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十章 親衛隊 119 警戒

・・・一・・・


 朝靄の中を一群の騎馬兵が静かに歩んでいた。若い兵の先頭には一人の老将が立っている。背後の若い兵達はまだ寝起き顔で欠伸を繰り返していたが、老将だけは背筋を伸ばし、厳しい表情で周囲に警戒の視線を送っていた。

「サイナップ様、今朝は一段と冷えます。我々だけで一回りしてきますから、ここからお戻りになられたらどうですか?」

 若い兵の一人が親しげに話しかけた。サイナップと呼ばれた老将はちらっと彼を見ると、苦虫を噛み潰したような顔をした。

・・・警護の重要さがまだスレディノカにはわかっておらん。将校というのに・・・兄のコレディノカは優秀だったが、何を考えたのか近衛軍を辞めてコレドゾになどなりおって・・・。父親が生きていればさぞかし嘆くに違いない。孫が一人前になるまでには、まだ時間がかかりそうだ・・・

 サイナップは先代の国王、現国王と二代に渡って仕え、近衛軍一筋に五十年以上生き抜いて来た。ドルスパニア王国の拡大期には近衛軍として国王と遠征を繰り返し、自分の邸でゆっくり過ごした日は少なかった。ここ数年は他国から攻め入られる心配もなくなり、国内で国王の身辺に目を配ればよくなっていた。大将軍になれる機会もあったが、どんなに説得されても近衛軍から離れようとはしなかった。それだけに先代国王の信任も厚く、現国王の教育係として任命され、幼い頃から厳しく育て上げた。彼だけは他の将軍が疎ましく思っているドル・ドンの審査など経ず、いつでも好きな時に国王に会うことができた。

 息子もタイガルポット出身の将校だった。しかし、『父親と同じ近衛軍にいたくない』と言って、自ら進んで遠征軍に加わった。息子は幾度となくサービアに届くほどの手柄をたてていたが、帰国を前にした戦いで行方不明になってしまった。

 サイナップは息子が見つかるまで面倒をみようと、二人の孫を引き取った。ほんのわずかな間と考えていたが、十年以上過ぎても息子は帰って来なかった。彼は二人の孫も軍人にしようと、タイガルポットに入学させた。期待通り孫達は順調に成長し、卒業することができた。サイナップは息子を遠征に行かせたことを悔いて、孫達を遠征の回数が少なくなった近衛軍に押し込んだ。

 父親似の兄、コレディノカは優秀で、近衛軍でも目立つ存在だったが、或る日サイナップに無断でコレドゾになってしまった。そして近衛軍に連れ戻されるのを怖れたのか、すぐに出発する遠征軍に志願してサービアを出てしまった。

 弟のスレディノカは近衛軍に残ったが、兄と比べると物足りない所があって、日頃から早く一人前にしようと厳しく仕込んでいた。それをどう思っているかわからないが、まだサイナップの言葉に従っていた。

「お前達は近衛軍の役目がわかっているのか?身を捨てて陛下を御守りするのが、近衛軍だ。特に今回のようなお忍びの時には、用心深くしなければならない。我々は近衛軍の中から特に撰び抜かれた親衛隊であることを忘れるな」

「それは承知しております。ただ・・・私は警護の人数が多すぎると思うのです」

 スレディノカの言葉に他の者も頷いた。ドンジョエル国王を警護してコンボット館に来てから、毎日朝と夕方に見回りと称して連れ出されることに閉口していた。狩りの姿であればまだしも、サイナップがわざわざ鎧、兜をつけた完全武装で姿を現すものだから、彼等も同じ格好をしなければならなかった。

・・・迷惑な話だ。祖父は見回りに飽きたらず一晩中の見回りを望んでいるが、敵地にいるわけではなく、そこまで付き合う気持ちにはなれない・・・

 スレディノカは孫として気遣っていたが、日を重ねるに従って煩わしさが増してきて、兄のコレディノカがコレドゾになった気持ちもわかるような気がした。

 老齢のサイナップがまだ現役でいることが、親衛隊では例外的な扱いであった。軍事大国のドルスパニア王国軍は若者が中心で、体力が落ちて戦えないと判断するとすぐに引退した。引退しても楽に暮らせる金が国から支給されるので、他の職業に就いて働く必要はなかった。中には軍の厳しい審査を受け、若い内に引退できる者もいた。

 審査は軍隊にいた年数ではなく、遠征軍への参加回数、実戦に加わった回数、戦果などで判断され、貢献度が一定の基準に達していると、年齢に関係なく引退時期を早められるのだ。当然その対象者は極めて優秀な者に限られ、資格を得た者はほとんど引退せず、将軍、幹部将校を目指して軍に残った。

 兄のコレディノカは遠征の少ない近衛軍にいながら、戦いの中で大きな功績を上げ、その資格を持っていた。彼は間違いなく将軍になれる器として周囲から将来を嘱望されていた。サイナップも自分の名声を継ぐものと期待していただけに、突然のコレドゾ転身には驚かされたし、失意も大きなものがあった。そんなサイナップを慰めていたのは、王家そのものだった。彼の功績もあってか、今や王家は興隆を極めていた。


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