十章 親衛隊 130 いざ出撃
・・・十二・・・
「サイナップ様、陛下がお呼びです」
宴を終え館前で出撃の時を待っていたサイナップは、キードレル姫付きの娘に呼ばれた。ドンジョエル国王が出撃と言った四ジータ(四時間)を幾分回った頃であり、最後の軍議かと思ったが、少人数の国王軍には細かい打ち合わせは必要なかった。
彼女に案内された部屋で、国王と王子を抱いたキードレル姫の二人が彼を待っていた。国王は白い柔らかな布と国王の紋章を織り込んだ二重の産着に包まれた王子をサイナップに見せた。初めて見る世継ぎの顔に喜びを感じたサイナップだったが、王子の薄命を思うと涙が出てきた。
「サイナップ、お前を呼んだのは頼みがあるからだ。何とか息子だけでも逃す方法を考えてくれ。わし達は死を恐れないが、生まれて間もない息子があまりにも不憫だ」
臣下には決して跪かない国王と姫が、サイナップの前で跪いた。二人の一途な親心であった。
「もったいない。陛下、姫、私をここまで信頼いただいて・・・」
二人の気持に心打たれたサイナップは絶対成功するとは断言できないが、奇跡を信じてある一つの方法を試みる気になった。そしてその役目を自分ではなく、若いスレディノカにやらそうと考えた。とても難しい役目だが、成功すればスレディノカの将来が一気に開ける。
「承知致しました。王子をお預かりします。陛下、姫、王子に別れを告げて下さい」
国王と姫は代わる代わる息子を抱きしめた。二人とも息子を逃す手段を聞こうとはしなかった。彼に任せることで心配事を消し去りたかったのだ。王家の名誉を守るために、息子を気にせずに最後の時を迎えたかったのだろう。肉体は滅びても先々まで名を残すのが最後の役目だと信じていた。
「陛下、姫・・・何か御印を頂きたいのですが・・・」
サイナップの言葉で姫は指輪と首飾りを外した。国王は金の腕輪を渡した。指輪と腕輪には王冠を抱く獅子の紋章が刻み込まれている。サイナップは王子の将来のために国王の世継ぎである証を預かったのだ。
「確かにお預かり致しました。陛下、他にお望みはありますか?」
「息子のことだけでいい。この場に及んではもう覚悟もできている。さあ出発するぞ」
コンボット館の前では親衛隊が整列して国王を待っていた。国王は黄金造りの鎧を身に着け、獅子の紋章のホロームを着ている。サイナップはその獅子の顔が気のせいか寂しく見えた。
親衛隊も全員が騎馬姿であった。馬にも飾れるだけの飾りを着け、馬用の鎧まで着せていた。大兵力の相手に対して、力で堂々と渡り合おうと人馬とも全身を鎧で固めたのだ。軽装の方が動き易いが、命の続く限り戦える方を選んだのだ。
サイナップは国王に願い出て、敵を少しでも浮き足だたせるために国王と同じホロームを十人の親衛隊員に着せた。ドンジョエル国王の偉大さは首都警護軍も承知しており、その国王を強く意識させれば味方に寝返る兵もいるはずと期待しての策略だった。最後の最後まで考え得る手を使って、国王軍の勝利を掴み取ろうとしていた。
「皆の者、待たせたな。華々しく戦おうぞ」
「私達は陛下とご一緒できることを光栄に思っています」
「この場に及んでもわしを喜ばせてくれる。わしもそち達にもいい知らせがある。宴席では言わなかったが、わしに世継ぎが生まれた。わしの息子を見てくれ」
国王は後を振り返った。サイナップが王子を抱いて、親衛隊、一人一人に見せるために馬をゆっくりと歩ませた。
国王に長年世継ぎができないのは皆知っていた。全王国民が待ち望んでいる願いを一番先に告げられて若者達は感激した。
「陛下と王子に栄光あれ!ドルス・ドンジョエル・パニア!」
「陛下、おめでとうございます。ドルス・ドンジョエル・パニア!」
サイナップの言葉に百人足らずの親衛隊員も唱和する。本来は王宮広場で万余の群集に唱和されるはずだが、今はそれも叶わぬ夢となった。それでもドンジョエル国王は満足気に頷きながら若者達を見回した。親衛隊の間を一巡した王子は、最後にスレディノカの所に行き、そのまま手渡された。若者達は王子が館に残されないのを知って驚き、その上国王ではなくスレディノカに預けられたことにも驚いた。王子を初陣に伴う国王の意気込みは、悲壮な決意として伝わった。
・・・生易しい戦いでは終わりそうもない・・・
若者達の心に小さな不安が初めて湧いた。
「さあ、出かけるぞ。王子の初陣だ。皆の者、頼むぞ」
進軍ラッパが高らかに鳴り響き、館に残るキードレル姫とお付きの娘達が彼等に花束を投げる。
親衛隊は国王を先頭に進軍を始めた。国王は二度と戻らないコンボット館と、二度と会えないキードレル姫にゆっくりと手を振る。空は良く晴れていて、出陣するには最高の天気だった。




