十章 親衛隊 122 躍進の時
・・・四・・・
それから数日経った。
セルタの中で大勢の招待客が用意された豪華な料理に舌鼓を打っていた。サイナップが長い遠征中の部下達を労うために宴席を設けたのだ。
招待客の一人としてペリルポイルも選ばれていた。サイナップは役目を十分にこなしている若いコレドゾだけを集めたかったが、後で彼等が嫌な思いをしないようにと幹部のコレドゾにも仕方なく声をかけていた。幹部達は彼の意図がわかっていながらも、宴席と聞くと我慢できずこぞって出席していた。
「日頃の我々の苦労を労って頂だけるとは、ありがたいことです」
「若い未熟な者達まで招いていただいて・・・これ、感謝するのだぞ」
幹部達はことさら若いコレドゾ達を卑下して、サイナップを持ち上げた。
・・・もうこやつ等は信用ならない・・・
笑顔で応じながらも、サイナップはいい気がしなかった。自身の目で評価して呼び集めたコレドゾは、ほとんどがタイガルポット出身のコレドゾを補助する途中採用のコレドゾ達であった。前に幹部達から聞いた通り、彼等の働きぶりは真面目で熱心だった。勿論その中にペリルポイルも入っていた。
・・・若いコレドゾの意見を聞くいい機会と楽しみにしていたが、幹部達の出席でそれもできない・・・
事実サイナップをいつものように幹部達が取り囲み、若いコレドゾ達は指をくわえて見るしかなかった。
「今日は無礼講じゃ。日頃の鬱憤を晴らすがいい。酒と食い物を残す者は許さぬぞ」
サイナップは幹部達にしこたま飲ませた。テーブルに用意された豪華な料理と日頃飲めない高価な酒を目の前にすると、幹部達の警戒心は消え、大騒ぎを始めた。
・・・上手い具合に進んでいる。酔って幹部達の注意が散漫となってきた・・・
サイナップと話せる機会を得ようとする若者がいた。・・・一人だけの例外・・・それがペリルポイルだった。
ペリルポイルはサイナップに紹介されてから、二人だけになれる機会をずっと窺っていた。しかし彼はいつもコレドゾ幹部に取り巻かれ、コレドゾでも低い階級のペリルポイルが直接話せる場面などなかった。
・・・・やはりコレドゾでも出世しなければ、サイナップ様には会えないのか・・・
そう諦めかけていた矢先、サイナップの方から機会を作ってくれた。彼は自分の運の強さを神に感謝した。そしてこの機会を絶対に逃したくないと、仲間達とむやみに騒ぐこともしないでサイナップに注目し、幹部達が彼から離れるのを待っていた。
「サイナップ様、お話があるのですが・・・」
ようやくサイナップに話しかけられたのは、宴が終わりに近づいた頃だった。誰もが酔って座が乱れ、他人に注目しない時を見計らって耳打ちしたのだ。普通に声をかけたつもりだったが、緊張のためか言葉がかすれてしまった。
冷静なペリルポイルがこうまで硬くなったのは、遠征中に自身の力を認めさせないと彼と接する機会がなくなるからだった。何故なら傷が癒えてしまえば、花形将校の彼がずっとコレドゾでいるわけなどないのだ。
・・・ここで私に興味を示さなかったら、未来が閉ざされてしまう。遠征が終わるまでに、何としても国王に最も信頼されているサイナップ様に自分の存在を知らさないと・・・
「話?わしにか・・・」
サイナップは優秀なコレドゾと紹介されたペリルポイルを覚えていた。真剣な表情を見て、宴席では聞かない方がいいと判断した。
・・・宴はそろそろ終わりにしていい雰囲気だ。酔い醒ましに若者の話を聞いて時を過ごすのも悪くないな・・・
彼は宴を終わらせ皆を送り出す際に、何気ない風にしてペリルポイルを残らせた。
「ペリルポイルだったな・・・わしに話とは?」
「名前を覚えて頂いて光栄です。今日はぶしつけなお願いをして、申し訳ありません」
周囲に気を配る話し方になった。幹部達の目を気にして過ごす日頃の癖が出てしまった。
「ここはわしのセルタだ。他に聞き耳を立てる者はいない。遠慮して小声で秘密めいた風に話させなくてもいい」
「わかりました。初めてお会いした時に、ニガタ様がコレドゾの役目についてお話されていました。ニガタ様が説明された調達書について申し上げたいのです。ニガタ様が意図的に説明を避けられた点があるのです」
いきなり本題に入ったペリルポイルに苦笑しながら、サイナップは長い話になりそうな気がして椅子に腰を下ろした。
