十二章 スレディノカ&コスミオ 149 希望
・・・一・・・
暗い夜道を急ぐ姿・・・その逞しい歩調とあまりにかけ離れた悄然とした顔を見ると、誰もが声を掛けられない雰囲気を醸し出す若者がいた。・・・それもそのはず・・・戦場にドンジェル国王と多くの仲間を残して、背負った王子を逃すために祖父、サイナップの首を断腸の思いで斬らされたスレディノカだった。
途中で敵兵に見つかったものの、怪しまれないために祖父の首を渡してしまった。相手を斬り捨ても出来たが、その気にさせない掴み所のない性格を持つ相手だった。それに祖父は名高い勇者だけに、首を渡してもペリルポイルが粗略に扱うこともないとも思った。
・・・首を埋葬する時間も惜しかった。俺は戦場で散った者、コンボット館で炎の中で身を焼いたキードレル姫様達の夢を背負っているのだ。祖父もわかってくれるだろう・・・
背中の膨らみを何度か触ってみたが、何一つ傷がないことに安心していた。戦場では剣を抜くこともなく、ひたすら目立たぬように振る舞った。仲間の最後を遠くから歯を食い縛りながら見るしかなかった。全ては王子のためだった。
・・・お預かりしてから、もうかなり時間がたった。サービアに帰るまでは王子に我慢して頂くしかない。早く行かなければ・・・
それよりスレディノカの今の不安は、王子が泣き出すことだった。泣き出してしまったら、乳飲み子の扱いなど全く知らない彼にはどうしようもない。サイナップから聞かされたサービアに住む彼の親友の屋敷に辿り着くまでは、眠り続けて欲しいと念じていた。サイナップから手渡された手紙の内容は教えられていないが、届ければ役目は終わるのだ。
そんな時・・・だった・・・
「誰かああ・・・助けてぇ〜」
かすかな叫び声が聞こえた。
・・・むっ、娘の叫び声だ・・・
スレディノカの顔に緊張が走る。
・・・困ったぞ。ここで面倒なことに巻き込まれたくない・・・
スレディノカは迷った。歩く者も少ないこんな時間の騒ぎに係わるのは、大抵の場合はろくなことがないように思えた。しかし、サービアへ向かう道は他になく、避けては通れない。
・・・え〜い、ままよっ。か弱い娘の難儀に知らぬ顔もできまい・・・
馬を急がせた。近づくにつれて、はっきりと声が聞こえてきた。松明の明かりが見え、道の真ん中で無法な振る舞いが起きているようだった。
・・・無法者が!許さぬぞ・・・
スレディノカは馬を下りると立木に繋ぎ、足音を忍ばせた。サービアまで急がねばならない身だが、剣には自信があった。
月明かりの中、忍び寄ったスレディノカは状況が把握できた。後ろ姿でしか見えないが、一人の娘を五、六人が取り囲んでいる。馬に乗った男も二人ばかりいて、馬上から女を見下ろしている。
「やっ!あれは・・・」
彼等を見てスレディノカは目を見開いた。何ということだ!コンボット館を襲った首都警護軍の兵士達がいた。
・・・こんなところをも警戒していたのか?館から逃げ延びた者を捕らえるためだな。用意周到なことだ・・・
スレディノカは、ペリルポイルの意気込みと恐ろしさを感じた。
「娘!助けを求めてもこんな時間には誰も来ぬ。お前が正直に申せば手荒なことはしない。俺達は礼儀を重んじる首都警護軍だからな」
「何度聞かれても、私はお尋ねになったコンボット館とから逃げてきたのではありません。私はこの近くに住む農家の娘です。コンボット館や国王様のことなど何もわかりません。」
娘は小さな声で答えている。後ろ姿も小さく、細かく震えているのがわかった。
「それでは聞くが・・・こんな夜中に娘一人で夜道を歩くこと自体怪しいのだ。それにお前の服は、農家の娘が着る服ではない」
馬上の兵士は声高に言った。自分の観察眼に相当の自信を持っているようだ。
「ではその理由をお答えすれば、お疑いが晴れるのですね。簡単なことです。明日友達がサービアで結婚式を挙げます。私はそれに出席するために、めったに着ない晴れ着で時間に間に合うように夜中に出発したのです」
