十章 親衛隊 128 千載一遇
・・・十・・・
丘に向かった若者達が戻って来ない。サイナップは気長に待っていたが、それにしても遅い。食事に間に合わないと嘆いていたのに、とんだ変わり様だ。様子を見に行く気にもなれず困った奴等と嘆息していると、ようやく彼等が戻って来た。
「スレディノカ、何道草を食っていた!コンボット舘まで駆けることになるぞ」
「申しわけありません。戻りながら話し合いましたが、私達は反省しなければなりません。まだまだ将校としては甘いと思い知らされました」
「そうであろう・・・今頃気付くとは遅いが悪い考えではない。丘の上で昇る朝日を浴びて、新たな気持ちにでもなったか?」
「はい。新たな気持ちになりました。そうだろう・・・みんな」
スレディノカは一緒に丘に駆け上がった仲間を見て同意を促した。彼の言葉に仲間も頷く。
「皆が皆そういう気持ちになるとは、余程美しい朝日だったのだな・・・」
「いえ、そうではありません。私達は丘から見た光景に感動しましたが、朝日ではありません。サイナップ様、それが何だかわかりますか?」
スレディノカはなぞ掛けをした。が、不機嫌になりそうなサイナップの表情を見て、慌てて話し始めた。
「私達が感動した光景をお話します。それは誰もいないと思っていた演習場で訓練している部隊を見たからです。それも重武装をして、整然と陣組みをしていました。部隊には荷馬車隊の姿はなく、サービアから一晩かけてやって来たに違いありません。歩兵もいますが、彼等は寝ずに行軍してきたのでしょう。ゆっくり朝食を作る時間もないのか、まずい携帯食を食べていました。夜明けを待って演習を始め、暑くなる前にサービアに帰る予定ではないでしょうか・・・。或いは陛下に見せるつもりで、念入りにやっているのかも知れません」
「その姿を見て私達は感動しました。コンボット舘でうまい物を食べ、酒を飲んでいる。朝夕の見回りを不満に思うなど恥ずかしい限りです」
サイナップは話を聞いて驚愕した。完全武装で歩兵まで引連れ、携帯食を食べている。若者の感動と経験深い古強者との感覚の差はあまりにも大きい。ドンジョエル国王に見せるだけであれば、行軍に時間のかかる歩兵など連れて来ない。それに平和な国内は、命令書を持たない武装部隊が行動できないのだ。ただし・・・仮に命令書があったとしても、夜間行動は厳格に禁じられていた。この時期国内を移動する命令を受けている部隊は思い浮かばなかった。サイナップは近衛軍将校に何度も確認していたのだ。
「ついて来い」
自分の目で、部隊が演習目的か、それ以外の目的なのかを確かめなければならない。若いスレディノカ達では判断がつかないことである。サイナップは彼等が目にした部隊が、国王に訓練を見せるために演習場に来ているのを願った。
「え〜。またですか・・・これじゃあ完全に朝飯抜きだ」
食事にありつけないと知ると、さっきまでの感動がもうすっかり色褪せた格好でスレディノカがぼやいた。普通であれば怒鳴り散らすとこであるが、若者の自分勝手な考えに一々反応するのは実にばかげている。それよりもっと悪い予感がサイナップを包み込もうとしていた。
サイナップは丘の手前で馬を降りて、腹ばいになって前進した。朝露がサイナップの美しい鎧を汚す。それでも構うことなく進んで行く。
スレディノカは従いながらも後悔していた。ただ美しい朝日が見えるだけでしたと早く戻っていたなら、今頃コンボット舘への帰り道を戻っていただろう。館にはキードレル姫の世話係としてかわいい娘が何人もいて、親衛隊の朝食も用意してくれるのだ。やっと最近お目当ての娘が自分を見て微笑んでくれるようになった。彼女の名前をいつどうやって聞こうかというのが、今の彼の悩みだった。
丘の上に着いた。サイナップはスレディノカを自分の横において、演習場を見下ろした。
