十章 親衛隊 124 ホローム
・・・六・・・
サイナップは傷が癒えてくると、戦場に向かう兵士達が羨ましくなり、見送るだけの日々に耐え切れなくなっていた。コレドゾの役目に没頭すれば気も紛れるが、ペリルポイルに任せたからには口出しできなかった。要請書に署名するのがもっぱら彼の役目だった。近衛軍に戻って戦いたくてもコレドゾの立場ではそれもできず、何かいい方法はないかと考えていた。そして戦いを見るだけであれば問題がないことに行き着いた。しかし一人では面白味もなく、夕方まで何もしないペリルポイルを誘った。ペリルポイルは実戦を間近で見た経験がなく、名高い近衛軍将校のサイナップの誘いを喜んだ。
その頃遠征軍と敵国、レドソック王国との戦いはなかなか決着がつかず長期戦となり、双方ともに堅固な陣を構えて対峙していた。華々しく戦えば一気に勝敗がつくが、決戦機を逃すと長期戦になる。特に相手のレドソック王国とは力が拮抗していたため、長い戦いとなっていた。しかし長期戦になってもサービアからの補給品は途切れなく届き、兵士達が不自由さを感じることはなかった。
ドンジョエル国王は敵との睨み合いの中、緊張感が弛まないように時々部隊の花形である騎兵を繰り出して騎馬戦を挑ませた。相手も同じ思いなのか同程度の部隊を出陣させて来る。相手以上兵数を出さないのは、上回る兵数で勝っても誇れるものではなかったからだ。
鍔迫り合いに似た騎馬戦は双方の兵士達が見守る中で行われ、勝ったり負けたりの繰り返しだった。華やかな戦い振りは双方の士気を高めた。何回か行われる内に、敵味方共に名前が知れ渡る勇者が現れ、その勇者同士の決闘もあって、これまでにない記憶に残る戦いとなっていた。またこの長期戦は、階級の低い将校達には国王に認められる絶好の機会となった。国王の眼前で敵の勇者を倒せば、輝かしい名誉と揺るぎない地位を手中にできるのだ。誰もが騎馬戦に出るのを望んだから回数を重ねる毎に戦いは大きくなり、緊張感が高まっていた。見ている兵士達は騎馬戦の勝敗に一喜一憂しながらも、雌雄を決する最後の大激戦もそう遠くないと感じていた。
サイナップとペリルポイルは騎馬戦に向かう近衛軍の後を追った。ドンジョエル国王の前で繰り広げられる戦いを控えて騎兵達の士気は高く、多くの者が色鮮やかなホロームを着ていた。サイナップもコレドゾには許されないホロームを着込んでいた。武骨な彼には似合わぬ赤で、国王から許された獅子の図柄だ。騎馬戦には参加できないが、何かのはずみで決戦に変わった時に戦える支度をしていたのだ。
「サイナップ様、これがホロームですか?見事ですね」
「わしの宝じゃ。陛下に獅子の図柄を許された」
ホロームを褒められてサイナップも自慢げに話した。
「陛下と全く同じ紋章なのですか?」
「陛下は使ってよいと申されたが、余りにも畏れ多い。それで図柄を変えて獅子だけを使っている。陛下の紋章は王冠を抱く獅子だが、わしは王冠を剣に変えた。獅子が剣を持つ形にしたのじゃ。陛下をお守りしたいわしの気持ちを表した」
「確かに・・・でも私はサイナップ様の紋章の方が好きです。羨ましい限りです」
ペリルポイルは心底羨ましげな顔をして、サイナップのホロームを見た。
ホロームがない時代、指揮する将校達は手柄を示すために、色や形が決められた歩兵より目立つ武具を身に付けていた。しかし敵味方が交錯する乱戦になると見分けがつかず、部下が不安に駆られて敗退したり、戦い振りを評価する将軍に他人と間違えられたりした。命懸けの場面で、こんな無念なことはない。それを避けるために、武具に自身を強調する目印を付ける者が現れた。その目印が真似されている内に進化、洗練され、最後に行き着いた形がホロームだった。
ホロームとは鎧の上に着る袖のない薄手の服で、その背中や胸に描かれた図柄が本人或いは一族、兄弟、親子など特定の集団を現すものだ。普段は背中で垂れているが、風をはらむと大きく膨らみ、誰が奮戦しているのかを周囲に示した。
この服の呼び方は国によって違ったが、どの国の軍でも採用された。兵士の士気を高め、軍功を間違えずに見極められる点が受け入れられたのだ。その色と図柄は一族の紋章、数字、動物、草花など自由に決められるが、他者と同じ図柄の使用は許されなかった。戦場で着れば確実に相手に狙われるから、その使用は本人に任された。中には着ない者もいたが、勇敢な将校の証であり、手柄を立てて昇進するための道具をほとんどの者が身に着けた。
