一章 シュットキエル 13 バーブル
・・・十三・・・
翌日からバーブルは、終日父親と塔に籠もった。父親から役目を受け継ぐ日々が始まったのだ。鐘を鳴らす時の格好も父親と同じにした。邪魔な長い髪を結び、足元は滑らないように布製の靴に松脂を付けた。父親の服を着たが、長身で細身のバーブルには丈が短すぎる反面、胸板が薄くて前が開いた。不格好な姿を見てヨードルは腹を抱えて笑い、バーブルは苦笑いをした。
バーブルにとって鐘を見るのも触るのも初めてになるが、鳴らす位は簡単にできると軽く考えていた。生まれてからずっと鐘の音を子守歌代わりに聞いて育ち、教えられなくても自然に身体に染み込んでいた。それにシュットキエルに住む者の一人として、鐘の音が示す意味も知っていた。十日もしない内に自分のものにして、父親を驚かせてやろうとさえ思っていた。
息子の張り切った様子に満足したヨードルは螺旋階段を上がりながら、鐘は搭の一番上に置かれ、今から行く部屋で紐を引けば鳴る仕組みを教えた。
「部屋で紐を引くと鐘が動き、吊された金具が鐘の内側を打って音が出る。一鐘に一本の紐。それが一組でこの塔には十六組ある」
バーブルは父親の話をおぼろげに理解したが、実際に部屋に入り、天井から下がる多くの紐を見て、紐の林に迷い込んだ気がした。
「父さん、紐は十六本だけじゃあないの?」
「基本は一鐘につき一本だが、何鐘も同時に鳴らして和音を響かせる必要もある。だからこんなに多くの紐となった。今から鳴らすから見ていろ」
父親は呆然としている息子を押しやり部屋の隅に立たせた。
手始めに朝の鐘を鳴らすことにした。使い込んだ取手の付いた紐を巧みに操り、部屋中を動き回りながら、時には一本、時には数本まとめて引き下ろす。小さな輪が付いた紐は足を使った。一見無造作な動きに見えるが無駄が無く、紐も絡まりそうで絡まらない。動き続けるヨードルの体からは汗が吹き出したが、一時も身体は休めなかった。
・・・鐘をこんな格好で鳴らしていたとは・・・
バーブルは目を丸くした。天井に開けられた穴からは鐘の音が絶え間なく流れ込んで来る。 遠くで聞けば美しい音色が、近くでは音の洪水となって襲いかかる。シュエードの優雅な音色を愛するバーブルにとって、鐘の音はあまりにも大き過ぎた。あまりの騒々しさに耐え切れなくなったバーブルは思わず耳を両手で塞いだ。
「どうだ、バーブル・・・・お前はこれを覚えるのだぞ」
鳴らし終えたヨードルは汗を拭きながら声を掛けたが、息子が耳を塞いでうずくまっているのを見て呆れた顔をした。
「おいおい、見ていなかったのか?」
かがんだバーブルの肩を少し乱暴に叩いた。バーブルは顔を上げて父親を見た。まだ頭の中で鐘の音ががんがんと響き続けていた。
「父さん、とても十日内では無理だよ。どの紐を引けばどの音が出るのかさえわからない。それに鐘の音が大きすぎて、頭がくらくらしてしまう」
父親は血の気の引いた顔を見てため息をついた。
「お前は繊細だからな・・・穴を小さくすれば音は問題ないだろう。わしもおじいさんから教わったが、その時は半年かかった。お前はシュエードの名手だから、十六鐘の音などすぐに覚えられる。どの紐を引けばどの鐘が鳴るかを覚えたら、わしの仕草を見て鳴らす順序を頭に叩き込んでくれ」
ヨードルはふらつく息子を家に帰らせると、天井の穴を小さくするために漆喰を塗った。外で聞くのと同じような音になったが、全ての穴を小さくするのに貴重な一日を費やしてしまった。
家に帰るとヨードルは一族の歴史、鐘との関わり、手入れの仕方など、受け継いでいる全ての事柄を教えた。
「いいか・・・秘密が漏れるのを防ぐために書き物にするのは禁じる。全て頭の中にしまい込むんだ」
この点は父親の期待に応えられた。
問題は鐘撞きの役目そのものだった。連日ヨードルは早く覚えさせようと何度も繰り返して見本を見せ、バーブルも手の感覚がなくなるまでに紐を引いた。それでも上手くいかなかった。カーン、カーンと時間を問わず様々に打ち鳴らされる鐘の音に対して、村人達からは一度として文句は出なかった。大切な役目の受け渡しが行われていると誰もが知っているからであった。
「どうすればいいんだ・・・どうすれば」
バーブルは焦っていた。手の皮はとっくに剥け、手当てした布に血がにじんだ。寝る時間も惜しく励んだものの、明るい兆しはなかった。天井の穴が小さくなって集中できたおかげ鐘の旋律は掴んだが、実際に鳴らしてみると父親を満足させるには程遠かった。それより高ぶって小さな失敗を繰り返し、悪くなる一方だった。悩みで目の下に隈ができ、頬の肉が落ちて殺気だった顔になった。
ヨードルもバーブル以上に焦っていたが、顔や口に出さずに辛抱強く教えた。教える者の少しの焦りが、教えられる者には大きな焦りになるのをよく知っていた。時には亡くなった妻に心の中で助けを求めながらも、息子と鐘撞役の血筋を信じて、大らかな気持ちで息子と接した。
ヨードルのこの姿勢が通じた。ある日を境にしてバーブルは見違えるように腕を上げ、期日までに完璧に自分のものにした。十代の伸び盛りの若い能力は、父親の期待に完全に応えられたのである。




