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十章 親衛隊 129 最後の晩餐

・・・十一・・・


「陛下、お話があります」

 コンボット館に帰ったサイナップは、ドンジョエル国王にペリルポイルの謀反話をした。演習場でペリルポイルに会って、彼の条件を聞いて来たのだ。しかしその条件は到底国王が受け入れるとは思えない厳しい内容だった。彼の出した条件とは国王の退位とキードレル姫並びに世継ぎの引渡しであった。つまり国王の命は助けるが、妻子の命は諦められるかという問いかけである。国王の家臣団はサイナップを除いてサービアに残っており、国王自らが判断するしかなかった。

 ドンジョエル国王は無言で話を聞いていた。国王も予想していなかっただけに頭が混乱していた。あれだけ目をかけて昇進させた男が不満を持つ理由が見つからなかったのだ。

・・・一コレドゾから長官に上り詰め、ドル・ドン長官も兼任し、国政にも参画させている。ペリルポイルの政策をそのまま取り入れ、権限を与えて実施させたではないか・・・

「ペリルポイルがの〜・・・サイナップ、館から逃げ延びるのは無理なのか?」

「残念ながら・・・」

「わしの退位で話がつくなら、それでもいいが・・・」

「世継ぎがお生まれになるまでは、それで話がつきました。しかし今となったら難しいと思われます。彼の家臣団が納得しないでしょう」

「まだ姫の懐妊も出産も公にしていないではないか」

「陛下、人の口は塞げません。それに命を助けて将来いつ誰かが世継ぎを担いで刃向かうかを心配するより、ここで恨まれようと災いの元を断つことが奴には最善なのでしょう。現に陛下もセイコズレ様のお命を世継ぎの誕生前に将来を思って奪われました。ペリルポイルの記憶に強烈に焼き付いています」

「そうか・・・。わしが教えたのか・・・」

「私も油断しました。申し訳ありません・・・。陛下・・・相手はペリルポイルです。御覚悟され、陛下の名が汚れぬようになされるのが肝要かと存じます」

「時間はないのだな」

「はい、彼は演習場で陛下を待っております」

「では支度をするか。ところで・・・女達はどうすると申した?」

「陛下、ペリルポイルは話のわからない男ではありませんが、人生の岐路においては情けを期待するのは無理でしょう。全て抹殺して証拠を残さない場面です」

 サイナップはコンボット館の者が誰一人生き残れないのを暗に説明した。国王は窓から演習場の方角を見詰めて、ややあって振り向いた。覚悟を決めたのか、苦渋に満ちた表情は消え、すっきりした顔になっていた。

「よし、四ジータ(四時間)後に出陣する。お前は親衛隊に出陣の準備をさせろ。武器は館内の武器庫のものを使うがいい」

「武器庫の?あれを使ってもいいのですか?そうですな。残しても奴の物になるだけですからな。これで最後の戦いが華々しく飾れます」 

 サイナップは国王の命令を若者達に告げることにした。

 コンボット館の広間に入りきる百人足らずの親衛隊を前にすると、その数の少なさに改めて自分の油断を悔やんだ。国王の意思に反してでも堂々と近衛軍団を引連れ演習場で待機させれば、如何にペリルポイルといえども謀反を考えなかっただろう。むしろ世継ぎに取り入る策を考え、より王国を強国にするために力を尽くしたに違いない。残念この上ないことであった。 

 食堂に集められた親衛隊は、サイナップからペリルポイルの謀反と、演習場への出陣を聞かされた。ほとんどの者が驚いたが、決戦場で国王と一緒に戦うと聞かされると、喜びで沸き立った。その中での不安は、サービアから軽装で来たため、剣しか武器がないことであった。武具を館まで持ち込んでいたのは、サイナップと数人の者しかいなかった。鎧、弓、槍、楯がないと気力は旺盛でも戦いにはならない。

「心配するな。お前達の欲しい物はこの館にある。陛下が名のある武具をお集めになっているのを知っているだろう。陛下はその名器をこの館にも置かれているのだ」

「陛下の武具集めのお噂は聞いております。でも武具の域を超えると言われる逸品を私達が戦いで使ってもよろしいのでしょうか?」

「陛下の危機だ。構うことはない。お前達にとっても一生に一度あるかないかの機会だ。陛下からこの通り鍵を頂いてきた。それっ」

 サイナップは身近にいる若者に鍵を投げた。彼等は顔を見合わせていたが、本当だと知ると我先にと武器庫に走った。

 武器庫には整然と武具が並んでいた。国王がドルスパニア王国内だけでなく、各国から集めただけにどれを選んでいいか迷うほどであった。若者達は自分の好みに合った武具を選ぶと慣れた手つきで身に着け始めた。戦いの経験はなくても、小さな時からの繰り返しで目を閉じてもできる手順だった。