二人の目の前で、両軍が真正面からぶつかろうとしていた。サイナップとペリルポイルは国王の本陣には顔が出せず、少し離れた丘の上から戦いを見ていた。彼等の周囲では騎馬戦に加われない兵士達が思い思いに地面に座り込んで、これから始まる勝負の行方を見守っていた。そこら中に日毎に大掛かりになった騎馬戦をよく見ようと双方の全軍が控えていて、きっかけさえあればいつでも全面衝突に拡大しそうな雲行きだった。
「サイナップ様、実戦を見るのは初めてです」
「そうか・・・。わしもぞくぞくしてきた」
そんな二人の期待に応えるようにして騎馬戦が始まった。
数十騎単位の騎馬戦の段階は過ぎ、この時には数百騎同士の騎馬戦となっていた。大人数ともなると指揮は一将校では手に負えない。双方とも数十人の将校を引連れた副将軍が参戦して、前進、後退を戦況に応じて繰り返させ、騎馬戦での勝利を掴もうとしていた。
色とりどりのホロームを着込んだ騎馬兵が突進する。人馬が入り乱れ、絶え間ない剣戟の音が響いた。騎馬兵は身軽な動きを好む者が多く、全身を鎧で覆わず、重要な部分だけを防御していた。そのため首や鎧の隙間を狙えば、一撃で相手を倒せた。そのせいで地面には斬り落とされた兵士が倒れ、乾いた土が若い命を吸い込んでいく。
戦場は両軍の激突で砂煙が舞い上がり、戦いは最高潮に達したが、どちらが勝っているかは判然としなかった。
「う〜む、興奮してきたぞ」
サイナップは飛び出したい気持ちを押さえながら、戦いを見ていた。敵の騎馬隊も強く、今日も引き分けに終わりそうな戦況と捉えた。
一方のペリルポイルは実戦の凄まじい迫力に圧倒され、コレゾドでいられる幸運を味わっていた。ただ戦略的な学問をしてきただけに、眼前で繰り広げられる騎馬戦の勝敗以上にもっと大きく戦況を変えてしまう一手を思いついた。それを告げるべきかと迷っているところに、サイナップの言葉が降ってきた。
「どうだ、ペリルポイル・・・これが実戦だ。わしも参戦したいが、引き分けが決まった戦いに飛び出しても仕方がない」
「引き分け・・・騎馬戦はそうでしょうが、今ならやり様によっては我軍が敵軍を壊滅させられます」
「ばかを申せ。見ろ!騎馬戦も終わりに近づき、敵味方とも引き揚げにかかっている」
サイナップの言葉通り、双方の騎馬隊は隊形をまとめようとしていた。地面に倒れた兵士の数は激戦の割には少なかった。緊張感が漂う中では騎馬兵達も神経を研ぎ澄まして戦い、相手の剣や槍をかわせるようだ。それに引き分け続きで無理に勝とうとする意欲が薄かった。副将軍にしても勝てればいいが、国王の前で負けでもしたら将来をなくしてしまう。双方とも負けない戦いをしたいがために無理な突撃は避けたのだ。
「サイナップ様、違います。私は騎馬戦について申し上げたのではありません。ご覧下さい。我軍は敵軍より高い位置に布陣し、風上に立っています。敵軍は見物のために前に出すぎで、低い陣取りに気付いていません。今全軍を挙げて攻め込むならば、間違いなく勝利します」
「何!勝利すると言うのか!」
サイナップは目を細めて戦場を凝視した。自軍の展開位置は敵軍と同じ平地とばかり思っていたが、ドルスパニア王国軍の方が僅かながら高位置を占めていた。それに風も敵の方に向かって吹いている。迷うことなくこの利を生かし、敵陣に突撃すれば勝機があった。何故なら引き分け続きの膠着状態に慣れている兵士達は、目の前の騎馬戦に気をとられて、なだらかな下り坂に気付いていないのだ。敵、味方とも引き分けが濃厚な状況に、宿営地に帰った後を考えているに違いない。そこには食事、酒といった、戦いを忘れさせてくれる楽しみが待っていた。
「よし!陛下に申し上げてみよう。お前はここで見ているがいい」
ペリルポイルの返事を待たずに、サイナップは丘を駆け下ってドンジョエル国王のいる本陣に向かった。彼のホロームが風を一杯に受けて膨らみ、剣を持つ獅子の図柄が背中で踊っている。巧みな乗馬ぶりと相まって若々しく見え、ペリルポイルを一層羨ませた。




