍から身を引くと生気を失う者が多いと知っていて、忠臣の身を思いやったのだ。

「では・・・若。忘れていたことを申し上げます。私の言葉に従って下さい」

 ピレーネはここで教えるつもりのようだ。マカサイトは素直に聞くつもりであった。

「若、前から思ってもおりましたし、遠征に出発する前に手はずは整えました」

「なんだ?忘れたいたとは嘘だな」

「はい。若が私の教えに従うと約束していただきました」

「お前が傍にいる約束のお返しだ。言う通りにしよう。今までお前が私のためにしたことで、間違いは何もなかった。さあ、言うがいい」

 ピレーネはマカサイトの言葉を聞くと、にやっと笑って言った。

「若、今度の遠征が終わってサービアに凱旋された日の翌日があなたの結婚式です。陛下やペリルポイル様のお許しは得ております。華々しい凱旋式の翌日に挙げる結婚式。私はその時の若の顔を思い浮かべるだけで涙が出そうです」

「何!結婚式!馬鹿を申せ。私はまだ結婚などする気がない」

「若・・・お約束です。それに陛下にも申し上げております。それが果たせないとすると私は死んでお詫びをするしかないのです」

「しかし・・・」

「若はお心に決めた娘はいるのですか?」

「そんな者はいない」

「では私が見つけた娘を妻にして下さい。私の目には狂いがない。ドルスパニア一の娘ですぞ」

「だが・・・私は良くても、娘が承知するのか?」

「娘は若のことを知っています。若との結婚はどの娘も憧れておりますぞ」

「わかった。約束は守る。ピレネール、私に罠をかけたな。ひどい奴だ」

「年寄りはこれしかありませんからな。騙される若もまだまだですな」

 二人は笑いあった。そんなところにサービアから使者がやって来て、小さな包みを渡した。ペリルポイルから預かって来たと言う。早速包みを開いた。中身は酒瓶であった。手紙や伝言は一切なかった。

「ピレネール、これはシクロールだ。この酒瓶が一本。他には何もない。父上からこんな意味深な贈り物は受け取った覚えがない。いつもは私が閉口するくらい詳しい指示をする手紙を寄越すのだが・・・」

 マカサイトは酒の名前は知っていた。庶民の飲む酒で、身分の高い者が飲む類のものではなかった。そんな酒を送って寄越した父親。その謎かけに思いを巡らしている内に、酔いが覚めて来た。

「ピレネール、ただの贈りものではないな」

「いかにも」

 じっと酒瓶を睨む。何か浮かんで来そうだ。精神を集中した。朧気ながら形が見え始めた。思いがあっているのかピレネールの意見と合わせることにした。二人の意見が合って間違った経験はなかった。

「この酒は酔うためでなく、時には自分の運を試す酒としても使われる・・・」

「そうです。平民用として手軽な製法で作られる安酒です。しかし湿気や運ぶ際の揺れで、全く違った銘酒に化けることがたまにあります。一年に何本も見つかりませんが、見つけた者は一生遊んで暮らせる大金を得られます。裕福な商人達は自らの幸運を大げさに吹聴し、宴席を盛り上げるために争って買い求めるのです」

 ピレーネはこの手の話をよく知っていた。友達の多い彼は庶民の暮らしにも通じていた。

「どうやって見分けるのだ?」

「簡単です。白く濁った酒ですが、当たりの酒は黄金色です。白い杯に注いでみればすぐにわかります。だから酒蔵はきつく蓋をして、中身が見えないようにしています。・・・商売がうまいものですな」

「それで・・・」

「買った者は飲む前に運試しを楽しめます。黄金色の酒に当たれば一夜にして大金持ちですからな」

「そんな幸運な奴がいるのか?」

「います。だから平民達はこぞってこの酒を飲むのです」

「しかし酒場でその酒に当たれば、奪い合いになるのではないか?」

「そうです。だから酒場にはありません。皆家で飲むのです」

 マカサイトはその場面を想像した。一日の仕事を終え食卓を囲んで家族が食事をする。夫や父親のためにテーブルには一本の酒。その酒を杯に注いだ時、流れ出る黄金色の酒。一家はお互いの幸運を喜び合って手を握り合う。いい光景だ。

