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十二章 スレディノカ&コスミオ 152 耐えるために

・・・四・・・


 夜明けが近くなった頃、サービアが遠望できる地点まで到達した。軍事大国の首都を守る城壁が強大な壁となって目に飛び込んで来る。それがいつもは安心感のある心地よい眺めとなるのだが、自分を拒む圧倒的な存在として迫っているように思えた。

・・・首都警護軍のドンジョエル国王への反乱は、見事なまでに成功した。首都もその一派に制圧されているのは間違いないだろう。さて、どうしたものか・・・

 サイナップから指示された屋敷まで行くためには、サービアに入らなければならなかった。それには特に警護が厳重な門を通らなければならない。コンボット館方角以外の門から入れば疑われる心配も少ないが、遠回りする時間がなかった。背負った王子を一刻も早く取り出さねばならなかった。スレディノカは馬を急がせた。

「スレディノカ様、御覧なさい。あんなに大勢の人が並んでいます。何かあったのでしょうか?」

 言われる前に、スレディノカも多くの者が群がっているのに不信感を持っていた。ドンジョエル国王の自信の現れで、サービアの城門は一度に何百人も通り抜けられほど広かった。遠征軍が出陣する時は、何十列もの幅にもなっていた。大きな城門が一度開けば、何百人、何千人もの群衆が城内に容易には入れる。それが待たされる光景など、初めて見るものだった。

「あんなに大勢の者が待っている。何かあったのか?」

 荷馬車に多くの物品を積み、待たされて苛立っている商人風の男に聞いてみた。

「私もよくサービアに来ますが、こんなことは今までに一度もありませんでした。使用人に様子を見に行かせました。間もなく戻って来るはずです」

「そうだな。商売人は時間が命と聞く」

「そうです。この荷も約束の時間に届けなければ、値切られて損をします」

「なかなか大変だな」

「はい。早く城内に入れればいいと願うばかりです」

 取り止めのない話をしているところに、使用人とおぼしき者が帰って来た。その使用人は浮かない表情であった。主人の期待した顔を見て口ごもった。

「どうした?早く話せ」

「いい話ではありません、御主人様。城内に入るにはまだまだ時間がかかりそうです。何でも大きな騒動が起こったらしく、大変なことになっている様子なのです。顔見知りの兵士達が殺気立っています。入城する者達を全て厳しく取り調べるというのです」

「そうか・・・儂達はいつ頃入れるのだろうか?」

「少しお金を渡しておきましたが、それでも夕方近くになると思います」

「まあいい・・・それでも、今日中には入れるのだな。特別な事とて相手も大目に見てくれるだろう。のんびり待つとするか・・・」

「御主人様、私共の扱い品が日持ちのする物でようございました。魚や野菜などであったら大変なところでしたよ」

「そうであろうなあ・・・」

 商人は話を終えると、黙って聞いていたスレディノカに目を遣った。

「お聞きの通りです。余程のことが起こったのでしょう。見たところあなた様は国軍の方ですな。我々と違って優先していただけるでしょう。羨ましい限りです。これも多少の縁。我々もすんなり通して頂けるようになりますまいか?」

「いやいや、それは無理だろうな」

 商人らしい抜け目ない主人にスレディノカは曖昧な返事をすると、コスミオを促してその場を離れた。


「困った事態になった。商人は私が国軍兵士だから優遇されて入れると思っているが、警備が強化されたのは私を捕らえるためであろう。これではサービアに入れない。早く王子を外にお出ししないとならないのに・・・なんてことだ」

 スレディノカは頭を抱えた。コスミオはそんな姿をじっと見ていたが、何か大きな決心をしたように一人頷いた。彼女はスレディノカの目をしっかり見ながら、思いを口に出した。

「私にいい考えがあります。これならきっとうまくいきます」

「いい考え?」

 スレディノカはコスミオの顔を見た。輝く瞳に、少し期待を抱けるような気がした。

「考え?私もずっと考えていたが、いい考えが思いつかない。話してくれ」

「簡単なことです。私が囮になれば、あなたは堂々とサービアに入れます」

「囮になる?君が・・・?わからない・・・」

 スレディノカは首をかしげた。コスミオの話が飲み込めなかった。

「よろしいですか?警護軍には私達のことは伝わっていません。伝わっていれば、もっと多くの兵士達が私達を捜そうと、コンボット舘に急いで向かうはずです。不特定の怪しい者が入城するのを警戒しているだけです。陛下の御最後は明らかですから、最後までコンボット舘に残り、王子様のことを知っているかも知れない私の方が、敵兵達には価値があるはずです。彼等もまさか王子が戦場に行っているとは思ってもいないでしょう」

