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十章 親衛隊 131 王子の初陣

・・・十三・・・

 

 コンボット館から演習場までは一本道だった。誰もが無言で静かに馬を進めさせていた。その静けさを破って、一人の若者が叫び声を上げた。

「陛下、サイナップ様!館から火が・・・」

 その言葉に皆が館を振り返った。さっきまでいた館が紅蓮の炎に包まれて、激しく燃え上がっている。窓は全て閉じられ、正面の扉も開けられた風に見えない。男達が出て行き館には女達しか残っていないはずだ。出火の原因は分らないが、女達ではどうしようもない程の激しい炎だ。

「大変です!すぐに引き返しましょう。キードレル様が心配です」

 数騎が馬を館に向けようとした。

「引き返さなくてもよい。姫達は我々より先に天上に昇ったのだ」

 黙って見ていたドンジョエル国王のよく通る声が若者達の耳に届いた。国王は別れの際にキードレル姫が死を覚悟しているのに気付いたが、敢えて止めるような言葉はかけなかった。苦しまないように薬で静かに旅立つものと思っていたが、館に火を放つとは姫の穏やかな性格からは考えられない激しさであった。劇的な手段で国王と親衛隊に別れを告げることで、妻として、母として、そして姫としての気位と、裏切り者に対する激しい怒りを見せたのだ。

 サイナップは館の炎を見て再び迷い始めた。新たな迷いは、キードレル姫が先に逝ったことで生まれた。キードレル姫が自らの命を絶つとは考えていなかったのだ。国王と王子の死を確かめたならば、ペリルポイルも姫や娘達の命を取るのをもう一度考えただろう。それを何故・・・?まだ旅立たれるには早すぎる・・・。死を選ぶのであれば、姫には最後まで館に留まり、国王の討ち死を知った上で降伏を拒み、ペリルポイルの手によって命を絶たれる道を選んで欲しかった。その方がペリルポイルの謀反をより悪く印象付けられた。しかし・・・戦う前に姫が最後を遂げたことで、国王にも生きる機会が訪れた。このまま演習場に行き国王がペリルポイルに降伏し、「姫と王子が館で焼け死んだ」と言えば、当初のペリルポイルの希望に沿う形で決着するのだ。国王の命も救えるし、親衛隊の若い命も無駄にならない。ここは降伏が最善の策であると考え、国王に降伏を勧めようと決意した。国王も同意してくれるに違いないと思った。

「陛下・・・お話があります・・・」

「サイナップ、お前の言いたいことはわかっている。いいのだ・・・。ここでわしが降伏して命を長らえても、わしの名は地に堕ちてしまう。妻と世継ぎを引替えに家臣に跪けば、わしのこれまでの人生の意味がなくなるではないか・・・。人は永遠に生き続けられないが、その名、生き様は永遠に残る。晩年を醜く汚して、営々と築き上げた栄光を一瞬で失った者達を見ればわかるであろう。わし達は死ぬことによって、偉大な国王とわしに殉じて忠誠を尽くした親衛隊として王国民の心に生き続けられる。ペリルポイルの謀反がなくて無事に一生を送れ、死後わしの一生が高名な書き手によっていくら華々しく書かれても、孫の代になれば誰一人読む者もいなくなる。だが無垢な王国民の心を打つ出来事は、形を変えていつまでも語り継がれるのだ。残り少ない生涯のために、どんなに望んでも掴めない永遠の命を得る機会を失いたくないのだ。それに・・・妻が先に逝ってしまって生き残ったのでは、夫として格好がつかんだろう」

 国王はサイナップに言うのではなく、自分に言い聞かせるように冷静な口調で話した。

「陛下・・・私の考え違いでした。陛下と共に生きて来られて、幸せです。その上、これから先もずっと一緒とは・・・他の者が嫉妬しますな」

「はっはっは・・・そちはドルスパニア王国の大将軍、そち達は忠誠心あふれる屈強な精兵として、わしと共に何千年も生きるのじゃあ。愉快、愉快」

 サイナップはドンジョエル国王の覚悟を覚った。尊敬する国王だけにどんな形でも生きて欲しいと思ったが、王者には王者の誇りがあることに思いを馳せなかった自分が恥ずかしかった。


 親衛隊員は残ったキードレル姫達が自らを焼き尽くすために館に火を放ったのを知った。さっき元気な顔で送り出してくれた娘達が、この瞬間にキードル姫に殉じて若い命を燃え尽くしているのだ。

