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十一章 再会 148 ひと時の安らぎ

・・・十四・・・


 ポレルはサイノスを抱き締めたまま、バーブルの歌をうっとりとして聴いていたが、小さな声で「あら・・・嫌だ・・・バーブルは・・・私を踊らせようとしている」と言って、サイノスの胸をそっと押して立ち上がり、焚き火から少し離れた場所に行った。そして何をするのかと見ているキトの視線の中で上着を脱いだ。

 脱いだ上着の下には、大きく背中と胸が開き、生地が薄い服しか着ていない。昼間であれば肌を露にできないが、信じられる仲間に踊りを披露する方に気持ちが向いていた。それに厚い上着のままでは自由に踊れないのだ。上着を脱ぐのを恥ずかしいなどとは考えず、バーブルの歌をどうこなそうかに意識を集中させていた。キトを骨抜きにしたポレルの豊かな胸が息づき、白い肌が月の淡い光を受けて蒼く輝く。

 最初の歌で踊りの構想は描けた。ポレルはバーブルがもう一度歌う前にあの砦で舞った時の姿勢を取った。背筋を緊張させ足を交差し、右手は満月を支えるように頭上に伸ばす。

 バーブルはポレルが誘いに応じたと知ると、その間歌わず演奏だけを続けて彼女を待っていた。そしてポレルが踊りの姿勢をとるのを見て二度目を歌い始めた。

 ポレルがその歌に合わせて静かに踊り始める。踊るのは砦の別れの宴以来だったが、この即興の歌を以前に何度も踊ったことがあるかのような滑らかな動きだった。

 ポレルの創作的な踊りにはバーブルの即興演奏がよく馴染み、踊り手と弾き手が一体になる高次元の芸術までに洗練されていた。他の者の歌と演奏で踊ったこともあったが、無理に合わせて踊っているようで、どこか楽しめない所があった。その場で変わるポレルの感情に合わせて演奏を変えられる者はバーブル以外にいなかった。

 バーブルは彼女の動きに合わせて、強く踏み出す時は強く、沈む感情を出したい時は重々しく、晴れやかな感情を現す時は華やかに音の強弱や曲調を変えてくれる。彼の歌とシェードの響きに導かれると、踊っているのか踊らされているのかもがわからなくなり、鳥になって自由に大空を飛んでいる感覚と心地良さに包まれた。舞う楽しさから自然と微笑みも生まれ、それが見ている者に一層の輝きとなって、ポレルの踊りを際立たせていた。

・・・踊りはいいわ。バーブルの歌とシュエードは最高。私を思い通りにさせてくれる。砦での悲しい別れの時は気持ちも沈んだけど、楽しい気持ちで踊るのは私に合っている。悲しい踊りはもう踊らないことにしよう・・・

 踊りながら珍しく別のことを考えていた。バーブルには気持ちが入ってないとはすぐに知られるだろうが、気付かない振りと怒らないのが彼なのである。

 誰もが賞賛する優雅なポレルの踊りを見られる幸せ者はサイノス、バーブル、キトの三人だけであった。キトはポレルの踊りを初めて見て、胸に手を押し付けられた時以上に彼女に魅せられた。踊っている姿を全て脳裏に焼き付けようと、瞬きもせず見詰めていた。キトには彼女がバーブルの歌にあるように、地上に舞い降りた女神に見えるのである。そして同時にポレルを、『命を投げ出してもいい娘』と言ったカイデンの言葉の意味が呑み込めた。サイノス、バーブルがマヤジフのいたぶりにも耐えられた理由がはっきりとわかった。キトもポレルを守るためであれば、自分もそうできると思った。 

 熱い視線を感じたのか、目を閉じて踊っていたポレルが目を開けキトに微笑んだ。その瞬間キトは身体を突き抜ける熱いものを感じ、ポレルのためなら命を投げ出すことを誓った。かつてドンジョエル国王に誓った忠誠心は、幼い頃から教え込まれた絶対的、盲目的な感情であった。しかし今、キトは忠誠心と違った異性への熱い思いを感じていた。それが『恋心』という感情だと知るのはずっと後になってからであったが・・・。

 さっき感じた三人と自分の関係についての不安な気持ちは、もうどこにもなかった。ポレルの傍にいて彼女を守ることから始めて、新しい関係を築いていけばいいと決心したら迷いは消えた。ポレルを守りたいと願う心は彼等と変わりないのだから・・・。

 ここにバーブル、サイノスに次ぐポレルの守護者が新たに一人生まれたのである。


 ポレルはここ数日ではあるが、自分の中で何かが変わり始めているのを感じていた。眠る場所や食べ物がなくても苦痛でなくなった。目覚から眠るまでの一日が楽しくて仕方ないのだ。それは日々の生活に慣れたせいでなく、励ましてくれる者がいたからだ。

 シュットキエルを出た頃は、二人の足手まといにならないことで精一杯だった。髪を切って覚悟を示してついて来ただけに、野宿ばかりの毎日は辛いものだったが、二人に泣き言は言えなかった。しっかりした娘と信じたからこそ、彼等も一緒に行くことを許してくれたのだ。

