九章 二つの戦い 118 いざ、コンボット館へ
・・・十四・・・
ペリルポイル自身の働きでキードレル姫懐妊発表を防げたが、残された時間は限られていた。彼はその間にスパークスを使ってキードレル姫を暗殺しようとしたが、姫の警護は万全で見張役を傍に置くことがやっとだった。最後の望みとして生まれてくる子供が姫君であることを願ったが、密かに届けられた知らせは世継ぎたる男子の誕生だった。世継ぎの誕生が公表されると、国王になる道が完全に閉ざされる。ペリルポイルはその知らせに打ちのめされた。
ドンジョエル国王はその知らせに喜び、姫と息子が静養している演習地近くのコンボット館へ僅かな親衛隊を連れて見舞いに出かけた。両者の運の強弱がはっきりと見えた。勿論強運者は国王だった。
ミミカベは男子誕生を知り、友の運の悪さを呪った。それでも諦めないでキードレル姫を探らせている内に国王見舞いの話を掴んだ。
「よくやった。不利な状況を一変させ、国王から王位を奪うまたとない好機の到来だ」
ミミカベは独断で首都警護軍をコンボット館へ向かわせる手はずを進めた。ペリルポイルに相談する時間もないほどの、急展開の場面だった。合わせて彼は幹部達をペリルポイルの舘に集めた。
「ペリルポイル様、御決断下さい。我々はどこまでも御供します」
ここペリルポイル邸のいつもの一室は熱気に包まれていた。
ミミカベの情報は、ペリルポイルを王位に就けようと画策する者達を狂喜させた。彼の栄達は自分達の栄達でもあった。今ペリルポイルに決断を迫っているのは、コンボット館を襲って世継ぎ誕生発表前に国王ともども葬ってしまおうとするものだった。
「しかし・・・命を奪うまでやらなくてもいいだろう・・・。キードル姫ならいざ知らず、陛下は大恩あるお方だ。退位を促し、国王の座をお譲りいただくことでは駄目なのか?」
「何を弱気なことをおっしゃるのです!我々の立場はまだまだ弱いものです。戦い慣れた将軍達が、世継ぎの誕生された陛下に味方するのは間違いありません。世継ぎ誕生がなければ退位を促し、平穏に即位されればよろしいでしょう。でも以前には考えられないほどに状況が変わりました。幸いにも国民はおろか兵達も王子の誕生を知りません。知れば大半は陛下に忠誠を誓います。発表前に行動しなければなりません。今しかないのです」
「そうだな・・・まさか世継ぎが誕生するとは・・・本当に陛下の子か?何かとキードレル姫には噂があると以前申したではないか」
「真偽を調べる時間はありません。キードル姫には何かと噂がありますが、陛下は信じられています。陛下が世継ぎと一緒に王宮にお戻りになれば全ては終わります。殿のこれまでの動きも必ず表に出ます。ここで決断されないと明日はありません。殿は幽閉され、マカサイト様も連座して罪を問われます。有能なマカサイト様は世継ぎの脅威として無実の罪を着せられ、必ず命を絶たれます。今しかないのです。今しか・・・」
ミミカベは話し合いが始まってから、渋るペリルポイルにずっと決断を促し続けた。彼はペリルポイルの栄達をずっと夢見て支えて来た。その好機を掴んだのだ。ペリルポイルの気持ちは理解できるが、決断を誤ってしまえば何にもならない。決断すれば彼の力からすれば容易いことだった。
彼は明快に理由を説明した。
「まず国内を動かれる時でも近衛軍団に警護されている陛下が、僅かな人数の親衛隊しか連れて行かれず、世継ぎ誕生で心が浮かれ警戒心をお持ちになっていません。次にコンボット館は小さな館で、周囲を十重二十重に取囲めば誰一人逃れられません。そして・・・これは殿の強運を物語っていますが、あの占い役のヘドロバ様が遠征に出ていて、陛下の傍にいません。陛下について調べる中でわかったことは、陛下の窮地を何度も救ったのは彼女の占いです。ヘドロバ様がいなければ、今の陛下は存命されてなかったと断言できます。もし彼女が国内にいたなら、近衛軍に邸を取囲まれるのは我々だったかも知れません。そのヘドロバ様がいない今が、我々に訪れた二度とない好機なのです。全てが我々に味方しているのです。ここで決断されなければ、世継ぎの息子に一生忠誠を尽すことになります。是非御決断を!間違いなく玉座に座れるのです」
