十一章 再会 147 心静かに
・・・十三・・・
幼い時にからかわれていたポレルが、今ではサイノス、バーブルをたしなめるまでになった。彼女を守るのが使命だと二人は力んでいたが、実際に守る場面はなく、逆に助けられる方が多かった。今日も彼女がいたからバイトルとして部隊に雇われ、隠れて鐘を追う苦労から解放される幸運を得ていたのである。
ポレルは日毎に賢く、そして綺麗になっていた。悪戯好きな性格は直っていなかったが、バーブルには捨てて欲しくないものであった。
「ポレル、この二人の様子を見ればわかるだろう。もう立ち合いのけがを心配しなくていい。彼等は明日が早く来て立ち合いたいと思っている。俺も隠れないで鐘を追えると思うと、胸が躍って今夜は眠れそうもない」
バーブルの顔から憂鬱な影が消え、久しく見せなかった笑顔が浮かぶ。
「まあ・・・心配してあげたのに・・・男は野蛮で勝手よ。この二人は無視しましょう・・・でも・・・明るいバーブルを見るのは久し振りだわ。いつも鐘を気にしていて、暗い顔だったから。やっぱりバーブルは微笑みが素適。見て・・・こんな綺麗なお月様をゆっくり見る余裕もなかったわ。そうだ・・・ねえ・・・バーブル、何か歌いなさいよ。あなたの歌が聴きたいわ。歌っても咎める人はもういないもの」
「そうだ、バーブル。歌えよ。シュットキエル一の美声をキト様に聴かせてやれ」
「バーブルが歌うのか?それじゃあじっくり聴かせてもらおうか。私はこれでも耳は肥えている方だ。サービアで歌劇を何度も見ているからな」
三人に請われてバーブルもその気になった。片時も離さず持っているシュエードを構えると、静かに弾き始めた。
昼間の喧騒を遠い昔に追いやるように、シュエードが美しい音を響かせる。その調べは焚き火を囲む者達の話を中断させ、眠っている者の夢にまで入り込み、その心を揺さぶった。ある者には昨日を、ある者には今日を、ある者には明日を思わせるのだ。思いの中には喜び、悲しみ、怒り、怖れ、嘆きといったあらゆる感情が混じっていたが、シュードの音色はそれぞれの者が抱く悪感情を包み込んで和らげた。聴いている者達の顔が穏やかなものに変わり、うなされていた者も静かな寝息を立て始めた。
バーブル、ポレル、サイノスの三人は、シュットキエルを出てから初めて気持ちが休まる夜を過ごしていた。しかし・・・目を閉じてシュエードを聴いていると、無理に忘れようとしている砦での悲しい別れ、親しい者の死の場面が湧き出すように蘇ってくる。
年若い彼等には過去として流すにはあまりにも衝撃的な出来事ばかりだった。鐘を追いかけ緊張した日々の中では思い出さなかったが、明日からの見込みがついたことで返って悲しみが増大して胸に迫った。
それぞれがこれまでの出来事を噛みしめていたが、サイノスが突然大声で泣き始めた。大きな身体には不似合いな豊かな感情を持つサイノスが、悲しみに耐え切れなくなったのだ。
「ばかね・・・サイノス・・・キト様の前で泣くなんて・・・恥ずかしくないの?」
「俺の好きにさせてくれ。悲しい時には泣くのが俺のやり方だ」
ポレルは泣きじゃくるサイノスの傍に行って、かつて彼が剣の修行で悩んでいた時のように優しく抱き締めた。サイノスはポレルの胸に幼子のように顔を埋める。ポレルは目を閉じてサイノスの好きにさせ、背中をそっと撫で始めた。バーブルは目を閉じてシュエードを奏でていたが、詞が浮かんできたのか低い声で歌い始めた。
蒼い月の下 心ゆくまで友と語ろう
新しい出会いは悲しみを忘れさせる
遠く故郷を離れ異国を旅する者には
ひと時の憩いの日は希望のともし火
明日もまた笑えるだろうか
明日もまた歌えるだろうか
何が僕を待つのかわからない
胸の片隅に居付くかすかな不安
でも今夜一夜は全てを忘れ
新しき友と同じ夢を語ろう
蒼い月の下 母の胸で泣く友がいる
悲しみに打ちのめされているならば
大声で泣いてそれを忘れるがいい
泣く事を笑う仲間はここにはいない
明日もまた生きるためには
昨日の悲しみは今日流そう
そんな君に僕は固く約束しよう
いつまでもどこまでも一緒だと
希望をもって生きていけば
幸せの女神が姿を見せる
蒼い月の下 君が軽やかに舞い踊る
美しいその姿に荒んだ心は洗われる
目を閉じて白い清らな手を伸ばして
優雅に舞う姿に誰もが心ときめかす
君がいる限り夢は広がり
君がいる限り勇気が湧く
優しい微笑みは氷の心を溶かせ
暗黒の世界に愛の光を送る
僕等が傷つき涙する時には
女神の君が力をくれる
さあポレルそろそろ出番だ
新しい門出を祝っておくれ
月夜の舞台が君を待っている
キトはバーブルの歌を初めて聴いた。確かにサイノスが自慢するだけに心を打たれる。しかしキトはバーブルの歌に酔ってばかりいられなかった。ポレルの胸に顔を埋めて泣くサイノスを見て、この三人の固い絆の中に自分が入れるかどうか不安になっていたのだ。ポレルと離れたくなくてバイトルとして雇う企てをしたものの、三人といい関係を築けなかったら自分が惨めになりそうな気がしたのだ。マヤジフと三人のことで争っただけに、仲間になれず浮いた関係になって、彼に知られ笑われでもしたら立ち直る自信はなかった。少し軽はずみなことをしたのではないかと思うと、バーブルの歌も少しばかし上の空に聞こえるのである。




