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十二章 スレディノカ&コスミオ 154 キュービック

・・・六・・・


 サービアに入った。スレディノカがコンボット館に向かった前と雰囲気が一変していた。 角々の要所に数十人の規模で、完全武装姿で首都警護軍が警戒している。近衛軍本部に行ってみたが、原形をとどめないほどに焼け落ち、無惨な姿を晒していた。近衛軍兵士の死体がなかったのが、唯一の救いだった。

「伝統ある本部がこの姿とは・・・忘れないぞ・・・」

 スレディノカは涙を堪えながらその場を離れ、サイナップから教えられたキュービックの屋敷を訪ねることにした。その屋敷は近衛軍本部からそう離れていない場所のはずだった。

・・・この屋敷だ。キュービック様とお会いするのは初めてだな・・・

 注意深く近づいた。意外なことに、屋敷の周囲には首都警護軍の姿はなかった。サイナップに関わる屋敷だけに、首都警護軍の手が伸びていないことがスレディノカには不思議だった。

・・・祖父との関係は公には知られてないのだな。これはよほど祖父と親しいか、反対に祖父が思っているほど親しくないか、どちらかだろう。王子を託す大きな決断をした祖父のことだ。落ち度はあるまい・・・

 スレディノカは正門から堂々と入ることにした。どこで誰が見ているかも知れない。裏口から入らない方が自然だと考えたのであった。

「私はさるお方に頼まれて参りました。この手紙を御主人にお渡し下さい」

 出て来た使用人にサイナップからの手紙を託した。屋敷に長く仕えてきたとわかるその男を直感で信用した。使用人は差出人の名前を読むと、手紙を届ける前にスレディノカを屋敷内に通した。

「主人に手紙を届ける前に、私を屋敷内に入れてもよいのですか?」

「構いません。サービア内は首都警護軍が支配しています。近衛軍本部はひどい有様です。それが陛下の御意思なのかどうかは全くわかりません」

「陛下の御意思ではありません。詳しいことはお話できませんが、ペリルポイル様の謀反です。私の名はスレディノカ、サイナップは祖父です」

「おお、サイナップ様のお孫様ですか。道理でサイナップ様似でいらっしゃる。主は突然首都警護軍から呼び出されました。ほどなく戻られます。食事の用意をさせますので、召し上がって下さい。それとこの手紙は直接主にお渡し下さい」

「やはり首都警護軍がやって来たのか?」

「はい。サイナップ様と主が親しい間柄であるのを調べたようです。スパークスの手の者が増えたから用心はしておりましたが・・・」

「そうであれば、キュービック様はすぐには戻されまい」

「いえ、大丈夫です。主の役目は国の礎に関わる重い役目です。首都警護軍といえども、主を屋敷以外で一晩泊めることなど出来ません」

 よほど主に自信があるのだろう。その男はきっぱりと言い切った。スレディノカはそれを聞くと安心し、用意された食事に手をつけた。空腹が満たされたら睡魔が襲って来た。


「スレディノカ様、スレディノカ様・・・」

 誰かが呼んでいる。スレディノカは目を覚ましたが、疲れがまだ残っているのを感じた。目を開けると使用人の男がいた。そしてその後ろに長身の痩せた老人が立っていた。

「主のキュービックです。たった今戻られました」

 スレディノカは慌てて立ち上がった。祖父のサイナップの親友であれば無礼な振る舞いは出来ない。

「大変な事態になりましたな。世の中、先が見えないとはよく言ったものです」

「祖父から手紙を渡されました。お読み下さい」

 スレディノカは手紙をキュービックに手渡した。キュービックは手紙を読み、暫く目を閉じ無言だったが、不思議な微笑みを浮かべると口を開いた。

「サイナップの遺言ともいえる手紙を読ませて頂きました。一世一代の不覚と嘆いていますが、この世を去る土産にと、このわしに大変な役目を背負わしおった。自分はさっさと逝きおって困った奴よ。委細承知したぞ。スレディノカ・・・。コンコール、妻を呼んで来なさい」

