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十一章 再会 135 キトとの出会い

・・・一・・・


「おい、お前達、早く宿営の準備を終わらせろ。だが、手を抜くのは許さないぞ」

 ヘドロバの遠征軍にも夕暮れが迫っていた。その中で黙々と宿営準備をしている者達がいる。彼等は戦いには全く役立たないが、コレドゾの命令を受けて、宿営地の準備、戦傷者の手当て、補給品の分配など兵士達を支える役目であった。

 雑多な仕事をする彼等はドモデスと呼ばれ、軍の中では欠かせない存在であったが、コレドゾのように正規兵扱いはされず、兵数が不足する場合だけ戦う兵士と位置付けられていた。それも部隊の最後尾に配置され、敵から正規兵に思われるだけでよかった。彼等が実際に戦う時は負け戦の場合であり、強国のドルスパニア王国ではまず考えられないことだった。

 ドモデスは軍制上兵士の部類に入れられ、部隊の指揮者が許せばその役目をバイトルと呼ばれる日雇い者達に振り分けることができた。今度のシュットキエル遠征ではそれが許され、多数の老若男女がバイトルに支給される食事と、僅かばかりの日当を目当てに部隊に同行していた。彼等は働く力さえあれば、本国民、他国民を問わず雇い入れられた。

 最下位階級のドモデスもバイトルに対しては、傲慢な態度で好き勝手に使うことができた。バイトルも反抗してドモデスに睨まれて追放されるより、持ち上げていい気分にさせるようにしたから、ますます彼等を増長させた。

 正規兵の中には批判する者もいたが、軍歴の長いドモデスともなると、腕も要領も並以下の正規兵など眼中になかった。ドモデスを指揮するコレドゾからも煙たがられる存在であった。戦えないが要領よく生き抜く術は、軍内で幅を利かせていたのである。

 

「そこの爺!もたもたするな!」

 宿営準備を指揮していたドモデスの一人が、短い指揮棒で近くにいた老人の背中をぴしゃりと叩いた。老人は背筋をしっかりと伸ばし、年齢に合わないほどきびきびと働いていたが、たまたまその近くにいて打たれた格好だ。

「マヤジフ殿、そう焦らないでも時間は十分あります。手荒な真似は止めて下さい」

 その場にいた若いコレドゾが穏やかに注意をした。彼は現場に出る必要もなかったが、ドモデスの仕事振りを見たくてその場にいたのである。この熱心な若いコレドゾをよく思わないドモデスのマヤジフが、因縁を付けようとわざとルバイトの老人を打ち据えたのだ。

「キト殿、わしのやり方に文句を言うのか?」

「いえ、そうではありません。私も見ましたが、この老人はしっかりと働いておりました。あなたに打たれる罪は犯していません」

 若いキトは役職の低いドモデスのマヤジフに丁寧な口を利いた。そんなキトの態度をマヤジフは当然のように受け取り、自分の上役がキトだとは微塵にも思っていない態度を取っていた。彼が尊敬するのはタイガルポット出身の現役将校だけなのである。

「ふん、こいつらは我々と違って金目当でここにいる。少しでも甘い顔をすると、すぐに付け上がる屑どもだ。理不尽な扱いには慣れているだろうよ。今、その証拠を見せてやろう」

 そう言うとマヤジフは老人に近づき、いきなり胸倉を掴んで思いっきり投げ飛ばした。無抵抗のまま投げられた老人は、頭から地面に叩きつけられる直前に運よく体が回転したが、足から着地するまでは回らず背中からどすんと落ちた。

「お止め下さい」

 なおも詰め寄って、足蹴にしようとするマヤジフの前にキトは立ち塞がった。

「キト殿、邪魔だ。そこをどけ」

「どきませぬ」

「どけ」

「どきませぬ。私の目の前では理不尽な行いは許しません」

「何を生意気な!どけ、どかぬと斬るぞ」

「斬る?私を・・・ですか?」

「そうだ。これは脅しではないぞ。本当に抜くぞ。謝るなら許さんでもないが・・・」

「私は構いません。抜かれますか?お止めしませんよ」

「何!嘘だと言うのか!」

 大声でマヤジフは叫んだ。

 二人が睨み合っている間に、回りにいた者達が騒ぎを聞きつけ、次々に集まって来た。平凡な一日の中で起こる各種の争いは格好の見物になり、中でも血生臭い争いは最高の出来事になる。今回もそれを期待してか多くの者が二人を遠巻きにし、事の成り行きを見守っていた。