「ピレーネ。その幸せな光景が頭に浮かぶ」

「そうでもありません。酒のことが他人に知れたらいつ何時襲われるかを心配し、おちおち眠れなくなる。誰もが大金で売れると知っていますから、親子でも安心できません。それに自分達で売り先など到底探せません。怪しい者に騙されたり殺されたりした話もあります。その売買を商いにしている商人に売るしかないのです。何年も順番を待っている王族や高い身分の貴族、大商人なども多く、平民から高く買い上げても買い手には事欠きません。瓶に金色の札を貼って、買値の何倍もの値段で売るのです」

「私はまだ飲んだことがない。一度は飲みたいものだ」

「御父上は何本かお持ちのはず。その内若にも飲む機会が来るはずです」

「そうか・・・まさに『運命の酒』だな。それを父上は私に寄越した。金の札もない何の変哲もない安酒だ。何を申されたいのだろう?」

 二人は瓶を見詰めた。すっかり酔いは覚めてしまった。

「若、中身をみましょう。考えても答えが見つからない時は前に進んでみる。それからまた考えましょう」

 ピレネールは真っ白な杯を部下に持ってこさせると、瓶の封を開けて注ぎ込んだ。思った通り、濁った酒であった。平民間で言う「はずれ酒」だった。

「やはり・・・幸運な男と呼ばれる父上も駄目であったか・・・。しかし・・・待てよ・・・そんないいかげんな贈り物をする父上ではない。これは父上が何かをやろうと考えられ、その企てがこの酒のようなものだと伝えられたいのだ。ピレネール、陛下の力に匹敵する父上が一か八かの勝負に出られる。この酒のように・・・だとすると・・・」

 マカサイトは自身の顔が青ざめるのを感じた。父、ペリルポイルの大勝負・・・ドンジョエル国王との対決以外にないではないか・・・

「若、ペリルポイル様は陛下と争うお気持ちですな。それで手助けはいらない。万が一敗れた時には若に罪が及ばないように伝言や手紙を寄越されなかった。この瓶で決意を察しろと・・・」

 二人の考えが一致した。

「ピレネール、サービアから送られた日を考えると、既に矢は放たれています」

「帰るぞ!父上と話さねば・・・」

「ペリルポイル様の力になられるのですか?」

「わからない。陛下と争うのを止めなければ・・・・。陛下のお年を考えると、王位の座は黙っていても父上のもの。主君への裏切りを父上にさせたくない」

 マカサイトもドンジョエル国王に王子が誕生したとは知らなかった。冷静な父親の焦りがわからなかったのである。

 二人は軍団に先駆けて、数十人の護衛だけで大急ぎでサービアに戻って来た。サービアにはペリルポイルの姿はなかったが、留守役のミミカベから父親の行動を聞かされた。しかしここでもドンジョエル国王の世継ぎの件は打ち明けられなかった。息子にもペリルポイルからの許しがないと打ち明けられない。このどこまでも忠実な部下の忠誠心でマカサイトはまだ真実を知らなかった。


「あの・・・私はどうすればいいのでしょうか?」

 コスミオの言葉にピレーネは我に返った。彼女は辛抱強くピレーネの言葉を待っていたが、余りに長い時間の沈黙に耐えきれなくなった。自身に対する悪い話をするのを、ピレーネが躊躇っていると思ったのだ。

「しばらくはゆっくりお休み下さい。命を奪おうなどとは思ってもおりませぬ。コンボット館での悲劇はお聞きしました。本当にあなただけしか生き残っていないのですかな?ペリルポイル様は娘の命まで奪う非情なお方ではないはず。いかがかな?」