 使用人の名がコンコールと知った。

 コンコールは主の妻を呼びに姿を消した。

 ばたばたと急ぎ足の音がして、キュービックの妻が姿を見せた。スレディノカは妻と聞いて年老いたキュービックと同年代の老婦人を想像していたが、姿を見せたのはスレディノカと同年代と思える若々しい女性だった。キュービックとは親子、いや祖父と孫娘のように見える姿であった。

「スレディノカ、何を驚いている?わしの妻のシャハタイルだ。もちろん彼女は初めての妻ではない。四人目の妻で、結婚したばかりだ。サイナップもそこまでは知るまい。知っていればこんな手紙を寄越さないだろうが・・・まあ・・・いい。これも運命だ。シャハタイル、こやつはわしの悪友、サイナップの孫だ」

「初めてお目にかかります。シャハタイルです」

 スレディノカは真っ直ぐに目を見て挨拶され、どう返事していいかわからず下を向いた。

・・・堅物な祖父にこんな親友がいたとは・・・。それにしても美しい人だ・・・

「挨拶はこれまでじゃ。さあ・・・王子の顔を見せてくれ。この二人なら気にすることはない」

 キュービックに促されてスレディノカは鎧を脱いで、その背中を開けた。今朝コスミオと蓋を開けて無事を知っていたが、それから更に時間がたっていた。

「おおっ!このお方がドンジョエル陛下の忘れ形見か・・・御無事で・・・良かった」

「まあ!可愛い王子様」

 若いにもかかわらず、慣れた手つきでシャハタイルが王子を抱き上げた。王子が広い世界に取り出され、元気な泣き声をあげる。

「王子にお乳はあげましたか?」

「いえ、まだです」

「それはいけません。あなた、王子にはお乳が必要です」

「そうじゃな。場所を変えよう。これから先の相談もある」

「先の?まだ油断できないのですか?」

「わしは警護軍に目をつけられた。今日は警護軍を屋敷内に入れる条件を認めて戻れた。奴等は明日にも屋敷にやって来る。奴等が来るまでに王子を隠さなければいけない」

「隠す?どこか別に隠れ家があるのですか?」

「まあ黙ってわしについて来い。サイナップがわしに頼った理由がわかるというものだ」


 キュービックは先に立つとスレディノカを案内した。コンコール、シャハタイルも一緒だ。シャハタイルが王子を抱いた。

「ここだ・・・」

 キュービックは大きな扉の前でやっと立ち止まった。扉の前には屋敷内で初めて見る屈強な兵士が四人、二人ずつ扉の左右で警護している。四人は初めて見るスレディノカに鋭い視線を投げかける。今にも襲って来そうなほどの迫力に富んでいた。

「こやつはわしの大事な客人だ。心配するな」

 キュービックはそう説明すると、首に下げた鍵で扉を開けた。

「大きな声を出すな」

 キュービックの注意が飲み込めないままにスレディノカは後に続いた。そして部屋に入った途端、あまりの光景に目を剥いた。

「この部屋は・・・」

 驚くのも無理もなかった。部屋には小さなベッドが列をなして並び、そのベッドには赤ん坊が寝かされていた。ざっと見回しただけでも数百人もの赤ん坊達だ。その子供達を大勢の若い娘達が世話をしている。スレディノカはどう質問していいかわからなかった。ただ呆れて見回すしかなかった。

「驚くのも無理はない。この部屋に入った者は数少ない。ドンジョエル陛下、ペリルポイル、サイナップ、わし達を除いたら数人しかいない。そして世話係の娘達は、皆それぞれ身元の確かな者ばかりだ。この部屋の意味がわかるか?」

 スレディノカは答えが見つからなかった。

「理由は想像できませんが、私などが知ってはならない大変な秘密だと思います」

「その通りだ・・・。ドンジョエル陛下が非業な御最後をされなければ、多分知る機会もなかっただろう。いいか・・・今から話すことはお前の頭の中に留めておくのだ。他言はしてはならない」

「はい」

「わしがこの役目を任されたのは数年前のことだ。それは首都警護軍と近衛軍との間で、タイガルポット出身者の入隊を争い始めたことから始まった。そもそも近衛軍はドンジョエル陛下直属であり、タイガルポットでも優秀な者達が集まっていた。ところがここ数年、ペリルポイルの警護軍が急速に力をつけるに従って、タイガルポット出身者が警護軍にも入隊し始めた。自然の成行きで、どちらとも多くの人数を集めたいと入隊を巡って対立するようになった。聡明なドンジョエル陛下は、争いが帝国の分裂に至らないようにと、ペリルポイルとサイナップを呼んで一つの案を示された」

