十一章 再会 140 ザイラル軍の帰還
・・・六・・・
「ザイラル軍の到着です」
兵士が大声で報告した。ヘドロバ以下本隊の面々が待ち受ける広場に、ザイラル達の部隊が入って来た。数日前に消えた人数からすれば、見た目でもはっきりと減っているのがわかる兵士数であり、待ち受けていた兵士達がざわめいた。ザイラル軍の後ろにはコボスの騎馬隊が続き、全員が仮面姿なのを見て、こちらに対してもざわめきが上がった。
「ヘドロバ様、ただ今到着しました」
ザイラルは馬を降りると、悪びれずヘドロバに歩み寄って報告した。ヘドロバは厳しい顔つきでザイラルを見返す。
「お前を含め四人の部隊長がいたはずだが、彼等はどうしたのじゃ?」
部隊長がザイラルだけしかいないのに気付くと、すぐに問いただした。ザイラルはその問いを待っていたように、これまでのいきさつを話し始めた。まず勝手に兵を返したことを詫び、引き返しは軍規律維持のためであり、それ以外の目的はないと説明した。そして三部隊長が戦いの中で死んだ一部始終をも付け加えた。ここに戻るまでに余程考えたのか、聞く者全てが理解できる内容と淀みのない口調であった。
「お前の話はわしが聞いているものと違う」
「そうでしょうか?」
ヘドロバは探るような目でザイラルを見ていたが、その視線をザイラルの後ろに移していく。その視線の先にレヨイドがいた。
「レヨイドと申す部下がいるはず。その者に直に聞きたい。前に出ろ」
レヨイドはザイラルの後ろに控えていたが、ヘドロバから名前を呼ばれ覚悟を決め数歩前に出た。背中に刺すようなザイラルの視線を感じた。
「私がレヨイドです」
「その方がそうか・・・。わしの問いに正直に答えるのじゃ。偽りを申せば命はないと知れ。まずお前は本隊に残った部隊長にも、わしが命じた別任務があると言って引き返しを勧めたというが本当か?」
「本当です」
「うむ・・・で、いつわしがお前に別任務とやらを言い渡した?第一お前と話すのは今が初めてではないか・・・」
一睨みしながらヘドロバが言った。レヨイドは彼女の視線を外さずまともに受け止めると、堂々と自分の主張を始めた。
「確かにヘドロバ様の名を騙って各隊長に話しました。私はザイラル様の部下です。ザイラル様に尽すのが使命と考えております。そのザイラル様が引き返しを決意され、逆方向に進み始められました。敵地においては単独での引き返しは非常に危険です。それを防ぐために先行する部隊長に協力をお願いに上がりました。最初はザイラル様の頼みと申しましたが、部隊長は納得されませんでした。だからヘドロバ様の名をお借りしたのです」
「何故ザイラルの名では部隊長は納得しなかったのだ?」
「それはコボス様のせいです」
いきなりレヨイドはコボスの名を出した。ヘドロバはここでコボスの名が出るとは思ってなかった。兵士達もヘドロバとの噂を耳にしていたから、この先レヨイドが何を言い出すかと耳をそばだて、次の話を待っていた。
「コボスと何の関係がある?」
「ザイラル様はコボス様がみえられるまでは、ヘドロバ様の警護役でした。立ち合いに負けて警護役を替えられました。勇者として名高いザイラル様にとっては、大変な不名誉です。それにヘドロバ様がお斬りになられたコレーション将軍は、ザイラル様の親友でした。短い間に大切なものを二つ失ったザイラル様の憔悴された姿には、胸が詰まりました」
「ザイラルとコレーションの親交は知らなかった。気の毒なことじゃあ。しかし奴の死とシュットキエルは無関係じゃあ。わしは反逆の罪でコレーションを斬った。非は奴にある」
「私はそう思いません。将軍は評判のよいお方ではなかったが、反逆罪を犯すほどの野心家と呼ぶにはほど遠かった。私はコレーション将軍が罰せられたのは、村人達が細工した鐘のせいだと聞いています。それが事実なら責めを負うのは村人ではないでしょうか?」
「まだわからぬか?村人は関係ないと申したはずじゃ」
「おわかりになっていないのはヘドロバ様です。コレーション将軍、ザイラル様以上に罪を問われるべき者が他にいます。その者の処分を何となさいますか!」
「何!もっと罪深い者がいる?誰じゃあ・・・その者は!」
ヘドロバはレヨイドの言葉に怒りを感じた。勝手な真似をしでかしたザイラル達以外に処罰すべき者がいるはずがない。ザイラルを庇う部下としての立場であっても、聞き捨てできないとんでもない暴言であった。
ヘドロバからコレーションを斬った時と同じような殺気がたち昇った。
彼女の目が白く細くなり、剣に手がかけられた。周りの兵達も息を呑む。
「それはコボス様です。ヘドロバ様は御存じないかも知れませんが、コボス様はシュットキエルの生まれです。つまり敵国の人間なのです。敵の間者かも知れません」
剣が抜かれる前にレヨイドが大声で叫んだ。ヘドロバは意表を突かれ、呆然と立ち尽くした。コボスの正体をこの部隊で知る者は、彼女以外にいないはずであった。
聞いた兵士達の間から驚きの声が上がる。レヨイドの言葉を打ち消す暇はなかった。敵国、それも遠征目的地出身者が、ヘドロバの警護役として優遇されている!その上ドルスパニア王国軍を指揮している!・・・とは!