「確かにそうだな」

「そうでしょう。ですからスレディノカ様が、コンボット館で生き残りの娘を捕らえ、サービアに連行してきた兵士の役目をすれば、すんなりとサービアに入れます。戦場から直行して来たから、鎧姿でも疑われることはないでしょう」

「しかし・・・それでは貴女が捕らわれの身になってしまう。ドンジョエル陛下、キードレル姫様、それに生まれた王子のことを尋問されるに違いない。貴女の口を割らそうと拷問するかも知れません」

「恐れてはいません。私はコンボット館で死ぬことを考えました。王子のため・・・いえ・・正直に申しましょう。あなたのためであれば、わが身の命などいりません」

 コスミオはスレディノカを見つめてそう言った。感情を一気に話して、一層彼女の瞳の輝きが増していた。

「コスミオ・・・貴女と会い、名前を知ってから一日も経っていない。貴女は私のことをよく知らないし、私も一緒です。」

「いえ・・・スレディノカ様・・・私はあなたのことを、ずっと前から知っていました。キードレル姫様にお仕えしたのも、親衛隊にあなたがいらっしゃるからです」

「しかし・・・」

「いいのです。あなたのためなら、命などいりません。こんな私はお嫌いですか?」

「そんなことはない。あろうはずがない。貴女と会って、いつ名前を聞き出そうかと、悶々としていた」

「じゃあ・・・私の言う通りにして下さい」

「わかった」

 コスミオの申し出に、心ならずも二人の運命を賭けてみる気になった。

・・・もうあれこれ考える時間はない。コンボット館で命を拾い、首都警護軍からも逃れ、ここまでやって来た彼女を犠牲にすれば、王子をお救いできる。コスミオが命を落とした時は、俺も後を追ってあの世で謝ることにしよう・・・

「貴女の申し出を受けましょう」

「嬉しいことですわ。さあまいりましょう」

 心から嬉しそうにするコスミオ。スレディノカはその姿に感動した。この可憐な娘の思いに、何かをして応えたかった。

「貴女の命を預かることになった。王子をお預けしたら、どこに捕らわれていようが、必ず救い出すことを誓う。今貴方のために私が約束できることはこれ位です。他に私に出来ることがあれば何でもする。言って下さい」

「望みはあります。でも・・・」

 何かを言いかけたが、言葉を飲み込んでしまった。髪の毛を指先でいじりながら、口に出そうかどうか迷っている風だった。スレディノカはその恥ずかしそうなコスミオを愛おしく思った。一歩踏み出して抱きしめても、無礼を許してくれるに違いない。時が止まればいいと、心底思った。

「何か望みがあるのだな。言ってくれ」

 長い沈黙があった。待つスレディノカ、俯くコスミオ。自然に二人の距離が縮まった。

「コスミオ・・・」

 スレディノカはコスミオを抱き寄せた。コスミオは倒れるようにして、胸に飛び込んだ。抱かれたままコスミオは小さな声で言った。

「スレディノカ様・・・。私をあなたの妻にして下さい」

「妻に・・・私の・・・喜んでその申し出を受けよう」

「本当ですか?」

「嘘はつかない。貴女を信じられるからこそ、王子のことも話した。隠しごとは何一つない」

「嬉しいわ」

「よし、サービアに向かおう。でもその前に王子の御様子を見ておかないと」

「もう長い時間鎧の中でお過ごしでしょう。大丈夫かしら?」

「大丈夫だ。偉大な陛下のお血筋だ。心配はいらない」

 スレディノカはそう言ったものの、少し心配だった。コスミオを促して急いで群衆から離れた。


「コスミオ、ここなら人目にもつかない。王子が御無事か見てくれないか?」

 門からそう遠くなく、格好の場所を二人は捜しあてた。それは森のはずれにある粗末な小屋で、昔は門限に間に合わずサービアに入れない者が一晩過ごしていたに違いない。ドルスパニア王国が強大になると、攻め寄せられる心配もなくなり、門限も有ってないのも同然で、今は足止めされる者いない。長らく使われることもなく、訪れる者もいないようで、朽ち果てるのを待っている状態だった。

