十章 親衛隊 125 突撃!サイナップ
・・・七・・・
ドンジョエル国王は椅子に腰掛けて戦況を見ていた。眼前で繰り広げられる騎馬戦をもう何度見たことだろう・・・。子供の頃の兵隊人形遊びが、生身の兵士によって生死を賭けて行われている。名誉を得ようと戦っている騎馬兵達の姿を見ながら、レドソック王国との長い戦いにそろそろ決着をつけなければならないと思っていた。
「陛下〜、陛下〜」
ホロームを着込んだ一騎の騎馬兵が、大声で叫びながら駆け寄って来る。風をはらんだ布が引っぱられ、背中と同じ胸の図柄がはっきりと見えた。一目で国王はその騎馬兵の正体がわかった。サイナップだ。近づく正体不明者を射落とそうと弓を引きかけた兵に、止めるように命令した。その間にも鞭を入れ続けたサイナップが目の前に来た。
「サイナップか・・・傷も癒えたようだな。戦いたくてやって来たのだろうが、残念ながら騎馬戦は終わりだ。まだ無理をするな。引き揚げるぞ」
サイナップは国王の前でも下馬せず、息を弾ませてペリルポイルの策を自分の策として告げる。
「陛下、直ちに全軍に突撃命令を出して下さい。勝機は今です!」
「何!何故だ?」
サイナップは詳しく説明する時間はないと判断した。
「追い風、下り坂、敵兵の油断!先陣を承ります」
これだけ短く言うと、自分が遠征前に率いていた近衛軍に向かった。そして全軍を騎乗させると、自らが先頭に立って突撃を開始した。
それまでの静かな戦場が一変した。
突然のサイナップの突撃を見て、突撃ラッパを待たずに次々に部隊が動く。一部隊の突進ならまだ突撃ラッパを待つが、近衛軍の突撃は国王の意志を示すもので、遅れるわけにはいかなかった。将校達はタイガルポットで、国王の背中を見る戦いは恥ずべきものと教え込まれていたのだ。
ドンジョエル国王もサイナップの残した短い言葉から、彼の意図を理解した。勝機が確かに見える。
「全く素早い奴だ・・・馬を引け!突撃だ」
自慢の白馬に跳び乗ると、ぴしゃりと鞭を入れて飛び出す。参謀役が慌てて突撃ラッパを吹かせた時には、既に国王は数百レンド(数百メート)も先を駆けていた。出遅れた親衛隊が必死で追いかける。国王は下り坂を見つけたサイナップの感覚に驚いた。実際に馬に乗ってみて、馬足が伸びることで初めて認識できるほどの些細なものだった。国王も敵との間にある緩やかな下り坂には気付いていなかったのだ。
サイナップに置き去りにされた格好のペリルポイルだけが、自分だけのために繰り広げられたようなこの戦いをじっくりと見ることができた。サイナップに勝利する策を話したが、いきなり国王のもとに駆け出すとは思わなかった。それに長々と説明もせずに、近衛軍を引連れて突撃する彼の姿に怖れさえ抱いた。戦況を見て、頭で理解するより直感で行動した勘の冴は、到底自分には真似できないものであった。
ペリルポイルが予想した以上に、戦いはドルスパニ王国の圧勝で終わった。
日常となった騎馬戦が引き分けと読んだレドソック軍は、マルネティス国王を先頭にして騎馬戦に参加した部隊を殿軍にして戦場を後にしようとしていた。その定期戦と化した最初の騎馬戦で巻き上がった砂塵が収まらない内に、サイナップに誘発された王国軍の突撃が勝利を決めたのだ。
「陛下、ドルスパニア王国軍が全軍で突撃して来ます」
伝令が絶叫しながらマルネティス国王に急を告げた。国王を取り巻く将軍達の顔色が変わった。全く油断をしていたわけではなかったが、敵軍がいきなり全軍あげての戦いを挑んでくるとは思っていなかった。
