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十一章 再会 143 人形

・・・九・・・


 スターシャはよろけながらコボスのベッドに近づいた。コボスは仮面を付けたまま、穏やかな寝息を立てて眠っている。珍しいことだ。これまで外ではスターシャの頼みもあって仮面を付けていたが、室内に入るとすぐに外して素顔に戻っていた。

 今日は食事中もそのままだったが、スターシャは変身後の化粧と話に夢中になり、見慣れた仮面のせいもあって外すように言わなかった。

 ひとしきり心の内を話すと気持ちも晴れ、コボスの疲れも考えて先にベッドに入るように勧めたのだ。彼女の言葉に従って仮面のまま横になるコボスを見ていたが、後で起こして夫婦の夜を楽しもうと思っていたから、声をかけなかったのである。

・・・悪い予感がするわ。確かめなくては・・・

 仮面を付けて過去を遡り、夫に異変を感じたスターシャは、戻ってから彼が一言も言葉を出していないのを今になって思い出した。自分を抱こうともしなかったのも不自然である。長く離れていた新婚の夫婦が再会した時に抱き合わず、大人しく向かい合って食事をするなど考えられない。以前の夫なら食事する前に彼女が止めても愛してくれるはずであった。

 不安が次第に大きくなっていく。スターシャは眠っているコボスの傍に立つと、仮面を両手でそっと包むようにして持ち、祈りながら力を入れてみた。しかし簡単に外せるはずの仮面は、夫の顔にしっかりと貼り付いて取れない。悪い予感が的中して気持ちが動転したスターシャは無理にでも外そうと何度も試みたが、コボスの頭が持ち上がってしまうのを見て諦めざるを得なかった。

・・・あまりに深い悲しみで感情を乱し、仮面と同化してしまったのね。私の言いつけを忘れるほどの悲しみに直面した彼を責められないわ・・・

 スターシャの目から涙があふれ、仮面を濡らしていく。コボスは彼女の元に無事な姿で帰って来たが、あの愛すべき感情は仮面の下に閉じ込められてしまった。仮面と同化したコボスは夫に違いないが、自らの意思で動けない上に、感情も一切出せないスターシャの完全無比な道具になってしまったのだ。

 感情をなくしたコボスが彷徨わないで宿営地に戻れたのは、主人のスターシャを求めたためであろうが、彼女は無意識の中でも自分への愛を忘れなかったためだと思いたかった。

「コボス・・・起きて」

 スターシャの言葉を命令として聞いたのか・・・そっと呼びかけただけで寝息が止まり、コボスがゆっくりと起き上がった。これまで一度眠ったらどんなに揺り動かしても目覚めず、寂しい夜を過ごして喧嘩になったこともあった。そのコボスがすぐに起き出し、次の命令を聞くためにベッドから出ようとしていた。

「待って、そのままベッドにいて」と、コボスを押し止めた。コボスは動きを止め、上半身を起こしたままの格好で静止した。

 スターシャはそんなコボスをぼんやりと見ていたが、やがて何か決心したらしくベッドから離れ、セルタ内のランプを弱め薄暗くした。そしてベッドに戻ると固まった姿勢で動かないままでいるコボスの服を脱がせ、声を震わせながら小さな声でささやいた。

「コボス・・・私を抱きなさい」

 コボスは命令に反応してスターシャを力強く抱き締めた。この時を何日も待ち焦がれていたスターシャは腕の中で陶酔し、体を反らせると『ああ』と甘い声を漏らした。しかしコボスは強く抱き締めたままで、それ以上のことは何もしない。彼女の次の命令を待っているのだ。

 スターシャはそれが悲しかった。自分の意志を持たない彼を動かすには、一つ一つ彼に命令しなければならないのだ。以前のコボスであれば、スターシャが甘い吐息を漏らすだけで冷静さを失い、ピピの卵の裏を確かめる間もない程に性急に、そして力強く愛し、際限なく甘美な世界に連れて行ってくれた。しかし今のコボスにそれを求められない。同じように愛されたければ、以前コボスがしてくれたことを思い出して、スターシャ自身がやるべきこと、やって欲しいことを命じ続けなければならない。さっき彼女はそうさせるべきかどうかを迷い、そして決心したのであった。