「陛下が・・・案をだされたのですね」

 スレディノカはドンジョエル国王の顔を思い出した。圧倒的な不利な戦いの中でも悲壮感は微塵も出さず、誰よりも輝いていた国王。その大きさを噛みしめる。

 なおもキュービックは話を続けた。

「陛下は互いの立場を認め、特別なタイガルポット創設を考えられた。王家のタイガルポットとも言えるものだ。征服国の王家、貴族、はたまた我国の貴族、有力武将に関わりのある家の赤ん坊を集め、それらの者達を将来の幹部として育て上げる。そしてその者達を平等に警護軍、近衛軍に割り当てる。両軍には育てた者の成績は教えるが、出身は教えない。各家も事前に細工は出来ないし、どちらかに特定の者達が集まることもない。さすれば余計な対立は起こらない。わしはその新タイガルポットを任されて、この上ない喜びであった」

 キュービックは顔を紅潮させ、その時の喜びを語った。スレディノカも近衛軍、警護軍の対立を知っているだけに、その独創的な発想に国王の偉大さを知った。

「素晴らしいお考えです。確かに両軍の確執は激化していました。他国も絡むと大乱になる懼れさえあります」

「しかしなあ・・・時の流れは早いようで遅い」

「どういう意味でしょうか?」

「若いお前では分からぬことじゃ。よく聞け。一期生はまだ十歳にも達していない。陛下への忠誠心は旺盛だが力がない。陛下が亡くなられ、近衛軍が潰えた今となっては、わしが心血注いで育んできた者達は、全てペリルポイルの配下となるだろう。もう十年は陛下の世であれば、いい国になったのだが・・・な・・・」

 ため息混じりに話を終えた。スレディノカもキュービックの悲しみがわかった。ドンジョエル国王のためにやって来たことが、憎むべき男を更に成り上がらせることになるのだ。慰めの言葉も見つからず、押し黙った。

「そう悲しげな顔をするな。お前が考えていることはわかる。しかし、お前がここに王子をお連れしたことで、王家再興の道は残された」

 自分への慰めの言葉だとスレディノカは思った。ありがたかったが、感傷に浸ってはいられない。キュービックに王子の逃れ先を相談しなければならない。明日にも警護軍がこの屋敷に来ると聞かせされたばかりだ。残された時間は少ない。

「キュービック様、明日にも警護軍が来るのでしょう。王子を今夜の内に逃さなければなりません。どこか格好の地はありませんでしょうか?」

 キュービックはスレディノカをじっと見た。まだまだ若いと思った。

「わしの話を上の空で聞いていたのか?いいか・・・王子はこの屋敷に来られたことで命を長らえられるのだ。この何百人の中に王子を入れてしまえば、どれが王子なのかわかるまい」

「こっ、この中に・・・ですか?しかしペリルポイルは陛下を裏切った男。この屋敷を攻め、この赤ん坊達の命を全て奪えば、全てを終わらせられます。それだけの冷酷さを持っているのでは・・・」

 人間味のない酷いことを口にしたと思ったが、妥協は出来ない。自分がペリルポイルの部下であればそう進言するだろう。

「この赤ん坊達が普通の子供であればお前の言う通りだが、皆帝国を担う有力者の血を引く者達ばかりだ。警護軍、スパークスの幹部達に連なる者も大勢いる。ここに手を出すことは自身の首を絞めることだ。それは絶対にしない。だからこそサイナップはわしの屋敷に王子を送れと申したのだ」

「なるほど・・・よくわかりました。ここが一番安全な場所なのですね」

 スレディノカは安心した。それでも、もう一つだけ重要なことを聞かねばならない。

「しかし・・・こちらでも誰が王子かわからなくなってしまいます。陛下やキードレル姫から形見の品を預かってきましたが、付けるわけにもいきません。この点はどうなのですか?」

