十一章 再会 144 新弟子
・・・十・・・
星空の下、焚き火を囲んでカイデンとキトが酒を飲んでいた。マヤジフとの騒ぎ以来妙に気が合い、祖父と孫のような年齢差も気にせず親しくなっていた。
「キト様は誰に剣を教わられました?」
「カイデン様、キトと呼んで下さい。あなたは私が考える以上のお方のようです。それを話して感じ取れました。サービアに帰るまでに多くを学ばせて下さい。身勝手ですが、これからはあなたを師として仰ぎたい。私を弟子にして下さい」
「はっはっは・・・わしの弟子になりたいとは・・・キト様、お酔いになったのですか?」
「いえ・・・この位の酒では酔いません。今の話しを真剣に考えて下さい」
「わしにも以前は弟子がおりましてな、伝える者がいないと諦めていた剣の極意を伝授できました。その時に私は人に教えるのは嫌いではなく、むしろ好きな方かもしれないと思いました」
「では私を弟子にしていただけるのですね」
「う〜む・・・しかし・・・コレドゾが一介のバイトルに師事してもよろしいのですか?」
「構いません。私は身分や他人の噂などどうでもよいのです。自分より優れた者から教えを受けて、自身を少しでも高めたいのです」
「変わったお方だ・・・ただ・・・失礼ながら・・・あなたの腕を試させて頂きたい。剣は天賦の才がなければ、いくら教えても極められません」
「是非そうして下さい。私の腕を試してからで結構です。見込みがないとカイデン様に言われれば、私もそれできっぱりと諦めます」
キトはどうやら本気らしい。マヤジフに投げられた時に咄嗟に出した技を見て、弟子になりたいと言われてカイデンも悪い気はしなかった。これ見よがしに出した技より、隠して出した技を褒められるのは嬉しいものである。自分の技を見抜いた力が本物かどうか試し、更に強くなる見込みがあれば弟子にしてもいいと思った。博学で教え好きなカイデンがここまで慎重になるのは、剣だけは他のものと違って命を左右するだけに、安易に弟子と認めたくなかったのである。
「キト様、話を戻しますが、あなたは剣を誰から学ばれたのですか?」
カイデンはキトについてもう少し知りたくなった。厳しい言葉とは裏腹に、既に興味を持ったようだ。やろうと思えば剣を抜かなくてもキトの力を読み取れるが、もっと正確に判断するには、実際に命懸けで立ち合える場面を作らなければならない。自分にとって危ない設定になっても、そうしてみたいと思わせるものを彼は持っていた。
「父からです。父は剣で身を立てようとしていました。自身の鍛錬の間に私に教えてくれたのです」
「相当腕が立つ父君だったのですね」
「・・・だが・・・病には勝てませんでした・・・」
「天命とは言え残念でしたな。それ以降はどうされましたか?」
「自身であれこれ考えながらやってきました」
「そうですか・・・ご自分で・・・どうです、早速明朝わしと立ち合ってみませんか?あなたの剣筋を早く見たくなりました」
「本当ですか!お願いします!私は手加減などできませんが・・・これは失礼・・・」
「はっはっは。正直なお方ですな。大丈夫ですよ。お互い手加減なしで立ち合いましょうぞ。考えるだけで久し振りに血が騒ぎます」
カイデンも酒の酔いも加わって上機嫌だった。思いがけずヘドロバにも会えたし、弟子にすれば教えがいのありそうな若者にも会えた。ヘドロバは姿こそ老いているが内面には昔と変わらない魅力があった。キトもカイデンがみる所、頭も腕も切れそうだ。それに性格もいい。
刺激と食を求めてバイトルとして途中から遠征軍に加わったが、思わぬ嬉しい出会いに感激した。「まだまだ老け込むのは早い」との天の声を聞いた思いであった。
二人の近くにも別の焚き火を囲むバイトル達がいたが、静かな宿営地に似合わぬ大声がそこから上がった。初めは気にも留めなかったが大きな騒ぎとなり、声を聞きつけた者達がその方に向かって行く。二人も騒ぎを耳にしてじっとしていられず、話を止めて立ち上がった。