マルネティス国王は引き分けに終わった騎馬戦にほっとしていた。大敗する戦況ではないものの、ドルスパニア王国はこれまでのどんな敵国よりも強く、しつこかった。長い戦いに疲弊して、母国へ戻る素振りを一切見せない。自国内での戦いであったが、地の利を生かす戦いには引き込めなかった。それに膠着状況を打ち破る策はなく、負けない戦いをするだけが精一杯だった。定期戦となった騎馬戦も無事に終わり、意識は明日の戦いに向いていた・・・。そんな彼の耳に、大地を揺るがす音が後方から飛び込んで来た。何事かと振り向いた目に、騎馬戦で舞い上がった砂塵を更に舞い上げるように、ドルスパニア軍が横一線に並んで突撃して来る姿が飛び込んで来たのだ。
考える時間はなかった。
「陛下、お下がり下さい」
参謀達は近衛軍を国王の前面に布陣させ、他の部隊にも方向を変えるように命令した。
兵士達の目にもドルスパニア王国軍の怒濤の攻めが映る。自分達の危機を察し必死で陣を整えようとするが、その間にもドルスパニア王国軍が本陣を目指して猛烈な勢いで近づいて来る。王国軍は突撃をしながら、横に拡がった陣を縦の陣に変えて迫っていた。マルネティス国王のいる本陣に狙いを定めて、一気に叩こうとしているのは明らかだった。
「落ち着け、相手は同じ兵力だ。受け止めて押し返せ」
マルネティス国王は慌てた様子を見せまいと、兜もかぶらずにドルスパニア王国軍の突進を待っていた。
「うん?この風は?」
豊かな前髪を揺らす風を感じた。
「しまった!不覚を取った」
顔に風を感じた時、自軍が風下に立たされていることに初めて気付いた。それに加えて敵軍の列がずっと後まで見通せ、わずかではあるが高位置から攻め込まれているのにも気付いた。彼を囲む参謀達も不利な状況と認めざるを得なかった。
「来ます。騎馬軍の善戦を期待しましょう」
参謀の声が終わらぬ内に、敵軍の先陣が波となってさっきまで騎馬戦を繰り広げていた部隊を飲み込んだ。敵軍の動きは一瞬止まったが、勢いを増して再び動き出した。レドソック軍の殿軍が潰え、もはや突撃軍を止める味方はいなかった。
「陛下、残念ながら陣形の立て直しは間に合いません。我々がこの場所を死守しますから、早く安全な所までお逃げ下さい」
参謀達が国王に進言した。ここで敗れても国王が生きている限り、レドソック王国は存続するのだ。
「無念じゃ、わしの過ちだ」
引き分けの騎馬戦に安心して気持ちが弛んだ瞬間を見透かされ、その上高位置と風上を利した鮮やかな突撃を受けて、マルネティス国王は一生に一度の油断を悔いた。ドルスパニア王国の先陣の突撃を見た瞬間に、数部隊でもいいから命令を待たずに迎撃に飛び出していれば戦いにもなったが、金縛りにあったように立ち尽くして突撃を呆然と見てしまった。
「陛下・・・早くお逃げ下さい」
「お前達を残して逃れるわけにもいくまい。この場は降伏しかないようじゃ」
マルネティス国王は決断した。他国内であれば戦いに負けても本国に帰れば再起は図れるが、自国内での大敗は立て直しが効かない。それに一時的に助かっても、勝利した敵軍がそのままの勢いで首都に攻め寄せると防ぐ手段はなく、壊滅するのは目に見えていた。
「敵軍を止める。降伏の合図を打ち上げろ」
国王が沈痛な顔で命令を出した。
レドソック王国軍本陣から、一発の花火が打ち上げられ、青空に大きな白い華を咲かせた。降伏の合図だ。まだドルスパニア王国軍が殺到するまでに距離はあったが、この時点で降伏意志を示さないと合図が双方に伝わらず、戦いとなってしまう。気持ちが萎えたままで戦えば、レドソック軍に多数の死者が出る一方的な敗北となるのは明らかだった。国王は降伏を決断したからには、何としてでも戦いを避けたかった。
「降伏の合図じゃ。並足に戻せ。だが油断するな」
ようやくドルスパニア王国軍の突進速度が鈍った。先頭に立っているサイナップが降伏の合図を見て、突進するために丸めていた背中を伸ばしたのだ。しかし速度は遅くしたが突進は止めなかった。