「うむ・・・しかし・・・娘が夜道を・・・お前の両親がよく許したな。見れば可愛い顔をしている。それにその姿・・・荒くれ者達に出くわせば、ただでは済むまい」
「そんなお言葉を、首都警護軍のお方から聞かされるとは思ってもみませんでした。この国はドンジェル国王陛下が治められています。これまで国内に盗賊の出た話など聞いたことがありません。夜中だって安心して歩けます。そうではありおませんこと?」
小娘だと呑んでかかっていた馬上の男は、この言葉に言い返せず、思わず黙ってしまった。しかし直感で「怪しい娘」と疑って引き留めた思いは、この言葉で逆に強まった。
「確かにお前の言うことにも道理があるが、このままサービアには向かわすわけにはいかない。俺達の本隊がコンボット館にいるから、そこまで同道してもらう」
「それでは結婚式に間に合いません」
「ふん、安心するがいい。お前がコンボット館に関わる娘でないとわかったら、馬車で送ってやろう。サービアまで歩く時間を考えれば、館まで引き返して馬で行っても大差あるまい。どうだ!娘。これなら文句がないだろう・・・。お前は頭が良さそうな娘だが、頭を使えるのはお前だけではない。おい!お前達!娘を縛り上げろ」
勝ち誇った馬上の男は兵士達に命令した。兵士の一人が娘を縛ろうと近付いた。
「うわあ〜」
その兵士が突然腹を押さえて倒れ込み、苦痛にのたうち回る。
「私に近寄らないで」
娘は血濡れた短剣を真っ青な顔をして、胸の前で構えた。仲間を刺された兵士達が慌てて剣を抜き、仲間の仇を討とうとした。
「待て、斬るな!この娘は間違いなくコンボット館の者だ。殺さずに捕らえるのだ」
兵士達は後ろに下がり、剣を鞘に戻すと細長い警棒を構えた。
・・・生き残っていたのか・・・あの炎の中で皆死んだものと思っていたが・・・
スレディノカは取り囲んでいる人数ならわけなく斬り伏せる自信があり、そのやり取りをの人ごととして聞いていた。しかし、「コンボット館の者かも知れない」との言葉ではっとし、その娘が兵士を刺すのを見て更に血が沸き立った。
・・・娘の窮地を見過さなくて良かった。館で悲惨な目に遭った娘を、二度目の不幸が襲っている。これも何かの運命だ。俺が助けるしかない・・・
スレディノカはゆっくりと姿を現した。
「待て、お前達。その娘に手を出すことは、私が許さぬ」
「なっ、何者だ!」
いきなり声を掛けられ、兵士達が一斉に振り返った。娘も同じように振り返る。
「きっ、君は!」
振り返った娘の顔を見て、スレディノカは心臓が止まる思いがした。思い焦がれ、まだ名前も知らぬ娘がそこにいた。コンボット舘でキードレル姫と共に炎の中で最後を遂げたものと諦めていた娘。
「あっ、スレディノカ様!どうしてここに?あなたも御無事だったのですね。陛下も御一緒なのですか?」
頼もしい味方の出現に娘が口走った。
・・・しまった!正体が知られてしまう・・・
止める間もなかった。娘はあまりの嬉しさに我を忘れていた。
「聞いたか!コンボット舘の者を二人見つけるとは・・・。これはとんでもない大手柄だぞ」
「逃がすな。男は斬捨ててもいいが、娘は生け捕れ」
「わかりました。油断するな!」
兵士達は娘の言葉で、突然現れた邪魔者が国王側の者と知った。彼等はペリルポイルの率いる首都警護軍がコンボット館を襲うのを知っていて、首都サービアを制圧した後に攻撃軍に合流するための援護軍の先駆けであった。そしてコンボット館への道で怪しい娘に出会い、尋問している最中だった。そこへ娘よりもっと価値のある男が、いきなり現れたのである。
「相手はたかが一人だ。取り囲んでしまえ」
娘は捕らえたのも同然だった。馬上の兵士は馬から飛び降りると、剣を引き抜きながら命令した。命令された兵士達は娘の囲みを解き、細長い警棒を捨てて剣を抜くと、猛然とスレディノカに向かって来た。
「安心なさい。あなたのことは必ず私が守る」
スレディノカも娘に声をかけると、同時に剣を抜いた。相手は八人。見るところ強敵ではない。一人、二人倒せば逃げ散るはずだが、自分達が国王軍の生き残りだと知られるわけにはいかず、この場から誰一人逃がす気がなかった。