「何か揉め事のようですね・・・」
「そうですね。行ってみますかな?」
二人も騒ぎを見ることは他の者同様に好きな方であった。
その場所に近づいてみると、既に野次馬が大勢集まっていた。彼等は気楽な立場そのままに、飲みながら見物している。二人はよく見える所へ出ようと、取囲んだ者達を押し分けながら前に進む。何人かがその厚かましい態度に文句を言おうとしたが、コレドゾのキトを見ると黙り込んだ。
二人は一番前のいい場所に陣取ると、初めて騒ぎの主役達に注目した。中央で三人が跪まずき、その前で兵士が剣に手を掛けて声高に叫んでいた。兵士は酔っているようで足腰がふらふらしている。
「どうしたのだ?あれは」
キトが隣で夢中になって見ているバイトルに声をかけた。聞かれた男は『いいところだから話しかけないでくれ』と言おうとしたが、声の主がこんな場所にはいる筈がないコレドゾだと知ると慌てて説明し始めた。
「宿営地に入って来た旅の三人をドモデスのマヤジフ様が見つけて、忍び込んだとしていたぶっているのです」
キトはここでまたマヤジフの名を聞くとは思わなかった。バイトルに言われてよく見ると、間違いなく数日前に揉めたコレドゾのマヤジフであった。
「行軍中の部隊に近づくのは、何か目的があるのではないか?マヤジフもそう思って疑ったのだろう」
「そんな大層なことではありません。旅の者が宴の残り物を分けて欲しいと頼んできただけです。行軍中にはよくあることで、大騒ぎをする方が間違っています。元々バイトルの宿営地には警備兵はおらず、誰でも入れるようになっているのです。言い掛りとしか思えません」
「そう言えば、先程まで何も騒ぎはなかった・・・」
「そうです。誰もが酔っていい気分になっており、好きに食べさせていました。ところが誰にも誘われないマヤジフ様が見回りと称して酔って現れ、見慣れない三人を見つけて絡まれたのです。悪いことに三人の中に娘が一人混ざっていて・・・私達も頭巾を深く被っていたから男とばかり思っていたのですが、これが髪を切った美しい娘と知ると、食べ物の礼に付き合えと難題を吹きかけたのです」
「他の二人はどうした?」
「必死でかばっていました。どんなに殴られても蹴られても手向かいもせず・・・」
「いい心掛けだ。おや・・・一人の男は立派な剣をさしているではないか」
キトの目が大きな男が帯びている立派な剣を捉えた。彼が立ち上がればマヤジフの背丈を優に越すのは間違いなく、粗末な服の下は鍛えぬいた体であると見た。彼が剣を抜かないまでも片手で一押しすれば解決できそうだが、娘のために揉め事を起こすのを避けているのだろう。
「キト様。あなたの出番のようです。わしは戻って待っています。あの者達をわしの所に連れて来て下さい。腹一杯食べさせてやりましょう」
カイデンも飲みながら見ていたが、老いた目でははっきり見えないのと酒瓶が空になったこともあって、元の場所で待っている方がいいと判断したようだ。それに相手がマヤジフであれば、キト一人で十分だと考えたのであろう。
キトはカイデンに言われるまでもなく、ここでドモデスのマヤジフを押さえられる者は自分しかいないと思った。それにコレドゾの立場で強引に前に出たことで、流血騒ぎになる前に止めなければならない立場になっていた。ここで見て見ぬ振りをすると『逃げ出した卑怯者』の汚名を着せられ、明日からの役目にも差し障るのだ。またそれがマヤジフの耳にでも入ると、彼を更に増長させることにもなりかねない。
「わかりました。師匠はお戻り下さい。私が片付けて参ります」
キトはカイデンに認められる腕試しの機会を得たと勇躍した。カイデンの期待に鮮やかに応えなくてはならない。