更にレドソック軍の本陣から花火が上がった。それを見てやっと突進を止めた。相手の顔がわかる位の位置だった。
降伏したレドソック王国軍が武器を捨てて静かに後退して行く。しかしマルネティス国王のいる本陣はその場所から動かない。親衛隊までもが本陣から離れ、国王の傍にいるのは十数人の参謀だけとなった。武器は捨てなかったが、この少人数では捨てたのと同じだった。
「陛下、ドンジョエル国王です」
参謀がマルネティス国王に告げた。国王一人が前に進み出て迎える格好をとった。
ドンジョエル国王が警護兵と供に現れた。突撃軍の先頭にいたサイナップはそのまま警護役になって、二人の対面に立ち会う形になった。
「陛下、我々の負けを認めます。私の首と引き替えに部下達をお救い下さい」
マルネティス国王はドンジョエル国王の前まで一人で行くと、即位式以降初めて人前で跪き臣下の礼をとった。
武器を持たない国王と軍団・・・今ドンジョエル国王の手に彼等の運命が握られていた。ここで一言命令するだけで、レドソック王国軍は永遠に消滅する運命にあった。
ドンジョエル国王は改めて無防備の敵軍を見回した。自軍の突進に対して防御戦を展開していたなら、今頃大激戦の最中であった。兵数もほぼ同じであり、これまでの戦いで強さは十分知っていた。本陣を突き崩しマルネティス国王を討ち取れたろうが、味方も相当な損失を被ったに違いない。事実突進しながらも、相手陣からサイナップのような勇将が飛び出さないように祈っていた。
「陛下、どうかお立ち下さい。勝負は時の運です。今日は我々に運が味方しました。今後同盟軍として私を助けていただきたい」
ドンジョエル国王はマルネティス国王を立たせると、両肩に手を置いて温和な顔で頭を下げた。どちらが勝者かわからない光景だ。そしてその後サイナップも、遠くで見ているペリルポイルも驚く行動を取った。
「戦いは終わった。宿営地に帰るぞ」
マルネティス国王も驚く中で、軍に反転を命じた。軍は国王の命令を受けると、整然と部隊毎に転回して戦場を後にした。
「これは・・・夢でも見ているのか?」
残されたマルネティス国王も参謀の将校達も言葉が続かなかった。それもそのはず。ドンジョエル国王はマルネティス国王へ同盟を申し入れ、返事も待たずにさっさと馬に乗ってしまった。そして何の約束も取り付けないで、ドルスパニア王国軍と引き返して行く。彼は馬上で何度も振り向いて、嬉しそうにマルネティス国王に手を振った。戦争ごっこで勝った子供が、またやろうという風な別れ方だった。
王国軍の撤退を見て、後退していた自軍が戻って来た。彼等が降伏を示して放棄した武器を手に取った時にも、まだ王国軍の後尾が見える距離であった。
「陛下、今度は我々に勝機が巡って来ました。追撃しましょう」
「陛下!」
口々に参謀達が次の命令を催促した。今度はレドソック王国が勝利する機会を掴んでいる。マルネティス国王が突撃命令を出せば、背後からドルスパニア王国軍を襲えるのだ。・・・が・・・国王はそれをしなかった。ドンジョエル国王の大きさに圧倒され、その魅力に負けていた。もう戦う意欲を失っていた。
「王宮に帰るぞ。ドルスパニア王国軍を歓迎する宴の準備をする。信頼できる国王と同盟を結ぶことに決めた。誰かドンジョエル国王を招待する使いに立ってくれ」
強国のレドソック王国と同盟を結び、戦わずに友好国を得られたこの戦いは、ドンジョエル国王の地位をより強めた。これ以降ドルスパニア王国に匹敵する軍事大国のレドソック王国は、裏表のない同盟国として各方面の遠征に参戦し、他の強国を征服する上で大きな力となった。また無駄な血を流させないドンジョエル国王の方策は他国の王を安心させ、戦うことなく多くの国が支配下に入った。