「ふん、少しは頭が回るようになったな。わしはこの赤ん坊の身元を全部知っているし、見分けもできる。だから心配するな」

「そうであれば・・・」

「もういい。この場での話は終わりだ。スレディノカ、お前は心配症だな。後で話をしよう」

 スレディノカは部屋から出されてしまった。


 キュービックがすぐに顔を見せると思ったが、なかなかやって来なかった。スレディノカは王子の側から離れたことを後悔した。

・・・祖父の親友と聞いていたが、初めて会う相手だ。王子を何百人もの赤ん坊の中に入れると言ったが、本当だろうか?もう王子の顔を区別する自信はない。王子だけ警護軍に渡されてもわからない。これは、死んで詫びても許されるものではない・・・

 不安が大きくなる。何もしないでじっと待つのに耐え切れなくなって、部屋を飛び出そうとした時に、やっとキュービックが姿を見せた。

「待たせたな・・・」

「お待ちました。キュービック様・・・王子は?」

「さっき話した通りだ。あの部屋の中に残して来た。皆を部屋から出して、わし一人で王子をベッドに寝かせた。世話係の娘はおろか、シャハタイルでもわからない」

 それを聞いてスレディノカは安心した。今ここにはキュービックしかいない。さっき聞けなかったことを聞くには、好都合だった。

「キュービック様・・・それをお聞きして安心しました。しかし王子を血眼になって捜している警護軍が殺到してきます。奴等はどの赤ん坊が王子かを識別できるキュービック様を捕らえ、口を割らせようとするでしょう。拷問してお命を奪われることはないでしょうが、あのペリルポイルのことです。何をするかわかりません。あなたの事は信頼していますが、正直言って秘密が守り通せるかが心配です」

 王国の将来を、年老いたキュービックに頼り切るのは不安だった。

「確かにそうじゃ。わしが白状すれば、ドンジョエル陛下の夢が消える。わしが死んでも同じことじゃ。お前にしてはよく考えた。サイナップも喜ぶであろう」

 キュービックは満足そうに頷きながら、穏やかな声で言った。

「そんな悠長な!私にだけその方法を教えて下さい」

「それはできん。サイナップの遺言だ。だが・・・わし以外にもわかる者がいることを教えてやろう」

「やはり、いらっしゃるのですね。それはどなたですか?」

「その者の名はヘドロバだ」

「ヘドロバ・・・あのヘドロバ様ですか?」

「そうじゃ。陛下の密命を帯びて遠征している。あの婆さんに聞けばわかる」

「ただの占い師ではないのですか?」

 ヘドロバを遠くから見たことはあった。不気味な老婆で、過去に国王の命の瀬戸際を何度も救ったと噂で聞いた。だが・・・その占い師でも国王を救えなかった。

「ヘドロバ様は陛下の命をお救いできませんでした。そんな占い師を信じていいのですか?」

「サイナップに聞いたが、遠征に行く前にヘドロバは陛下の元に挨拶に来た。陛下は『占って欲しい』と言われたが、『もはや偉大な陛下を占うことなどできません』と言って占わなかったと聞いた。陛下の絶頂期を思えばそうであろう。その点がペリルポイルには幸運だったし、陛下には不幸であった。運命からは誰も逃れられぬ。人の世とはそんなものじゃあ。時間がない。お前はサービアを離れてヘドロバを頼れ。それとシャハタイルも連れ出してくれ。孫娘のような妻だが、警護軍に捕らえられて難儀させたくはない。頼んだぞ」

 スレディノカは頷いた。警護軍がこの屋敷に来れば、自分の素性はばれてしまう。シャハタイルのことは余計であったが、キュービックの頼みは断れない。コスミオを妻にしたスレディノカは、愛する者を逃したいと思う気持ちはよくわかるのであった。

「わかりました。シャハタイル様のことは命懸けでお護りします」

「頼んだぞ・・・お前なら妻を託せるからな」

「託す?」・・・スレディノカは微妙な言い回しが気になったが、それは聞けなかった。キュービックはスレディノカをもう一度じっと見たが、それ以上何も言わなかった。

 キュービックは一度部屋から出ると、シャハタイルを伴って来た。スレディノカの前でのキュービックと彼女の別れは、実にあっけないものであった。


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