九章 二つの戦い 113 栄達への道
・・・九・・・
憧れの王国軍将校と同じ待遇をされるコレドゾになり、ペリルポイルは水を得た魚のように溌剌として軍務に精を出した。
・・・今は武力による領土拡大が国策だが、将来は平穏な統治を主眼にする方向に変わっていく。そうなれば戦いで目覚しい手柄を立てる機会は少なくなり、武術より行政的な知識を持った者が重宝されるだろう。その変化が始まる前にコレドゾになれたのは、世が自分を求めているからだ・・・
ペリルポイルは自信を深めていた。
彼はコレドゾ内で早く昇進しようと懸命に働いた。
武術に関しては普通の者より遅れをとっていたが、頭が切れて野心家のペリルポイルが頭角を現すまでに、時間は長くかからなかった。数年の内に軍団付からサービア本部に移り、各軍のコレドゾに命令できる幹部になれた。ペリルポイルが希望通りにサービア本部に移れたのも、軍団の副将軍になっていたミミカベが裏で動いたからだった。彼と一緒に軍団に入った名門タイガルポット出身で、特に優秀なミミカベの昇進は早かった。
「ミミカベ、できるだけ早く長官に上りつめるぞ」
ペリルポイルは幹部になれた時、ミミカベに次の目標を話した。本部でも彼を超える能力のある者がいなかった。しかしその地位から長官になるまでには思った以上に時間がかかった。彼の能力が劣っていたわけではなく、タイガルポット出身でないことが出世を妨げたのだ。それに本部に巣くっている古顔のタイガルポット出身者達の存在も邪魔だった。
古顔達は自己保身もあってか、昇進するペリルポイルのような途中採用者には特に辛く当り、役目として重要な商人達との取引は何かと理由を付けてやらせなかった。ペリルポイル達が懸命に役目に精を出すのは、一兵卒からコレドゾになれ、その地位を失いたくないためであると思っていたのだ。だから少しでも反抗的な態度を見せると、小さな失敗を大きく取り上げて本部から追放していた。コレドゾに憧れている若者は多く、彼等の代わりはいくらでもいた。
秀でたペリルポイルは注目された。能力ある彼の評価は古顔達の間で分かれた。力を持つ前に排除しようとする案と、仲間にしようとする案を話し合った。長い激論の末に彼等はペリルポイルに劣らず優秀な他のコレドゾを取り込み、彼を排除することにした。自我の強いペリルポイルに危険な匂いを感じたからであった。
古顔達は早速本部内でペリルポイルに近いコレドゾに罠を仕掛け、それを見逃す変わりに間者として彼を監視する役目を与えた。
「これで奴も終わりだ。奴の不正を暴いて、本部に二度と帰れないように僻地の部隊に送り込んでやる」
古顔達を仕切る長官のタイオカは部下達に自慢げに話した。しかしコレドゾのほとんどの者がペリルポイルと気脈を通じているとは考えていなかった。ペリルポイルを慕う者を一派に引き込み、排除する策略を練るお粗末さでは最初から相手になれなかった。そればかりか返って自分達の死期を早めることになってしまった。
同じ夜、ペリルポイルは監視役としてタイオカから命令されたナカジン本人から話を聞いていた。ナカジンも古顔達の横暴さを日頃から憎んでいた。自分が罠に掛けられたのはわかっていて、ペリルポイルに相談していた。
「そうか・・・俺の読み通りになってきた。相手の術中に陥った振りをして、相手を油断させる。お前は敵に知られないようにしろ」
ペリルポイルは初めて「敵」という言葉を使った。古顔達に間近で接して、余りの無能さと自己保身姿勢に呆れ果てた。タイガルポット出身という理由だけで、自分を卑下する彼等に敵愾心を抱いていた。タイオカ長官以下、古顔達を一掃しなければ長官にはなれない。待つのではなく、排除する決心がやっと固まった。
ペリルポイルはそれから何度も罠を仕掛けたられた。小さな罠にはわざと引っ掛かったが、追放させるような大きな罠は見事にかわした。小さな罠に意識的に引っ掛かったのはナカジンの信用を高めるためだった。事実ナカジンへのタイオカ長官達の信用は深まり、彼等の謀議にも顔を出せる関係になっていた。