 マヤジフは騒ぎが大きくなり、皆の注目が集まる中で自制心を失い、目が吊り上った蒼白な顔で剣に手をかけた。本気でなくてもここで剣を抜かなければ、いい笑い者になってしまう。・・・しかし・・・意思に反して右手が動かなかった。

「う〜む」

 初めはキトに気付かれぬように力を入れたが、どうしたわけか利き腕の右手が少しも上がらない。二度、三度試みても結果は同じだった。少し下がってありったけの力を込めて見たが、微動だにしなかった。

 マヤジフは焦った。剣が抜けなくては立ち合いにならない。ここでキトに斬り付けられたら、血煙をあげて倒れるのはマヤジフなのである。剣に先に手をかけたのは彼であり、既に立ち合いは始まっているのだ。それにマヤジフの上官に対する無礼を誰もが見ているだけに、キトが斬捨てても罪に問われることはないだろう。

 引くに引けない立場に立たされているマヤジフの顔から、汗がだらだらと流れ落ちる。誰かが止めてくれるのを期待したが、それも無駄だった。命は惜しいが、謝って立ち合いを止めるにはあまりに格好が悪い。絶体絶命の窮地に立っていた。それでも何とか柄に手をかけたが、まだ剣を抜くだけの力が湧き上がって来なかった。

「マヤジフ様、落ち着いて下さい。皆が見ていますよ」

 キトは剣に触ることなく、これまでと変わらぬ顔でうなっているマヤジフに近づき、肩に手を置くと、そのまま肘、腕をなぞり、剣を持った彼の右手を外した。マヤジフはそうされても何も抵抗できず、されるがままになっていた。不思議なことに手を外されると、先程までの利き腕の違和感が消えて自由に動かせる。彼にもう一度詰め寄ろうとしたが、キトから相手になろうとする気持ちが感じられない。

 マヤジフはようやく自分を取り戻し、周囲の視線の中で争いを蒸し返す気持ちが徐々に薄れた。それよりこの場から体面を保って去る方法を考え始めた。


「これ、二人共!何を騒いでいる?」

 二人の間に背の高い男が身体を入れてきた。

「キト、これは何の騒ぎだ?お前とマヤジフに任せていたが、お前達が問題を起こしてどうする?見物している周りの者が見えないのか?」

 その男は二人に命令できる立場の者に見えた。彼は周囲の物見高い者達を散らせた後、上司としての立場を示して、それぞれの釈明を聞く姿勢を見せた。

「コレディノカ様、申しわけありません。マヤジフ殿と思わぬ行き違いがありまして、騒ぎになりました。悪いのは私です」

 キトが何を言うのかと不安な顔をしていたマヤジフは、この言葉を聞くと勝ち誇ったような言い方でコレディノカに訴えた。

「隊長、お聞きになったでしょう。争いは彼から仕掛けてきたのです。事の始まりはキト殿が働きの悪いバイトルの爺に注意する私を見て、やさしさが足りないと諌められたことから来ています。私はバイトルに厳しくすれば規律も保たれ、我々の任務も円滑に進むと思っています」

 コレディノカは自分の正当性を強調するマヤジフの言葉には余り興味を示さず、キトの様子を見ていた。キトにも何か言い分はあると思ったが、彼が話さないのをわざわざ聞き出していいものかどうかを迷ったが・・・聞いてみることにした。

「キト、マヤジフの言葉に異論はあるか?」

「・・・いいえ、ありません・・・」

 キトは俯いたまま反論もせず、マヤジフの言葉を認めた様子を見せた。

「マヤジフ、キト・・・今後はこの様な争いごとを起こすな。バイトルの働きがあってこそ我等も任務が遂行できるのだ。このことを忘れるな」

「承知しました。コレディノカ様にはご迷惑をおかけ致しました」

「私は不承知ですが、ご命令ならば仕方ありません。しかし・・・キト殿、あなたの方が階級は上ですが、年長者の忠告には素直に従うものですぞ。今日の無礼はコレディノカ様の顔に免じてなかったことにしますが、次に何かあった時は容赦しませんぞ」

