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十二章 スレディノカ&コスミオ 153 献身

・・・五・・・


 どの位眠っていただろう・・・。スレディノカは壊れかけた壁から差し込む明かりで目を覚ました。コスミオが安心しきった表情で眠っている。

「コスミオ、夜明けだ」

 スレディノカはやさしく妻を起こした。

「お早う、あなた・・・。恥ずかしいわ」

 コスミオが胸に顔を埋める。甘い娘の香りにスレディノカは目眩がしそうだった。妻を欲しい気持ちを押さえ込み、ゆっくりと起き上がった。

「いい天気だ」

「そうね。とっても気持ちがいいわ」

「明日も一緒に朝を迎えたいが、それはできないのが悔しい」

「私も・・・でも今日があるから、明日がくるのよ。悲しまないで」

「ああ」

「それにしても美しい光だ」

 二人にとって、特別な思いで迎える夜明けだった。この時が永久に続くように願ったが、それが無理なことはわかっていた。最初で最後かも知れないのだ。

「さあ出発するぞ。身支度をしてくれ」

「はい」

 身支度を整えて戸外に出た。スレディノカは一見乱暴に縛ったように見えるやり方で、コスミオを後ろ手で縛った。コスミオは更に服と顔を汚し、靴を脱いで、いかにも粗雑に扱われたように装った。

 門に近づくと、昨日と同じように長い列が続いている。各地からサービアに集まる人々は多く、いつものようにすぐに入れるだろうと時間など気にしないでやって来る。朝市で稼ごうとする商人達も数多くいるのだ。

「それっ!ぐずぐずしないで歩くのだ」

 馬上からスレディノカは大声で命令し、並んで待っている群衆の側を抜けて行く。コスミオを縛った綱を鞍に結んで、無表情で前を見つめて進んだ。

「おい、見ろ。これは一体どうしたことだ?」

「見れば若い娘じゃあないか。縛って馬で引くなど、普通じゃないな」

「よほどの罪人なのだろう」

「しかし、少し扱いがひど過ぎると思わないか?」

「おいっ、声が大きい。兵士に聞こえるぞ」

 待つ苛立ちも忘れ、群衆は奇異な二人を見て小声で話すが、スレディノカに問い掛ける勇気を持った者はいなかった。

「コスミオ、今からが本番だ」

「はい」

 混雑するはずだ。門は数人しか一度に通れない程に狭められ、武装した何十人かの兵士が目を光らせていた。門脇には昼夜で見張る兵士の休み場所としてセルタまで設営されていた。

「おい、お前は何者だ?」

 異様なスレディノカとコスミオの姿を見て、何人かの兵士が駆け足でやって来た。そしてあっという間に馬を取り囲んだ。

「どけ!じゃまをするな」

 スレディノカは馬上から一喝し、馬を進めた。兵士達はその一言でたじろいだものの、囲みはとかず、警戒したままの格好で移動した。自然とスレディノカが兵士達を引き連れる格好になった。

「お待ち下さい。このまま通すわけにはいきません」

 兵士が呼んで来たのか、やっと警備の指揮者と思える男が現れた。

「なぜ私を止める?私は急いでいる。そこをどけ」

 スレディノカは、馬から降りるそぶりも見せない。

「部下に失礼があったならお許し下さい。私も役目柄あなたがどなたであれ、お止めしなければならない」

「そうか、役目も大切だからな」

「わかっていただければ結構です。あなた様の姓名をお名乗り下さい」

「それはできない。私も重要任務の途中だ。名乗れないことをわかってくれ。急いでこの娘を尋問しなければならないのだ」

「娘を・・・?・・・」

 初めてその指揮者はコスミオに視線を投げ掛けた。汚れた服に裸足の娘。それに後ろ手で縛られている。

・・・何か事情がありそうだ・・・。しかしわけを聞かないで通せば、わしの責任問題になる。何としても、訳だけは問いたださなくてはならない・・・

「私は責任者として無条件でお通しできません。たとえこの剣にかけても」

「流石に我軍の兵士だ。お前は役目に忠実だ。では・・・こうしよう。任務上名乗ることは出来ないが、この娘の正体を言えばお前も私の役目の重さがわかるだろう。いいか・・・こやつはコンボット館でキードレル姫様に仕えていた娘だ。ドンジョエル陛下をも見知っている」

「えっ!コンボット舘の娘ですかっ」

 一瞬にして指揮者の表情が変わった。指揮者は極秘に、『特にコンボット館の方角から来た者を厳しく調べろ』と命令されていたのだ。すぐにここに駆けつけ、多くの兵士を配置していたが、怪しい者は一人として見つけられなかった。それが・・・今・・・コンボット館にいた娘が現れた。大手柄の男の幸運さを羨む気持ちになった。

「わかりました。私は上官から『コンボット館方角から来た者に注意を払え』と命令されています。その理由はわかりません。ただ・・・上官はそれらの者達を捕らえたら大変な手柄となると言っていました。あなた様は・・・運のよい方らしいですな」

「そうとも限らない。話次第ではお前にこの娘を譲ってやってもよい」

「えっ!この娘を・・・ですか・・・本当によろしいのですか?」

「そうだ。私は別の役目で、急いで訪ねなければならない処がある。この娘は私にとって足手まといだ。ここまで連行し、信頼の置ける隊長に引き渡せば文句を言われることもない。それにサービアに入ってまで、娘を縛ったまま歩かせるわけにはいかないだろう」

「私がここで捕らえたことにしても構いませんか?」

「これも何かの縁だ。ただし私のことは記録に残すな。お前も手柄を譲られた証があるのは、後々心配だろう」

「そこまで御配慮いただけるとは・・・。約束します」

 指揮者の顔がほころぶ。大変な手柄が転がりこんだのだ。

・・・この方は、騎乗できる身分だ。手柄などには無関心なのだろう。いやいや・・・次のもっと大きな役目のために、ほんとうにわずらわしいのだろう・・・

「それでは私がお預かりします」

「それで結構だ。だが一つ言っておくが、この娘の父親はサービアでもかなりな地位らしい。ドンジョエル陛下お気に入りのキードレル姫様にお付きの娘だ。その辺りの普通の娘とは違うぞ。失礼なことをすれば、お前の首など容易く飛ぶことを忘れるな」

「承知しております」

 スレディノカは返事を聞くと、鞍に結んだ綱を解いて無造作にその男に投げた。そしてもうその娘には一切関心がないように見向きもしなかった。コスミオもその後ろ姿を、無表情で見送っていた。二人の心の叫びは、誰にも聞こえない。


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