「調達書・・・?・・・。長年の経験の積み重ねで作られただけに、素晴らしいものではないか。どこに言い足りないところがあるのだ?」
「私もあの場にいましたが、たかだか十日間でコレドゾの不可解な部分に気付かれたのは、さすがにサイナップ様だと思いました」
「褒めてくれるのか・・・ところで今お前は、ニガタが真実をわしに語ってないと匂わせている。上役が口に出さない話をするのだから、それなりの覚悟があるのだろうな」
ペリルポイルを見詰める目が鋭くなった。彼は単に上司を讒言するのであれば許さないと目で語った。ペリルポイルも視線を外さなかった。彼にとってコレドゾ幹部にのし上がっていくための最初の関門だった。
「はい。正しいと信じることに命は惜しみません。私は一コレドゾとして憂えているのです」
「そうか。いい覚悟じゃ。では詳しく聞いてやろう」
「サイナップ様が疑問を投げかけられた点が、コレドゾ制が抱える問題点です。調達書は正しく使うと素晴らしいものですが、特定の者だけに利益をもたらす使い方もできるのです」
「うむ・・・」
「ニガタ様は毎日同じ数量をサービア本部に手配されています。戦いがあってもなくても・・・同じなのです。一品たりとも品目や数量を変えられません。ニガタ様が説明された調達書は、最低数の確認のためにのみ使われています。我々が調べた補給品の数量や品目は無視されているのです」
「奴は増減をさせると口では言っていたが・・・とんでもない食わせ者だ。しかしどこでもそんなものだろう。それが何か問題なのか?」
「サイナップ様、大問題です。大きな偽りがあるのです」
「話してみろ」
サイナップはコレドゾに限らず、大きな組織の中ではなにがしかの不正はあると知っていた。軍の中にもあるし、王宮の中にもある。その不正が王国の体制を揺るがさない限りは、全体を動かす中での遊びとして幾分大目に見てもいいと思っていた。純真な若者と違って世の中をよく知っているサイナップは、規則通りに物事が運ばないのは承知していた。
・・・人は誰も自分の心を解放するために、無意識の内に小さな悪事を働くものだ。ペリルポイルも意外に世間を知らぬようじゃ・・・
この辺で話を止めさせて、世の仕組みを説いてこの若者を帰そうと考えた。しかし、まだ眠るのは早かった。彼は若いコレドゾの話をもう少し聞いてやることにした。
「軍の作戦は予定通り実行され、予想範囲内の損失で終わるように立案されています。調達書には、その作戦を達成させるための理想的な手配数が書かれています。ところが戦いは毎回計画通りには進みません。損失が予想より多くなる場合や、進行が遅れる場合もあります」
「そうだな・・・相手が強ければ勝利するまで時間がかかし、時には敗れることもある」
サイナップは楽に落とせるはずの攻城戦で激しく抵抗され、苦戦した戦いを思い出した。しかし攻撃が行き詰まって長期戦になったが、必要とする補給品の滞りはなかった。
「ペリルポイル、お前の言う通り進軍が予定より大きく遅れた時があった。しかし補給品の不足はなかった。それでも大きな偽りがあるというのか?」
「はい。あります」
近衛軍での経験を話してへこますつもりだったが、即座に断言されて驚いて彼を見た。彼の自信がどこから来ているのか考えようとしたが、満足できる答えが見出せなかった。
「えーい、じれったい。勿体ぶっていないで、わかるように言ってくれ。回りくどい話は苦手だ」
舌打ちしながら怒りをペリルポイルにぶつけた。
「申しわけありません。では申し上げます。サービアからの補給品が遅れなかったのは、今回同様に陛下が遠征軍を指揮されていたためです。確かに調達書は長年かけて作られた理想の書です。戦地のコレドゾは調達書を使って手配を終えれば、補給品が届くと安心しますが、首都のコレドゾ本部は補給品を決定する時にもう一つの鍵も併せて使うのです。それが表には出せない掛率書なのです。その掛率書というのは・・・」
ペリルポイルはサイナップに掛率書について説明した。調達書は遠征軍の兵士数から割り出された理想的なものであり、そのまま補給すれば何の問題も生じないが、コレドゾ本部が密かに掛率書を使って増減していると話した。遠征軍の要請はあくまで要請にしか過ぎず、要求数に対して二割から三割減じて本部が決定することも付け加えた。
「遠征軍が望む補給品が、全て届くとは限らないのだな」