 精一杯の虚勢をはってキトを睨むようにしてこう言い放つと、マヤジフはそそくさとその場を離れた。言葉とは裏腹にキトが反応を示す前にできるだけ早くその場を去り、難を逃れようとする風であった。

 キトはマヤジフの背中を無言で見送った。

「キト、お前達の様子をさっきから見ていた。誰が見ても奴の方に非があるのは明らかだ。どうしてもっと強く奴に対処しなかったのだ?あの場面では斬捨ててもよかったのだぞ。それがお前ならできたはずだ。なぜそうしなかった?」

「彼を斬るのは簡単ですが、私ばかりかコレディノカ様も只では済みません。奴は私の上役であるコレディノカ様を意識して、絡んできたのです。私との争いが大きくなり流血騒ぎになれば、あなたも責任を問われるのを知っているのです。あなたが立腹されない限り、この位のことは我慢できます」

 キトは訴えるような眼差しを向けた。コレディノカはキトの真剣な視線を受けて何か言い出そうとしたが思いとどまり、キトの肩を数回叩くとその場を去って行った。


「御老人、もうよい。立ちなさい」

 コレディノカを見送ったキトは、つっぷしたままの老人の背中に声をかけた。

 老人は呼びかけられると何事もなかったように立ち上がった。そして服に付いた汚れを払い落とすとキトに一礼し、元の作業に戻ろうとした。

「御老人、お待ちなさい。少々話をしたいのですが・・・」

 老人を呼び止めたキトは、周囲を見回し、座るのに格好な岩を見つけると老人に促しながらゆっくりと腰掛けた。老人はキトの視線を受けてそのまま去るわけにはいかず、仕方なくキトの横に座った。

「お話とは何でしょうか?」

「そう急がなくても・・・まずは元気付けと初対面を祝ってこれを飲んで下さい」

 キトは銀色の小さな瓶を取り出すと蓋を開け、老人に飲むように勧めた。

瓶を受け取った老人は、勧められるままにぐいっと飲んだ。中身は酒だった。のどを通って体に入り、体中に心地良さが染渡っていく。

「どうです・・・いい味でしょう・・・」

 老人から瓶を返されると、キトもごくんと飲み込んだ。

「いい酒ですが、行軍中の飲酒は禁じられているのでは?」

「それは節度のない者通しが争いごとを起こさぬように考えられたものです。私の場合は誰にも迷惑はかけません」

「自制心が強い性格ですな」

「あなたと一緒です」

 キトはそう言うと再び老人に瓶を渡した。老人はキトに勧められるまま更に一口飲んだ。

「私と一緒?ははは・・・。ご覧の通りの老体です。自制心など・・・遠い昔のことです」

「強情ですね。では言いましょう。先程あなたはマヤジフ様に投げられましたね」

「はい、更に足蹴にされようとした時にあなた様に助けられました」

「その後私とマヤジフ様は争いとなり、彼は剣を抜こうとしましたが、利き腕が上がりませんでした」

「そうでしたかな?」

「とぼけないで下さい。彼が腕を上げたくてもそうできなかったのです。なぜなら、あなたが投げられた瞬間に彼の利き腕の関節をはずしたからです」

「・・・おわかりになりましたか?でもあなた様も素知らぬ顔で技をつかわれましたぞ」

 その老人はキトの言葉を否定しようとしたが、何もかも承知していると言わんばかりのキトの顔を見て諦めた風に答えた。ここで嘘をついて若者を落胆させたくなかった。

「技?何のことでしょう?」

「あなたは私がはずしたマヤジフ様の腕を、元に戻しましたな」

 今度は老人がこちらも気付いていたという風にキトの隠した動きを指摘した。キトは秘密を知られたのを悔しがることもせず、老人の目の確かさとそれを見抜いた自分の目に満足した。