 ピレーネが穏やかな口調で問いかけた。コンボット館にいたと聞いて、彼自身も確かめたいことがあったのだ。

「この場に及んで嘘は申し上げません。私はキードレル姫様から、皆の最後の様子を家族に伝えるように命じられました。私は『異国の軍隊が攻めて来るのではありません。娘達の命までは取りません』と申し上げました。でも姫様は、『陛下に対する反乱です。王子の命を奪う男が私達を見逃すはずはないのですよ』とおっしゃいました。それを聞いて私達も覚悟を決めたのです」

「コスミオとやら・・・お前は今・・・王子と申したが、その王子とはどこの国の者じゃあ?」

 コスミオはその一言でピレーネ、さっき詰めよったマカサイトが、ペリルポイルの謀反の源を知らないと覚った。敵でありながら魅力的だったマカサイト。父親とドンジョエル国王との権力争いが、王子誕生で決定的になったことを知らないのだ。言っていいか悪いか躊躇したが、コンボット館で非業の死を遂げた友達の無念さを思えば、言わずにはいられなかった。

「ピレーネ様・・・何も御存知ではないのですね・・・王子・・・もちろんドンジョエル陛下とキードレル姫様の御子様です。舘で私達は王子様誕生を御祝い致しました」

「何と!そんな信じられないことが・・・。コスミオ・・・偽りであれば命はないぞ」

「さっきも申しました。どうしてこの場で嘘など申しましょう。真実です」

 ピレーネはコスミオの表情から嘘ではないと確信した。しかし・・・これをマカサイトに話すべきか判断できなかった。ペリルポイルと違って、タイガルポットで純粋に育ったマカサイトは、ドンジョエル国王に対する忠誠心は篤かった。父親と国王の権力争いは納得したものの、王子誕生を知った父親が自身の栄達のために、王家の血統を絶つべく立ち上がった。この事実を話すにはマカサイトはまだ若すぎた。

・・・若には話せない。王子の行く先をこの娘は知っているのだろうか?・・・

「コスミオ、コンボット舘で王子を見たのが最後か?その後、王子はどうなった?」

 ピレーネの目が妖しく光り出した。血に飢えた兵士の目付きに重なる。コスミオは自身を守るため、夫を守るため、王子を守るために嘘を言わねばならないと咄嗟に判断した。「その後は知りません。食事時にぶどう酒を飲み、酔いを他の部屋で醒ましている内に眠っていました。突然、『火事だあ〜逃げろ〜』という叫び声を聞いて、無舘から逃れたのです。煙と炎で気を失いかけました。そして舘の外で待っていましたが、他には誰も外に逃げ出せませんでした。私も死のうと思いましたが死に切れず、仕方なく一人でサービアに向かったのです」

 その後サービアに向かう途中で敵兵に見つかり、警護兵に引き渡された話をした。聞くピレーネの目に穏やかな光が戻るのを見て、コスミオは疑いを晴らせたのを感じた。

「そうじゃあなあ・・・王子の行方をお前などが知るはずがないな・・・そうじゃ・・コンボット舘にコンデレットという娘はいなかったか?キードレル姫の世話係として舘にいたと思うが・・・」

「コンデレット!知っていますとも。私は彼女と気が合いました。誰にもやさしくて、私達の中でも一番キードレル姫様に気にいられていました。でも・・・あの・・・コンボット舘で命を落としたはずです」

 忘れかけていた悲しみが襲って来る。彼女とは恋や夢を夢中で語り合った。コンデレットに限らず、多くの娘、若者が呆気なく命を落としてしまった。

「そうか・・・コンデレット様も亡くなられたか・・・」

がっくりと肩を落とすピレーネ。彼にも事情がありそうだが、コスミオは聞けなかった。悲しみを慰め合うには二人の間には距離があった。


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