彼の話し通りに広い演習場が黒々と多くの兵で埋まっている。携帯食を食べ終えたらしく、各自がもう一度武器の点検をしている最中であった。部隊の本陣も見えた。警護する部隊を周囲に何重にも配置し、奇襲されても動じない理に適った陣取りをしている。
「う〜む、旗がよく見えない・・・。果たして味方なのだろうか?」
年のせいか遠目が利かず、つい言葉にして出してしまった。それを聞いた隣のスレディノカが半ば呆れた口調で言った。
「なんだあ・・・おかしな真似をされると思ったら、おじい様はあの部隊を敵と思ったのですね。通りで腹ばいになって前進して・・・先に私に聞いて下さればよかったのです。味方!あれは味方です。それも首都警護軍ですよ。あの本陣の旗は赤で、おじい様のかつての紋章、片手剣獅子です。つまりペリルポイル様ですよ。挨拶に伺いますか?・・・でも、その前に鎧の汚れを取って下さい。泥だらけですよ」
スレディノカが笑いながら立ち上がろうとするのを、厳しい顔をして押さえつけた。サイナップは首都警護軍、ペリルポイルと聞いて、自分達が最悪の状況に置かれていることを瞬時に悟り、軽い目眩を感じた。頭の中で過去の出来事が早回りで回転する。そしてそれは、ペリルポイルにホロームを譲った時で止まった。
・・・そうだったのか・・・奴はあの時から今日の日を夢見て生きてきたのか!国王の座を狙うためにドル・ドンを作って陛下と将軍を切り離し、そして自身は陛下の信頼を得る努力を怠らず、思う通りに足場を着々と固めて来た。その上都合のいいことに陛下になかなか世継ぎができなかった。今や陛下の信頼は揺るぎないものとなり、奴は有力な後継者の一人の地位にのし上がった。しかし・・・長年の苦労が報われて、ようやく夢に手が届くという矢先に、彼にも予測できなかった大問題が起きた。まだ一部の者しか知らない秘密だが、キードレル姫が御懐妊され、御出産されたことだ。それも男子誕生だ。サービアに帰れば、陛下はセイコズレ妃の噂を払拭できる明るい話題として発表されるに違いない。いきなり引退されて国王の地位をお譲りになることだってある。そうされずにそのまま国王の地位でいらっしゃるなら、若君のために強力な家臣団をお作りになるだろう。わしは老い先短いから関係ないが、ペリルポイルなど、これまで後継者と見られていた有力な者は選ばれない。むしろ排除・・・粛清される・・・。ということは・・・今しかない!そうだな・・・ペリルポイル・・・よくぞ一コレドゾから王位を狙い、奪い取れるまで大きくなった・・・
サイナップの目から自然に涙が流れる。自分の油断から国王一家を滅亡させてしまう後悔の涙だ。それと長い時間をかけて今日の朝を迎えたペリルポイルの心境を思っての涙だった。
感傷に浸っている間にも本陣から各部隊に伝令が走り、陣が組み上がっていくのが見えた。各部隊を扇状に左右に配置し、扇の要に本陣を置く形だ。軍勢は演習場を通る道を中心に展開しており、演習場の半分は広く開けられていた。もちろん方向はコンボット館を向いている。
・・・陛下の最後の舞台を作ったな。後は役者の登場を待つだけになった・・・
「間違いなくペリルポイルだ。今から会って来よう。お前達はここに残って、わしを見ていろ。わしの身に何かが起きた時は、陛下に見たままのことをお伝しろ」
スレディノカはただ事でないサイナップの様子に緊張した。目の前のペリルポイル軍が敵として布陣していれば、逃げ道を完全に塞がれたことになる。それは国王のみならず自分の命までもが風前の灯火と化しているのを意味するものだった。ついさっきまで考えもしなかった死が、目に見える所まで迫っていた。将校として死を恐れぬように教育されてきたものの、まだ生への欲求の方が強いスレディノカは黙り込んでしまった。