「気が付きましたか?」

「はい」

「この部署では見破る者などいないと思いましたが、油断のならないお方ですね」

「お互い様です」

 二人は初めて顔を見合わせて笑った。年は離れているが、自身の隠した技量をわかり合える者に出会ったことを素直に喜んだ。

「私の名はキトです。見知っておいて下さい」

「カイデンと申します。老い先短いゆえ、旅から旅への気ままな一人暮らを楽しんでいます」

「そうですか・・・私の部下・・・気難しい者に絡まれて難儀させました。許して下さい」

「気にしておりません。日々働けて食することができれば、それだけで大満足です」

「そう言ってもらえれば、私の気持ちも安らぎます」

「ところでキト様は私が見ますところ、剣の腕も相当おありなのに、何故こんな部署につかれているのですかな?」

 カイデンはキトに疑問を投げかけてみる。マヤジフの関節をはずした自分の瞬間技を見破り、気付かれずに直すことがこの若さでできる者が、目立たない部署にいる理由が思い浮かばなかった。

 問われたキトは即座に、自信を持って明快に答えた。

「それは先程のコレディノカ様がいらっしゃるからです。あの方が行く所なら、どこへでもついて行く気でいます」

「勇者の雰囲気の有る方ですな」

「あなたにもそう見えますか?」

「はい」

「そうなのです。今はあのお方はドモデスの指揮をされていますが、本来ならばドルスパニア王国近衛軍の花形将校として活躍できるお方です。以前はそうでしたからね。私は早くそのお姿を見たいのです」

「どうしてコレドゾになられたのですか?」

「ああいったお方の胸の内は察せません。何か悩みを持たれたのでしょう」

 キトはコレディノカの復活を待ち焦がれていた。二人で颯爽とサービアの大通りを近衛軍の軍服姿で闊歩した頃に戻りたかった。コレディノカが突然コレドゾになって、その後を追うようにして何も考えず彼もコレドゾになったのである。コレディノカは迷惑そうな顔をしたが、それでも日頃から何かと気にかけてくれていた。

「話は変わりますが、あなたは私を腕が立つ男と思っているのですか?」

「思っています。実はあなた様の剣の鍛錬を偶然見てしまいました。剣さばきの鋭さには驚きましたぞ」

「確かに私は時折剣を抜いて鍛えています。その様子を見るだけで腕の優劣が判断できるとは、あなたも相当の使い手と考えます」

「私も昔、兵士として戦場で戦いました。自慢するわけではありませんが、戦場で他の者に遅れをとったことはありません。今は年をとり、剣を持つことなどなくなりました」

「正直なところ、私の剣はどの程度でしょうか?」

「ご自身ではどう思われますか?」

「この部隊ではコボス様が第一ですが、その次かと自負しています」

「コレディノカ様はどうなのです?」

「あの方は別格です。でも争っても剣を抜こうとされません。私のように謝って事が収まるならば、誰にでも頭をお下げになります」

「勇者は剣を抜くべき時を選ぶと聞きます。何も考えず腕に頼って剣を抜く者は、智者とは呼べません。いい心掛けだと思います。ところでコボス様とは?」

「バイトルのあなたは知らないでしょう。ヘドロバ様の新しい警護役です。それまでの警護役はザイラル様でしたが、勝負に勝った彼がその役目を得ました。私もその試合を見ましたが、コボス様の強さは桁違いでしたよ。一度立ち合ってみたいものです」

「そのコボス様とかの次とは、大きく出られましたなあ」

「その位の自信はあります。立ち合えば負けるでしょうか?」

「コボス様とやらを知りませんからわかりませぬが・・・キト様は相当自信がお有りの様ですな・・・。そうであれば、それほどの差はありますまい。ただ戦わずして優劣を見極めるのは、余程の目利き者ではないと難しいでしょう」

「・・・やはり自身で確かめるしかないのですね・・・」

「剣での手合わせとはそのようなものです」

「カイデン殿、一度あなたと立ち合ってみたいものです。私の剣筋を見ていただけませぬか?」

「それは構いませんが、今日は無理かと。何しろしたたかに酔ったようです」

「私も同じです。いい話し相手がいれば酔いも早い・・・。それにしても気持ちがいい」

 カイデンも同じ心地よさを感じていた。自分などよりずっと高い地位なのに、少しも威張ることなく丁寧な言葉遣いで接してくれる若者の素直さに惹かれた。剣に対する自信は若者らしくていい。彼ならば自分の腕を過信してむやみに戦わず、無駄死にしないだろう。明日にでもこの若者の剣を見て、教えることがあれば教えてやろうと思った。