 ある日本当に落ち込んで二人に隠れて泣いていた時に、その者、いや・・・その声が耳に届いたのである。

「ポレル、この位で泣いては駄目。あなたの涙はバーブルやサイノスを迷わすわ。あなたは二人にとって生きる希望なのよ。二人以外にも多くの者達が、もっとつらい痛みに耐えて、あなたと会えるのを待っている。あなたの笑顔がみんなを救うのよ」

 短い言葉であるが、耳障りのいい声で心に暖かく響く。バーブルやサイノスの声ではなかった。声を聞くと不思議と気持ちが落ち着き、眠る場所や食べ物のことで泣くのが悔しくなった。

・・・そうだわ、もう泣くのを止めよう。この声の主の言う通りだわ。苦しみや悲しみに耐えられない姿を他の人に見せられないわ。『サイノス、バーブルだけでなく、私の笑顔で幸せになれる人が他にもたくさんいる』って聞くと、明るく強く生きなくては・・・

 涙を拭いて立ち上がり、弱気になった自分を励ましてくれた礼を言おうとしたが、周りには誰もいなかった。立ち去る足音も聞こえず空耳かとも思った。しかし、それ以来判断に迷う時や悩む時に、助言と励ましが聞こえるようになった。

 ポレルはその声が耳でなく、心に届くことを知った。不思議な声と話せなかったが、その声を聞くと気持ちが安らぎ、元気が湧いた。ポレルが泣き言を言わずここまで来られたのは、二人の存在とこの声の励ましがあったからである。

 ポレルは声の助言を疑わなくなった。キトと会った時も『信頼できる若者だから仲良くなりなさい』との内なる声が心に届いた。ポレルから見ても初対面となるキトの印象は好ましいもので、親しくなるのを拒む理由はなかった。しかし声は彼を引き寄せる方法までは教えてくれず、どうしても親しくなりたくて咄嗟に彼の手をとって自分の胸に押し当ててしまった。助言がなければそうしなかったが、『信頼できる若者』との助言を信じたのである。

 バーブルとサイノスはいつもの悪戯だと思ったようだが、ポレルのような若い娘にとっては死ぬほど恥ずかしい行為だった。それが結果的にはキトの本性を知る上で役に立ち、いい仲間を得ることに繋がった。ポレルの大胆な行為を叱る声は届かず、間違いでないと安心させた。男女を意識しない子供のような振る舞いが、時にはいい結果を生むのを彼女は学んだ。

・・・あの声は誰なのかしら?いつも励まし、助けてくれる。そのお陰で不安が消え気持ちが和み、私の心から憎しみが無くなった。あのマヤジフ様だって嫌いになれないし、村人達を死に追いやった人を憎む気持ちもない。むしろ彼等の暗い気持ちに光を当て、人を憎んだり恨んだりする冷たい心を溶かしてあげたい。さっきのサイノスのように、私の胸で泣いて全てを忘れるなら、思う存分そうさせてあげてもいい。「恋人ならともかくも、若い娘が見知らぬ者を胸で泣かせることなどはしたない」と言われても、私はそうせずにはいられない。誰でもいい・・・私を頼る人がいるなら、分け隔てなく助けてあげたい。こんな気持ちを抱くのはおかしいのかしら?・・・

 ポレルは心を病んだ人を癒すことを、これからの自分の使命にしようと考え始めていた。

 この考えはまだサイノス達に打ち明けられなかった。

「『内なる声』が聞こえるの。私を励ましてくれるのよ」と話しても、彼等にはきっと理解できないだろう。「その声が私を変えた。私は世の中の迷える人達の心を癒したい。そう考えるとどんなに苦しいことも堪えられる。生まれる前からそうなる運命だったのよ」などと付け加えて言ったら、優しいバーブルでも困惑すると思ったのだ。

・・・彼等に話すのはもう少し彼等が大人になってからにしよう・・・

 キトという新しい仲間も増え、祖父と慕うカイデンにも再会でき、ポレルは明日からの日々に大きな希望を抱いた。バーブルとサイノスの幼馴染二人だけがこれまでは守護者であり仲間であった。見知らぬ者達が新たな守護者や仲間になるために待っていると内なる声に教えられ、これからの旅に期待を高めたのである。

 月の光が四人と寝入ったカイデンを照らす。焚き火の炎は赤々と燃え、弾ける音も心地良かった。ポレルの踊りは一曲だけでは終わらなかった。バーブルが違う曲を奏でてさらにポレルを舞わせたのだ。

 ポレルも負けていなかった。踊りながら、見ているサイノスとキトを手招きして踊りに誘った。踊りの上手、下手はこの場では関係なかった。サイノスが誘いに応じ、キトも踊りだす。勿論バーブルもシュエードを弾きながら踊りに加わった。手を繋ぎ合う好き勝手な踊りだったが、若い四人は新しい出会いの夜を楽しんだ。四人の友情を祝う月夜の舞踏会はまだまだ続きそうであった。


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