「そうです。サイナップ様は常に陛下の遠征に御一緒されています。だから不足を感じられなかったのでしょう」
「厄介な話だ。遠征軍のコレドゾは掛率書の存在を知らず、調達書に沿って補給品を手配する。愚直なコレドゾ幹部ならば、実情など無視した調達書の数量で本部に手配してしまう。一方、本部では掛率書を使って遠征軍には明かさず手配数を減じている。二つの偽りが悪い方に重なれば、軍の作戦にも支障が生じる。聞き捨てならない話だな」
「時折秀でた将軍が抗議されることもありますが、決定権を握る本部には逆らえません。数量を減らされる位ならまだいい方で、あまり強く抗議すると違ったものを送られたり、到着を遅らされたりすることもあるのです」
「確かに・・・近衛軍では補給品が足りないと聞いた覚えがない。・・・わかったぞ!近衛軍に対しては掛率書の数値が高いのだな。百の要求に対して百十とかいう風に上乗せされる」
サイナップもその説明に同感した。どの部署も同じで、サービア本部が何事に対しても決定する権限を有している。ただコレドゾのような極端な例は少なかった。
「その通りです。特に陛下の指揮される遠征軍の数値は高いものと思われます。全ての物が、要請書の数値に水増しされて送られて来るのです」
「なるほど・・・だが、作戦が遅れた時はそれでもいいが、作戦が早く進んだ時や敵から必需品を奪った場合は補給品が無駄になるであろう」
「いいえ、無駄になりません。遠征先でもサービアでもそれを欲しがる者はたくさんいます。一度本部倉庫から出て行った補給品は、二度と倉庫には戻せません」
ペリルポイルは敢えて余った補給品の処分法は話さなかったが、サイナップはサービア本部のコレドゾ達の豊かな暮らし振りを思いおこして、その意味するところが理解できた。遠征軍のコレドゾ幹部とサービア本部間の闇の関係が、不正な富を生み出しているのだ。
「これは見過ごせない大きな偽りだ。軍が使う補給品の全体量は予め決まっている。それが事実だとすると、陛下が率いる遠征軍への掛率が高いのであれば、必要以上に補給品を減らされる部隊もあるわけだな。増やした分を他で調整しなければ辻褄が合わなくなる」
「その通りです」
「う〜む」
サイナップは赤裸々にコレドゾの暗部を教えられて唸った。
・・・彼等は疑われないために国王には必要以上に補給品を送り、その上しっかり自分達の懐も肥えさせている。考えてみれば、国王が遠征先で勝利しても常に他の遠征軍の何軍団かが敗退していた。力のある将軍が敗退するのを不思議に感じていたが、彼等の敗因は軍団の力不足ではなく補給品不足で負けたのであろう・・・
敗戦軍への掛率が大幅に減じられ、必要とする量が補給されなかったに違いなかった。将軍達はその掛率書のことを知らずコレドゾに強い不満を持つまでに至らなかったが、事実が僅かながら外に漏れてコレドゾの更なる悪評になっていたのだ。
・・・幸いにも将軍達の遠征先は弱小国であり、敗退しても王国の存亡には影響がなかった。逆にこの不正は勝利を続ける国王に対して、将軍達が一段と尊敬の念を抱かせることに役だった。将軍達は国王も自分達と同じ厳しい状況下にありながら勝利したと信じたのだろう。サービア本部の幹部等め!どこまでも抜け目がない・・・
サイナップに心に怒りが沸き上がった。
顔色が変わったサイナップを見ても、ペリルポイルは動じなかった。幹部将校に真実を告白することは、一つ間違えばペリルポイル自身が破滅する危険を含んでいた。サイナップがサービアのコレドゾ幹部と親しい関係で何らかの恩恵を受けていれば、コレドゾ制が崩壊しかねない秘密を暴露する者は、排除されるべき存在となる。しかし危険を冒してでも打ち明けなければ、ペリルポイルには未来が開けない。自身の命を投げ出す運命の賭にサイナップを選んだのは、生粋の軍人である彼の潔白な性格に期待してのことだった。それにコレドゾの現状を憂慮する姿を強く印象付け、将来の布石にもしておきたかった。
「陛下の遠征が他の遠征軍の敗北させるのか?皮肉なことだが何とかしたいものだ・・・お前はどう考える?」
「調達書は間違っていません。その使い方と掛率書が問題なのです。それを正すには、関係する者が多くて一筋縄ではいかないでしょうが、サービアのコレドゾ本部を見直さなければなりません。それには闇夜を照らす強い光が要ります。私は早く陛下に内政に目を向けて頂きたく思います」