 キードレル姫や娘達が命を燃やした行いは、戦いに勝てる見込みがないのを物語っていた。美しくきらびやかな武具を身に着けて喜んだものの、今となれば死装束そのものであった。

楽天的な若者達も壮絶な光景を見て、首都警護軍に勝てるという考えが甘いと気付いた。

・・・陛下が秘蔵品を惜しげもなく着るのを許したのは、残しても灰となるからなのか・・・どんなみすぼらしい武具でもいいから、希望のある戦いをしたかった・・・

 自然と頭は下がり、背中が小さくなった。無駄口を叩く者もいなくなり、蹄の音だけが寂しく響いた。こんな思いと命をなくす絶望を噛みしめて行軍していたが、今の国王とサイナップの会話が、そんな絶望心を消し去って軍人としての誇りを目覚めさせた。

・・・陛下を守るのはドルスパニア王国兵士の最大の使命だ。幼い頃から戦場で陛下の馬前で死ぬのは名誉と教えられた。今俺達はその時を得た。無駄死にと言う者もいるかも知れないが、万人がどんなに望んでも巡り会えない最高の機会だ。俺達は教えられた通りに陛下と共に戦い、死んでいく。降伏しなかった陛下はとやかく言われるかもしれないが、陛下のために命懸けで戦った兵士を悪く言う者はいない。この先誰が新国王になっても俺達が示した忠誠心を尊び、模範的家臣としてもてはやすだろう・・・後は死に様だな・・・後世で輝くためには、今日の絶望的な戦いで華々しく、そして勇敢に戦い、悲壮感を漂わせて死ななければならない。選ばれた者としての、最初で最後の試練なのだ。そうすれば俺達の命は無駄に終わらず、我々の一族も栄達できるに違いない・・・

 気持ちが落ち着くと、見せかけの忠誠心で王位を奪おうとするペリルポイルにめらめらとした敵愾心を湧き上がり、一度青白くなった顔が一気に紅潮してきた。沈んだ気持ちは浮き立ち、誰ともなく親衛隊の歌を歌い出した。


 花咲く都のサービアは 

 この世で一番美しき街 

 戦士が生まれ育つ街

 星の数ほど戦士はいるが

 我等ほどの戦士はいない

 我等の剣は 正義の刃

 陛下のためなら命も捨てる

 さあ胸を張れ 戦いだ 

 勝利を掴み 栄光は今日も輝く 

 無敵の軍団 親衛隊 親衛隊


 もう誰もコンボット館を振り返ろうとしない。自分の運命を嘆かない。ただひたすら伝説の戦いになる場所へと突き進んでいた。

 歌う若者達の顔は晴れ晴れとしていた。親衛隊の歌を聞きながら、サイナップも今まで経験したことのない気持ちの高揚を感じた。それは戦いを前に手柄を立てようとする功名心からではなく、伝説の大将軍になる道を歩む興奮から来ていた。サービアでの大劇場で、いつの日かキードレル姫を含めて今日の一日が芝居として演じられると信じた。主役は国王一家だが、近衛軍大将軍サイナップも花形役者の一人が演じるであろう。その芝居を際立たせる名場面を作らなければならない。

 物語としてはここまでは上手くいっている。国王の喜びと失意、国王と親衛隊との親密な交じり合い、キードレル姫と娘達の悲劇的な最後・・・。考えながら進んでいると、いつの間にか列の後尾になっていた。

 前を行く者達の風をはらんだホロームの紋章が浮き上がり、着込んでいる武具も見事に輝いている。しかし、その中で違和感があった。国王が目立たないのだ。首都警護軍の動揺と寝返りを期待して親衛隊員にも国王のホロームを着せたのだが、観客からすると主役がぼやける上に何か命を惜しんでいる風にも見える。国王が主役となるためには、獅子を抱くホロームを着るのは一人でなくてはならない。

 サイナップはドンジョエル国王と同じホロームを着せた若者を呼び寄せると、それを脱いで自分のホロームを着るように命じた。命じられた彼等は最初戸惑ったが、サイナップの話を聞いて自身のホロームで戦いに臨む意義を理解した。国王のホロームで戦うのは名誉であるが、後になって『国王と国王の姿をして戦った十人の親衛隊員』とだけ言われるより、自身の姿をそのまま語り伝えられる方がいいと知ったのだ。


 準備は全て整い、国王軍は意気揚揚と決戦の場に向かっていた。

 意気上がる親衛隊の最後尾にスレディノカはいた。死を覚悟した仲間達の晴れやかな顔と違って、沈んだ表情をして馬上で俯いていた。彼が最後尾にいるのはサイナップの命令であった。出発前に館の一室に一人だけ呼ばれて、秘策を打ち明けられたのだ。