ナカジンの情報もあって、タイオカ長官達の策略は未然に全て防げた。しかし、いつ何時仕掛けが巧妙になるかも知れない。ずっと無視するわけにもいかなかった。
ペリルポイルは使者を送って、ミミカベをサービアに呼び寄せた。ミミカベの手助けが必要だった。
「ペリルポイル、やっと決心したな。力になる」
「お前に軍団副将の地位を捨てさせ、コレドゾとして呼び寄せてしまった。申し訳ない」
「お前を大将軍にする俺の気持ちは今でも変わらない。いや・・・大将軍ではなくて、小さくてもいいから征服した国の国王だ。俺はそのために全てを掛けてもいい」
「国王とは余りに大きい望みだ」
「そうだろう・・・。コレドゾ長官なぞ小さい、小さい」
「お前にそう言われると俺もその気になる」
二人は再会を祝った。
その日からすぐにタイオカ長官達の一掃計画を立案し、周到な準備を始めた。
実務に疎い古顔連中を消し去っても、コレドゾ本来の軍務に支障が出る心配はなかった。各軍団を周り途中採用されたコレドゾに会って、自分の元でコレドゾを改革しようと説いた。目先の利く途中採用者達は、タイガルポット出身者の代役に嫌気を刺していて、将来を見据えた彼の話に同調した。彼等も一コレドゾで終わる気などなかったのだ。
ペリルポイルはそうした者達を密かに本部に部下として着任させた。古顔達は彼等にない野心を持った若い狼達が集まっても気づかなかった。もっとも狼達を呼び寄せたのは彼等自身であり得物も彼等自身なのであったが・・・・。
ペリルポイル達は機会を窺っていた。古顔達を残らず排除するには命を奪うしかなかった。しかし、サービアでそんな騒ぎを起こせなかった。コレドゾ本部にいる全員が罪を問われてしまうからだ。
「ミミカベ、何かいい手はないか?」
「そうだな。奴等の引退を待っていたら何十年かかるかわからない。サービアから離れた場所で始末しよう。俺にいい考えがある」
一人だけでは決心できなかったが、心許せる友がいれば心強かった。ミミカベとペリルポイルは車の両輪のように動き始め、具体的にその計画を立案した。
「これならいける」
「間違いない。後は実行するだけだ」
ある日のこと、ペリルポイル達は長官以下の古顔のコレドゾ達をサービアから離れた景勝地、トレンディアに招待した。そこは武骨な石造りの都市、サービアと違って深い森を擁する山岳地で、平地ばかりのドルスパニア王国では誰もが行きたがる名の知れた保養地だった。日頃から警戒心を抱かれぬようにペリルポイルは彼等に対して腰を低くし、従順な態度を示していたから『ペリルポイルの奴もやっとわしらの怖さがわかったようじゃ。こうまでしてわしらの機嫌を取ろうとしている』と、その招待に喜んで応じた。
ミミカベだけはサービアに残る理由を作って参加しなかった。参加すれば彼を気に入るタイオカ長官と一緒の馬車に乗らなければならず、円滑に計画が進まないと考えたからだ。
「タイオカ長官、トレンディアには夕方には着きます。選りすぐりの料理と酒、そして美女が首を長くして待っています」
「世話になる。散財させるが、見返りを期待してもいいぞ」
「ありがとうございます」
ペリルポイル達は数台の特別仕立ての馬車に乗せると、自分達は馬に乗ってサービアを出発した。馬に乗ったのは途中採用者ばかりで、古顔達が同じ馬車に乗りたがらない気持ちを考慮した形であったが、もっと奥深いものがあった。
トレンディアの風景は変化に富んでいて評判通り美しく、途中途中で気の利いたもてなしを受け続け、招待客は大いに満足していた。ペリルポイルはタイオカ長官に付きっきりで世話をし、感情を害して引き返さないように機嫌を取り結んだ。日頃は高慢で冷淡な長官も細かい所まで行き届いた気配りに、「ペリルポイル、サービアに帰ったら昇進させてやろう」と言葉をかけ上機嫌だった。
古顔達を害する恐ろしい企みが着実に進んでいた。タイオカ長官は気付かなかったが、ペリルポイルは時折空を見上げながら何かを待っているようだった。