・・・私の服を脱がせて・・・キスして・・・耳朶もそっと噛んで・・・乳房もやさしく触って・・・乳首もやさしく噛んで・・・首筋にもキスして・・・髪をまさぐって・・・

 スターシャは一時的には甘い感覚に浸ったが、合間合間に愛撫の仕方を教えなければならず、以前のように甘美な時間を楽しめなかった。優しい言葉と感情のない愛撫を途中で止めようとしたが、コボスの匂いと体は夫以外の何者でもなく、スターシャも一度火がついた情欲の炎を消せなかった。

 最後までコボスに教えきると、スターシャはベッドから出て床に脱ぎ捨てた服を身にまとった。しかしそのままベッドに戻る気になれず、酒瓶を取り出してこぼれんばかりに杯に注ぐと、数杯たて続けて飲み干した。結婚以来コボスの愛に包まれていて、こんな悲しく寂しい思いをしなかっただけに、虚ろな気持ちを振り払うには酒に頼るしかなかった。暗いセルタ内で一人飲む酒はほろ苦く、自然に涙が頬を濡らす。慰めてくれる者は誰もいなく、涙が自然に乾くまで待たねばならなかった。


 酔いが回ってくると無性に人恋しくなった。ピピに話そうにも、どう話していいものか考えがまとまらない。今まで張りつめていた気持ちが変な形で弛んで、疲れがどっと押し寄せる。何気なく目をベッドに向けると、服を着ることも眠ることも命じられてないコボスが、裸のまま身動きもしないで座っている。

・・・いけない・・・彼をそのままにしておいたわ。意思がないといっても寒いはず。服を着せなくては・・・

 スターシャはコボスに自分で服を着るようには命じなかった。そんな姿を見たくなかったのだ。

 服を着せようと立ち上がり、ふらふらしながらもベッドに近づいた。コボスの肩に手を置くとぞっとするほどの冷たさだ。慌てて胸や背中に触れてみると、すっかり身体が冷え切っている。暖めてやらなければ風邪をひいてしまう。スターシャは服を脱ぎ裸になると、横にさせたコボスの冷たい身体を包むように抱いた。自身の体温を吸い取られるが、彼を暖めようとしたのだ。

 しかし・・・コボスの体温は一向に上がらない。冷え切った身体を温めるにはスターシャの体温がもっと上がらなければならない。彼女は躊躇したがこう命令した。「コボス、さっき教えたことを最初から最後までやりなさい」

 コボスは命令を受けてさっき教えられた方法を忠実に再現していく。コボスの手を乳房に感じた瞬間から、方法は違ったがやっと自分が望んでいた世界に入ることができた。コボスの意思が感じられない一方的な行為ではあったが、スターシャは同じ命令を何度も出し、コボスに自分を愛させ続けた。

 彼女は抱かれながら、今日を最後にコボスが元に戻るまで二度と抱かせる命令をしないと誓っていた。何度愛されても彼の意思が感じられない行為は、やるせなさを深めるだけであり、欲情に走って商売女を買う男達と変わらないと思えたのである。耳元で夫の言葉を聞きながら、その日その日で違うやり方で愛されなければ、愛されたことにはならないのだ。

 何度目かの大きな波に呑まれ息も絶え絶えになった後で、スターシャはコボスの身体に温かみが戻ったのを知って、やっと安心して彼に眠るように命じた。コボスの寝顔を見ながら、・・・あなた、きっと私があなたを元に戻してみせるわ。あなたを元の姿に戻すことができるなら、何だってするわ・・・とそう自分に言い聞かせたのであった。その日を早く迎えることがスターシャの新しい夢となった。


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