「これ、そこの二人。何をしておる?」

 岩に腰掛けて話している二人に声が飛んで来た。驚いて二人が見上げると、馬上から全身黒ずくめの老婆が見下ろしている。

 ヘドロバだ。話に夢中になってヘドロバの気配に全く気付かなかった。そればかりか、馬の気配さえも感じなかった。剣について議論していた二人が酔っているとは言え、気付かなかったのを恥じる気持ちにもなれないほどの鮮やかさだった。

 話を止めて馬上の彼女を見上げるしかない。キトはこんな場所に来るはずのない彼女の出現に声も出ない。ヘドロバの問いかけにも答えようがなく、黙り込むしかなかった。宿営準備中に酒を飲むことは許されない行いであった。それを部隊の指揮者に見られてしまった。叱責を覚悟した。

「まあよい、あまり手を抜くでないぞ」

 長い沈黙の後、ヘドロバが言った。酒を飲んでいることは何一つ咎めなかった。

「申しわけありません。今後気をつけます」

 キトがほっとした顔でやっと口を開いた。カイデンは何も言わず彼女に頭を下げた。

 ヘドロバはそれ以上何も言わずその場を離れようとした。と、思いついたように「お前の名前は?」と、キトに向かって尋ねた。

「キトでございます」

「そうか・・・覚えておこう。コレドゾのキトだな・・・」

 ゆっくりと立ち去るヘドロバを二人は座ったままで見送った。

「噂通りに恐ろしいお人だ」

「近づく気配を消されるとは・・・」

「話を聞かれましたかな?」

「どうでしょう?でも・・・彼女の悪口は話していません・・・」

 二人はこの部隊にはコボスと同じか、それ以上に正体のわからない相手がもう一人いることを思い知らされた。

「ところで・・・カイデン殿、あなたはヘドロバ様をご存知なのですか?」

「いいえ。私など知りようがありません」

「果たしてそうでしょうか?ヘドロバ様はあなたの名前を聞こうともされませんでした」

「兵士でもないバイトルの老人の名前などに関心など持ちませぬ」

「そうでしょうか・・・」

 キトはまだ納得しない表情で、カイデンを見詰めていた。カイデンはキトの視線を感じながら、つい今しがたヘドロバと交わした会話を思い起こしていた。勿論言葉に出しての会話でなかったからキトには聞こえなかったが、何がしかの関わりを感じたキトの感覚も悪くはないと思った。キトが口にしたように、カイデンはヘドロバのことをよく知っていたのである。

・・・カイデン、久しぶり。何年ぶりかしら?・・・

・・・かれこれ四十年ぶりかな。あの頃はお互い若かった・・・

・・・そう。それにしてもこんな所で出会うとは思ってもみなかったわ・・・

・・・わしも驚いた・・・

・・・まだ私を恨んでいるの?・・・

・・・遠い昔のことだ。今はわしもこの通りすっかり老いてしまった・・・

・・・私の警護役の中であなたは最高だったわ。私に対して単なる警護役以上のことをしてくれた。ただあの事件がなければ、あなたとはずっとうまくやれたのに。今でもあなたの家族を失わせたことを忘れてはいない・・・

・・・忘れてくれ。わしはとっくに忘れた・・・

・・・そうはいかないわ・・・

・・・昔の話は止そう。ところでヘドロバ、お前に頼みがあるのだが・・・

・・・何でも聞くわ・・・

・・・たいした望みではない。わしをこのままこの部隊に置いてくれないか?お前の邪魔は決してしない・・・

・・・私のすることに口を出さないのね・・・

・・・ああ。約束する・・・

・・・わかった。好きなようにすればいいわ・・・

・・・ありがとう。この若者が疑うから、もう行くがいい・・・

・・・ええ。また会いに来るけど、無視しないでよ・・・



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