「玉座にの〜・・・。このわしが・・・」
「我々も自信があります。我々も地獄の果てまで御供致します」
「殿!」
「殿、御決断を!」
青白い顔で考えていたペリルポイルの顔が紅潮した。
玉座の言葉が迷いを振り払ってくれた。
・・・確かにあのヘドロバが遠征に出ている今しか好機はない。それに国王の考えられない油断も重なっている。自分に運命が微笑んでいるのだ。・・・・
立ち上がって進軍命令を出そうとしたが、頭を左右に振って椅子に座り直した。国王の顔より不気味な黒装束のヘドロバの姿が大きく圧しかかっていた。
「わしはヘドロバが恐ろしい。やはり彼女がいる限り陛下を亡き者にできない。現に今頃陛下のもとにヘドロバから使いが来ているかも知れない。わしは陛下の世継ぎにお仕えして、この地位を保っていけばそれでもよい。ヘドロバを別の意味でわしは忘れていた・・・」
ミミカベはヘドロバを怖れるのも無理がないと思った。ドンジョエル国王を調べる中でその存在を知り、彼女が放つ摩訶不思議な力をどう捉えるべきか迷っていた。一見胡散臭い一占い師だが、謀を巡らす者達にとって巨大な壁となって行く手を遮っていた。だがどうしても越えて行かなければならない。第一ペリルポイルがこの場で怯んでも、ミミカベは既に彼を運命の戦いに押し出していた。
「殿、我々はもう後戻りできません」
「何故だ?まだ行動していない。話し合ったのもこの顔ぶれだけであろう」
ペリルポイルは決断をしなかった安堵感を漂わせて、家臣団の顔を見回した。危ない橋を渡らなくても済んだと喜んでくれると思ったが、部下達が一斉に目を合わさず俯くのを見て、悪い予感が走った。
「まさか・・・お前達・・・先走ったわけではあるまいな・・・」
「申しわけありません。首都警護軍に軍装させ、邸の外に待機させております。各軍の部隊長達には命令を伝達しました」
「命令とは・・・」
「『殿が警護隊を率いてコンボット館へ向かわれる。本隊は殿と進軍するが、先行軍は静かにサービアを離れてコンボット館近くの演習地で待て』と申し付け、既に出発させています」
「もう出発させたのか・・・」
頷くミミカベを見てペリルポイルは退路を断たれたのを知った。
・・・ここで思い止まっても首都警護軍の夜間行軍は誰かに見られている。首都での軍事行動は、前もっての届出が厳格に決められている。無届行動は重罪とされ、わしでも例外扱いにされることはない・・・
警護軍は軍装して出発していた。首都警護軍に悪感情を持っている近衛軍からすれば、反乱罪と糾弾できる何よりの材料にもなる行動だ。前に進むしかなかった。
「よし、わかった。皆の者、出かけるぞ!進むしかない。我々の新しい国を築くのだ」
全員が一斉に立ち上がってペリルポイルの言葉に唱和する。彼の言葉通り、もう前に進むしかない。部下達は彼を華々しい舞台の主役に押し上げることに自信を持っていた。
鎧に身を固めたペリルポイルは待機していた首都警護軍を何軍かに分けた。そして主力を率いてコンボット館に向かった。国王との戦いの指揮を他人に任せるわけにはいかなかった。
出発する前に近衛軍の即時解体、遠征軍の帰国禁止、首都サービアでの外出禁止などの当面の措置を決定した。一番信頼するミミカベをサービアに残して、これらの実施とドンジョエル国王一族の襲撃に当たらすことにした。
息子のマカサイトには使者を立てたが、今回の反乱の件は一切明かさなかった。息子まで巻き込みたくなかったのだ。彼は息子宛に誰もが知っているサービアの酒を贈った。使者も酒瓶を渡された時に伝言を尋ねたが、ペリルポイルは何も言わなかった。
全ての準備が整い、ここに国王に対する反乱が動き出した。夜を徹して演習地に向かい、夜明けを待って一気に襲いかかる作戦だった。
ペリルポイルは国王の命を奪ってその日のうちに即位するつもりでいた。粛々と進む軍団の中で、覚悟の決まった彼の胸は若者のように高まっていた。




