一章 シュットキエル 12 息子へ
・・・十二・・・
村人達が去るとヨードルは、まだ呆然としているバーブルを促して家に入った。
「父さん、僕一人になるの?」
バーブルが心細げな声を出した。
「・・・」
父親は無言で何も答えず目を閉じていた。
・・・わしには時間は残されていない。十日間という限られた間に受け継いだ全ての知識をバーブルに伝えなければならない。祖先が守ってきた大切な役目を自分の代で途切れてさせるわけにはいかない。この限られた時間を無駄にはできない・・・
心が決まった。
「バーブル、今から塔に入るぞ」
「塔に?僕が入ってもいいの?」
ヨードルは塔に入るのは自分だけと決め、扉には鍵をかけていた。母親を亡くしてから父一人、子一人で暮らし、日頃は何かと優しいヨードルだが、塔に入ることだけは一度たりとも許さなかった。
「構わん。十日後にわしらはセレヘーレンへ出発する。ハンスが言うように、戦場では年老いた者の経験はいくらか役に立つが、若い奴等の力とは比べようもない。それでも半人前のお前達を行かせるよりはましだ。今日から十日の内にわしらが綿々と守ってきたものを、お前達に引き継ぐ。長年一族が受け継いできた役目を他人には伝えられない。これはハンスやトカレイも音同じだ。一人の命には限りがあるが、親子に流れる血は途切れない・・・少し難し過ぎるか・・・まあ・・・いい・・・いつかお前にもわかるだろう。さあて忙しくなるぞ。覚えて貰うことは山程ある。ついて来い」
ヨードルが頑丈な扉を開けた。入念に手入れされた扉は蝶番のきしむ音一つ立てない。ここから先はバーブルには未知の世界になる。
細い通路の先にもう一つ扉があった。ヨードルが扉を押す。扉には鍵はなかった。
「ここから先はもう塔内だ」
振り向いたヨードルが先にバーブルを先に入らせた。
「こ、これは・・・」
別世界が目の前に広がっていた。バーブルを驚かせたのは巨大な外塔の空間よりも内側に造られた同じ形状の内塔だった。内塔、外塔の二重構造になっているとは想像もしていなかった。その内搭の外側を巻くように螺旋状に階段が付けられていた。内塔も女性の体つきに似て、中程が豊かで下方に向かって美しい曲線を描いていた。
「見ろ、最上部で外塔と内塔が一つになっているだろう。鐘を鳴らす部屋だ。お前が役目を引き継ぎ、あの部屋でわしに代わって毎日鐘を鳴らすのだ」
「僕が・・・うまくできるのかな・・・」
いつか父の役目を受け継ぐと知っていたが、こんなに早くやって来るとは思ってもいなかった。限られた時間内にそれができるか不安になっていた。
「気弱なことを言うな。代々鐘の番人を受け継いで来た我家の血を信じろ」
父親はバーブルの両肩に手を置き、強く掴みながら叱咤した。真剣な父親の目であった。
「確かに時にはお前や病気で死んだ母さんにはつらい思いをさせたが、わしの代で鳴らすのを止めるわけにはいかなかった」
今度は一変しんみりとした口調になった。今にも涙が零れそうな目を見て、バーブルはどうしていいかわからず下を向いた。
「父さん、わかっているよ。母さんも恨み事一つ言わなかった」
バーブルはヨードルの代わりに母の臨終の場にいた。目を閉じたまま静かに眠る母の手をしっかり握っていたが、その手が緩み次第に冷たくなっていったことをはっきりと覚えていた。
「遠い昔のようだがわしも忘れてはいない・・・もう母さんの話は止めよう。わしらは明日に向かって歩くしか道はない」
父親は今まで見覚えがないほどの悲しげな表情で言った。
「そうだね、父さん。絶対に鳴らせるようになるよ」
バーブルは父親を安心させようと明るい声で言い切った。ヨードルは嬉しそうな顔をして何度も頷いた。