「なるほど・・・。機会を見つけて陛下に申し上げよう。これまでは強国が多くて陛下の遠征は止められなかったが、今度のレドソック王国との戦いが終われば一息つける。その分、他の遠征軍にも梃入れができよう。しかし、お前が言ったコレドゾ本部の見直しは、相当時間がかかる。軍の関係者も絡んでいそうだからな・・・」
サイナップはペリルポイルの顔を見て、この若い口達者な若者を試してみようと思った。
・・・彼が失敗しても勝敗の行方には影響しない。それよりうまくいけば、ドンジョエル国王を説得する時に具体的な例として大いに役立つ気がする・・・
今度の遠征でレドソック王国との争いが決着したら、国王に内政に目を向けるように進言するつもりだった。ペリルポイルに言われるまでもなく王国の基礎を固め、拡大した領土の統治に力を注ぐべき時期に来ていると思っていた。聞かされたコレドゾ制の改革には時間はかかるが、戦うだけでなく考える力を持つ若者が育ちつつある王国の未来は明るい。それにしても・・・コレドゾ制の奥底まで掴んでいるペリルポイルには驚かされた。部隊に配属された一コレドゾに過ぎない彼がどんな手を使って秘密を探り当てたかを聞きたかったが、先ずは力を試してからだ。
「よし、わしは遠征軍のコレドゾ指揮者だ。この部隊のコレドゾ達を自由に動かせる。お前を試させてもらおう」
「試すとは?私は何をすればいいのですか?」
「明日からお前がニガタに代わってサービア本部への要請書を作るのだ。お前の言葉だと奴は余計な物まで手配している。日々の数字がどう変わるかをわしも知りたい。お前は自信たっぷりにニガタのことをわしに言った。その自信とやらをわしに示してくれ。結果が出なかった時は、命までは取らないがコレドゾは辞めさせる。やり方は全て任せるが、調達書を使わないのが条件だ。調達書を使えばあまりにも簡単すぎる。調達書はわしの手元において、お前の出した数字とサービアから送られてくる補給品を比べてみる。そうすれば何もかもが明らかになる・・・どうだ?」
ペリルポイルはサイナップから勇気と力を試されようとしていた。コレドゾに何度でもなれるタイガルポット出身者と違い、優遇される立場ではない。ここで辞めさせられたら二度と戻れないのだ。それが嫌で何かと理由を考えて引き下がろうとしても、『タイガルポットでは、将校は一度口に出したことは命懸けでやり遂げるものと教えられる』と言われれば逃げようがない。タイガルポットに憧れるペリルポイルはこの大原則はそらんじていた。
・・・この申し出を受けなければ、サイナップ様から見放されてしまう。私の弱い立場を知った上でのことだから、上手くいけば栄達の扉が大きく開く・・・
「本当ですか!!光栄です。ぜひ私にやらせて下さい」
間髪入れずペリルポイルは話に乗った。ここで躊躇うわけにはいかない。頭の中では既に回答を見つけていた。コレドゾとして役目に取り組む中で、補給品の数は大まかに掴んでいた。調達書がなくても何とかなりそうだった。それに協力してくれる仲間のコレドゾ達がいた。
「よくぞ言った。逃げ出さないとは思っていた。わしの試しに応えるために邪魔なものがあれば言うがいい。お前の望み通りにしてやる」
「そう言って頂ければ助かります。それでは・・・全てのコレドゾ幹部をサービアに帰して下さい。それと手助けしてくれるコレドゾを私に選ばせて下さい。この二つの願いだけで結構です」
「それだけでいいのか・・・」
「はい」
「よし、奴等には、『サービアに帰り、凱旋する陛下の宴を準備しろ』と言って、すぐに帰してやろう。長い滞陣に厭きているから、何も疑わず喜んで帰るだろう。これで邪魔者はいなくなるし、お前も思う存分力を出せるだろう。期待しているぞ」
「はい。ご期待に応えられるよう全力を尽くします」
サイナップは翌朝までに部隊内のコレドゾ幹部を全員サービアに帰した。若いコレドゾ達については、将校として部隊に戻る者も多く、帰すわけにはいかなかった。コレドゾ制のもう一つの役割は上手く機能しているのだ。だが・・・特に名指しされたニガタについてはサービアに帰すわけにはいかなかった。サービア本部で邪魔をするのが目に見えるからだ。勿論遠征軍に残すわけにもいかない。ニガタの行く先はペリルポイルには言わなかったが・・・サイナップの剣の中にしかなかった・・・