 武具に身を包むと気持ちが高ぶり、彼等は互いに武具を見比べたり剣の素振りをしたりした。次第に戦いを前にした戦士の顔に変わっていく。

 同じ形、色の武具で統一された親衛隊とはならなかったが、さすがに選りすぐりの武具だけに、一人一人の姿は目を見張るほど煌びやかにになった。『遠征式典』、『凱旋式典』を壇上で見守る若き将軍になった気分を全員が味わえた。

 戦いの支度を終え食堂に戻ってみると、テーブルには豪華な料理が用意されていた。彼等は着席と料理に手をつけるのを待つように命じられた。ただ食前酒は許され、それを飲みながら仲間と談笑した。

 話題の中心は、何故サイナップが深刻な顔をして戦いについて話したかという点だった。首都警護軍が相手と聞かされて、若者達は幾らか安心していた。近衛軍と首都警護軍はサービアでも反目し合って乱闘騒ぎもしたが、一度も近衛軍兵士達が負けなかった。戦いの経験がないのはどちらも同じだが、戦うのが使命と教え込まれた近衛兵達には恐怖心はなく、正統派としての誇りがあり、何よりも団結力が強かった。その近衛軍の中から特に選りすぐられたのが親衛隊だった。だから演習場で待ち受ける警護軍の兵数が少々多くても、ドンジョエル国王、サイナップがいる限り負けるはずがないと信じていた。

 その話題の主のサイナップが新しい武具に身を固めて姿を現した。若者のような華やかさはないが、重厚さと貫禄が染み出て、堂々たる大将軍の趣があった。彼の登場で室内が静かになった。武具が擦れる音以外何もしなかった。

「皆の者、御馳走を前に待たせて申しわけない。この料理は王宮の晩餐会、それも最高の客人をもてなす時の料理だ。今日は特別の日である。両陛下も同席される」

 大きなどよめきが起きる。国王と同じ席で同じ食事ができるとは考えていなかった。


「両陛下がお見えだ。お迎えしろ」

 その声に合わせて食堂の扉が開き、ドンジョエル国王が入室して来た。その後にキードレル姫が続く。王宮ならば音楽隊が国王の曲を演奏するところだが、コンボット館には来ていなかった。

・・・拍手・・・緊張感を破る拍手が鳴った。若者達の目に拍手するサイナップが見えた。親衛隊員達、娘達も追いかけるように拍手して、国王とキードレル姫を迎えた。国王は笑顔を見せ上機嫌だ。キードレル姫も微笑んで後に続く。拍手は正面席に国王夫妻が着くまで鳴り止まなかった。

「皆の者。これはわしからの心ばかりの感謝の印だ。出陣までの時間を楽しんでくれ。腹一杯食べて、戦いでは思う存分暴れるがいい」

「陛下、親衛隊は生も死も陛下と供にあります。そうだな!」

 サイナップの声に全員が右手を胸に置く。腕に付けた防具と鎧がぶつかる音が鳴り響いた。国王は何度も満足げに頷いた。キードレル姫がそっと涙を拭う。

「さあ、乾杯だ。飲みすぎるな」

 国王の声に皆が笑った。

 和やかな宴が始まった。キードレル姫を世話する娘達も盛装をして、親衛隊員の間に座って相手をした。彼等は美しく着飾った娘に胸をときめかせながらも、若者の特性でわざと堅苦しい話をした。娘達はそれに対して笑顔で応えた。キードレル姫の世話係に選ばれるだけに、美しさも群を抜いている。彼女達が微笑むだけで、若者達は天にも昇る気持ちになった。彼等は目の前の料理や酒以上に、娘達のほのかな香りに心を乱した。

 宴は盛り上がっていたが、ただその中でもスレディカ達、見回りに行って敵陣の様子を見た者は肩を落としていた。圧倒的な首都警護軍の兵数を知っている彼等は、どうしても戦いの行方を思い浮かべた。一方的な敗戦、一人として生き残れない悲惨な結末が見えていた。仲間に教えたい気持ちもあったが、戦いの場で自然に知るまで黙っているのも友情と思い、宴を楽しんでいる仲間達をぼんやりと見ていた。


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