「スレディノカ、よく聞くがいい。お二人はお命と引替えに何としてでも王子を逃したいと願われている。『世継ぎがこの窮地を脱すれば、いつの日かまた王家を再興できる』と思われて王子をわしに託された。主命を受けてわしも王子をこの窮地から逃す手段を考えた。そしてお前にその役目を託すことに決めた。それだけの力があると信じているからだ。それにはお前は嫌がるだろうが、ペリルポイルと同じ紋章のホロームを着てもらう。戦いが始まれば、片手獅子のホロームを着た者には首都警護軍が手を出さないはずだ。奴のホロームはここにもある。元々はわしの紋章だったからな」

 スレディノカは思いがけない大役を任されて体が震えた。王子は母親のキードレル姫と館に残ると思っていたのだ。その母子が逃れる時間を作るために命を燃やそうと、武器庫にいち早く飛び込んで最高の武具を身に着けていた。身支度も整いやっと一息ついたところで祖父に呼ばれ、『お前に王子を託す』と聞かされたのだ。大変な名誉ではあるが、自身が失敗すれば王家の血筋が絶えてしまう。あまりに重い役目であった。

「スレディノカ、今すぐ着ている鎧を脱いでこれを着けろ。まだドルスパニア王国が弱小だった頃に国王一家が窮地に立った時を考えて、こんな変わり鎧を作り武器庫にしまっておいたのだ。使う機会はないと思っていたが、初めて役立たせる時が来た。悲しいことじゃ」

 戸惑っているスレディノカを尻目に、サイナップは自らが持ち込んだ鎧を見せた。華やかさとは無縁の鎧で、全身を覆う鎧ではなく、上半身を覆うだけのものだった。見た目はどちらかというと歩兵用に近い。防御に重点が置かれ、装飾的な配慮は一切されていない。スレディノカが着込んだ見栄えのいい鎧とは雲泥の差があった。


 サイナップは鎧を両手で持つと、ひっくり返して後をスレディノカに見せた。鎧の背に不思議な卵形の膨らみがある。スレディノカは膨らみが何のためなのか想像できなかった。サイナップは床に鎧を置くと、背中の卵型の膨らみに手をかけた。そして、力を込め卵型の膨らみを開け、羽毛がびっしりと植え付けられている内部を見せた。

「スレディノカ、もうこの鎧の使い方がわかるであろう。この中に王子を入れ、お守りするのだ。戦うことは許さない。お前は親衛隊の一番後にいて、わし達から目立たぬように離れ、敵と激突した時に敵軍に紛れ込むのだ。戦場を混乱させるために陛下と親衛隊は命懸けで戦う。お前はその混乱に乗じて演習場から逃れ、サービアにいるわしの友人を頼ってくれ。仔細は手紙にしたためておいた。いいか・・・くれぐれも戦ってはならぬ・・・」

 サイナップは必要な話を終えると、そのまま部屋を出て行った。残されたスレディノカは、王子を無事にサービアに運ぶ使命の大きさに恐れおののいた。戦わずにひたすら機会を窺い、隙を見つけて一目散に逃れる。国王や仲間が窮地に陥っても助けられない。逆に敵の目を欺くために味方と戦う場面もあるかも知れない。どんな形でも疑われてはいけないのだ。サイナップならともかく、経験が浅い若いスレディノカには難しい役目であった。

 役目への決心が固まらない内に出発待機の合図が聞こえた。彼は変わり鎧を慌てて着て館前に向かった。

 彼は王子を逃がすために最高の馬があてがわれ、行軍もサイナップの言葉通り一番後ろに回された。そしてサイナップが昔着ていた片手剣獅子のホロームを着た。いつもは心躍らせて着るホロームであるが、敵将のペリルポイルのホロームは彼の気持ちを重くさせた。

 背中の卵型の膨らみはホロームで隠され、王子が入っているとは国王軍以外誰も知らない。

 スレディノカは演習場に着きたくない気持ちだった。しかし他の者達の希望は逆らしく、演習場が近づくにつれて進軍が早くなった。

 親衛隊はドンジュエル国王を先頭にして、ペリルポイルの待つ演習場に堂々と進軍したのだ。覚悟を決めた国王以下の心は固まっていたが、肝心のスレディノカはまだ心が落ち着かず、夢見心地で馬を進めていた。


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