「王子を受け取ってくれ」

 スレディノカはコスミオに手伝わせて、鎧を脱いだ。

「この中に王子が?お願い、無事でお顔を見せて下さい」

 床に鎧をそっと置き、留め具を外した。ぱちんと小さな音をたてて鎧の背中が開き、二人が同時に覗き込むと、すやすやと眠っている赤ん坊が見えた。

「まあ、可愛い。御無事でよかったわ」

 コスミオがその柔らかい頬を指先で撫でる。

「スレディノカ様、お強い王子ですわ。これならまだしばらくは、大丈夫です」

「そうかっ!貴女が一緒で助かった。私一人だときっと途方にくれていた」

「お役に立てて何よりですわ。さあ私を縛って下さい」

 スレディノカは縛るための綱を手にした。

「手を後ろで組んで下さい。痛くないように縛ります」

 群衆の前ではゆっくりと縛れない。人目を気にせずここならコスミオに痛みを与えない縛り方ができると思った。

「スレディノカ様。さっき妻にする誓いを信じてよろしいのですね」

「もちろんだとも。ドンジョエル陛下の親衛隊員は、一度した約束は必ず守る。名誉は命よりも大事だ」

 スレディノカはコスミオの前で跪くとそう言った。親衛隊の誓いの固さを知らない彼女ではないのだが・・・とも思った。

「その言葉を信じています。それを承知で、敢えて私のわがままを申し上げます」

 コスミオの瞳が一層燃え上がるのをスレディノカは見た。

・・・彼女の感情が昂ぶっている。囮になる以上の決断をした予感がするが、今はそれを聞き出す余裕はなかった。

「後ろ向きになって、両手を出しなさい」

 コスミオが素直に従うと思ったが、彼女は瞬きもせず正面からスレディノカを見つめている。

「どうしました?企てを取りやめますか?」

「いえ、そうではありません。そうではありませんが・・・」

「うん?」

「お願いです、何も言わずに、私をここで抱いて下さい。妻にして下さい。妻としてなら、どんな拷問にも耐えられます」

 叫ぶように一気に言い放った。

 スレディノカは耳を疑った。抱いてくれ・・・妻として・・・?・・・

「君との約束は守ると誓った。言葉だけでは足りないのか?」

 聞き間違いではないとわかっていたが、もう一度聞かずにはいられなかった。

「女には言葉だけでは足りません。それをキードレル姫様から教えられました。ふしだらな娘と思われたくはありません。私の話を聞いて下さい」

 コスミオは館でキードレル姫と交わしたやりとりを語り始めた。

「私は戦場に向かうあなた方を送り出した後、キードレル姫様に呼ばれました。キードレル姫様は『陛下達は名誉を掛けて戦いに行きました。王子も一緒です。陛下は後に残る私のことを御心配されていました。陛下には最後の戦いを心おきなく存分に戦っていただきたく思います。私は陛下の憂いを無くすため今から館に火を放って命を絶とうと決心しました』とおっしゃいました。私は『陛下や王子が去られたからには、キードレル姫様は捕らえられても幽閉されるだけで、命まで奪われません』とお止めしました。しかしキードレル姫様は、『たとえ命を長らえても、陛下や王子のいない世界で生きることは死んだのも同然なのよ。あなたも愛する人や夫ができれば、私の気持ちがわかるわ』とおっしゃいました。その死を覚悟された姫様のお顔はとっても神々しく、美しいものでした。それからずっと私は考え続けていました。愛とは何だろう?母親とは何だろう?って。そして今答えを見つけました。あなたの恋人として耐えるよりも、妻として耐える方がもっと強くなれると・・・だからここで私を抱いて下さい。本当の妻にして下さい」

「なんという人なのだ!貴方は・・・」

 スレディノカは感動した。生まれてからずっと今まで感動する場面に出くわしていたが、これほどの気持ちになったことはなかった。タイガルポットを卒業し、希望する親衛隊に入れた時の感動など、今の気持ちからするとちっぽけなことに思えた。自分のために命を投げ出す美しい娘・・・いや・・・妻と呼べる相手と出会えたのだ。これに勝る幸せはなかった。

「コスミオ、出発は明日にしよう。今夜はここで夫婦として朝を迎えたい」

「はい・・・」

 スレディノカはコスミオを抱きしめるとそのまま床に寝かせた。粗末な床に横たわる美しい娘。彼女は身を固くして目を閉じている。娘の手一つ握ったことなどないスレディノカには勝手がわからない。それでも震える手でコスミオの服を脱がせてゆく。逃避行で薄汚れた服の下から現れた美しい白い肌を見た時から、本能が思考に先行していく。何も知らない二人が抱き合って・・・慌ただしいが、忘れない時が長い時が過ぎて行く。


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