「まだか・・・」
「ペリルポイル様、まだです」
「計画はここまでは順調だ。仕上げの段階に入っている」
「そのために我々は待っているのです」
「そうだな。ミミカベの作戦を信じるしかない」
ペリルポイルはそう言ってまた空を見上げた。空はどこまでも青く晴れ渡っていた。
ごろごろ・・・微かな雷鳴が聞こえ始めたと思う間もなく、晴れ渡っていた空がにわかに厚い雲に覆れると、雨粒が落ちてきた。
「来ました、ペリルポイル様」
「おおっ、天は我々に味方した」
彼等が待ちに待ったものがついにやって来たのだ。客人をもてなしている最中の雨の到来を、こんなに嬉しい気持ちで感じたことはなかった。
初め小さかった雨粒は、目も開けていられない豪雨となって一行をその場に足止めにした。周囲は何も見えず、屋根を打つ激しい音が雨の強さを物語っていた。馬車内の長官達は、馬上で雨に打たれるペリルポイル達を気の毒がった。しかし彼を中心にして数人の部下が集まり、自分達の天佑を喜んでいる場面を見ればそう思わなかっただろう。
・・・山岳地の変わりやすい天気に期待して計画を練ったが、願ってもない場所でその機会が訪れた。馬車内の奴等にはわからないが、今いる場所は深い谷間を臨むトレンディアでも数少ない難所の一つだ。晴れていれば眼下に広がる絶景に歓声を上げる場所だ。今は激しい雨に視界を閉ざされ、死の淵が口を開けていることにも気付かないだろう・・・
ペリルポイルは雨に打たれながら、爽快な気持ちでいた。
「配置につけ。私の合図を見逃すな」
部下達は命令されて、長官達の馬車の傍に散った。ペリルポイルは次の雷鳴を待った。一際大きな雷鳴と稲光が起きた瞬間、右手を下ろして合図を送った。
「それ、今だ」
「地獄へ堕ちるがいい」
「お前達の時代は終わった。後のことに未練を持つな」
部下達は口々に罵りながら、馬の尻を槍で突いた。
訓練された馬はそれまで何とか雷鳴と稲光に耐えていたが、槍で刺された痛みでその抑制を解かれ、いきなり狂ったように走り出した。
山際の細道を荒れ狂った馬がやみくもに走ると自ずと結果は見えている。
次々に深い谷に馬もろとも馬車は消え、一人として助かる者はいなかった。馬車から飛び出せば助かる者もいただろうが、扉は外から開けられても中から開けられないように細工されていた。別な意味でも特別仕立てなのであった。
ペリルポイルは次々に馬車が谷底に消えゆく様を興奮しながら見ていた。馬車の中から悲鳴も聞こえたが、心に突き刺さる罪悪感は起きなかった。それよりも今後の自分達の将来が大きく開けたことに喝采を送りたかった。
招待されたコレドゾがタイオカ長官以下全て命を失ったこの事件は、トレンディアの悲劇と呼ばれ国内でも話題になった。
国も多数の死者が出た事件をそのままにしておけず、特別に審査官を選任して詳細に調べさせた。
同じ日にトレンディアへ旅した者からも多くの目撃証言は得られたが、不自然さを口に出す者はいなかった。旅人達が見たのは谷底へ落ちて行く馬車の姿であったが、その馬車が暴走するきっかけとなった光景を誰も見ていなかった。街育ちの彼等の証言は大袈裟で、雷鳴と稲光の凄さをより強調して審査官に先入観を植え付けた。ペリルポイルと長官の親密な光景も目撃されていた。こうした点から悲劇の原因は雷鳴と稲光に馬が驚いての暴走と確定され、事件性がないとして誰も罪を問われずに幕引きされた。
事件後長官と幹部全員が事故死したことでコレドゾの役割が継続できるかと心配されたが、ペリルポイル達が円滑に補給品を各遠征軍に送り届け、王国軍の作戦に支障は出なかった。この功績を買われ、彼より年上のコレドゾがいないこともあって、ペリルポイルは晴れてコレドゾ長官に就任できた。本来なら上役のミミカベが長官になるところであるが、彼が固辞したためペリルポイルが選ばれた。軍人と違い文官の年功序列制は確立され、不変だった。ただミミカベの辞退する理由がわからず、暫くの間様々な噂が流れた。