彼等は咎め立てする目でヘドロバとコボスを見た。ヘドロバはコボスへの肩入れを、初めて無言ではあるが、部下達から公然と非難された思いだった。
「しかし・・・そうは申しましても、私はヘドロバ様の御決定は間違いないと信じています。そこで部下として先ほどお話ししました部隊の安全と、ザイラル様に勝手な引き返し以上の罪を重ねさせたくないと思い、暴走を止めるために他の部隊を呼び戻そうとしたのです。警護役を奪ったコボス様と、将軍が処罰された原因を作った村人達に対する恨みを晴らすために、ザイラル様が引き返されるのだと思っていました。シュットキエルを抹殺すればそれができるのですから」
レヨイドはそれ以上コボスとシュットキエルの繋がりを語らなかった。ヘドロバをこの場で追いつめても何も得られない。ザイラルへの追求がなければ、それでいいのだ。
「それでわしの名を語ったのか?」
「そうです。ヘドロバ様の命令であれば、信用を得ると思ったのです」
「なるほど・・・で、ザイラルはどうだった?正直に申せ」
「ザイラル様はご立派でした。私が邪推したようなご自分の鬱憤晴らしの行為はされませんでした。村人達に鐘に細工をした者を引き渡すよう申し入れられましたが、彼等が聞き入れず、あくまで抵抗したので止む無く攻撃されたのです。無謀な攻撃をして全滅したオクキタヨ様の部隊や、戦いの途中で戦場を離脱して村で略奪を働き、その上コボス様に戦いを挑んだソイジャル様、ドニエリ様とは全く姿勢が違います」
レヨイドはコボスが敵国民と打ち明けて皆に衝撃を与え、ザイラルに対する猜疑心を巧妙にコボスへの敵意に変えて兵士達の脳裏に刻み込んだ。そして次にザイラルが自身の恨みからシュットキエルを攻撃したのではないと弁明した。同時に誰もが聞きたがる戦いに少し触れ、聞いている者の興味を引き寄せた。
ヘドロバに対しても警護役のコボスが戦いに関わっていると匂わせ、ザイラルや自分を追求するより、コボスの話に興味が湧くように仕向けた。騙して引き込んだオクキタヨやソイジャル、ドニエリは死んでおり、いくらでも責任を転嫁でき、自分達に都合のいい物語を作れるのである
「奴等はコボスと戦ったのか?」
レヨイドの読み通り、ヘドロバがコボスに言及した。心なしか声までうわずっている。それをレヨイドは聞き逃さなかった。
「それは素晴らしいお働きでした・・・・」
戦いの様子をザイラルとともに仔細に見られる立場だったレヨイドは、多少脚色もし、コボスの奮戦振りを事細かく話した。そしてここでもザイラルが彼等の味方に付かず、ソイジャル、ドニエリを討ち取ったとも付け加えた。
「そうか・・・ザイラルは私憤を晴らすための行動ではなかったのだな。だが・・・お前はわしの名を語った。ザイラルのためとはいえ、この罪は重いぞ」
「承知しております。ご無礼を・・・」
いきなりレヨイドは剣を引き抜くと、自身の首に押し当てて掻き斬ろうとした。自分の首を差し出して全ての罪を引っ被り、ザイラルを守る忠臣振りを示したのである。
ヘドロバが止める前に、その腕をしっかりザイラルが捕えた。
「部下がした独断の責めは、指揮者たる私が負います。有能な若者の命をお助け下さい」
ザイラルはまだ自分が許されたわけではなかったが、それよりレヨイドを救う格好をした。部下を庇う指揮者としての姿を見せたのだ。取囲んで見ていた兵士達も二人の濃密な主従関係に感動した。
「ヘドロバ様、二人をお許し下さい」
「見事な働きです」
「戦いで死んだ仲間の敵討ちも立派にしています」
次々にヘドロバに彼等を擁護する言葉をかけてきた。ここで無理に二人を処罰すれば、兵士達との間に修復できない大きな亀裂ができそうな雰囲気になっていた。
「いかかでございましょう。ここは恩赦をお考え下さい」
イロガンセ将軍が取り持つようにヘドロバに声をかけた。この一言をザイラルは待っていたのだ。ザイラルはつくづくコボスと一緒に帰って来たことを幸運に思った。もし彼がコボスより先に帰って来たら怒り狂った彼女自身によって斬られ、コボスより後に帰ったら兵士の手によって斬られていただろう。
「うむ・・・仕方がない。今回は許そう」
「それでは手はず通り帰還を祝う宴を開くことでよろしいのですな」
「それについては既に許したはずじゃあ」
「わかりました・・・」
「皆の者、聞いたであろう。飲みすぎるでないぞ。それとヘドロバ様のお心配りに感謝しろ」
イロガンセ将軍は一際大声で叫んだ。広場は兵士達の笑顔であふれ、部隊毎にそれぞれの場所で祝宴の準備を始めた。




