九章 二つの戦い 112 ペリルポイル
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ドルスパイア王国の首都、サービアから馬で一日の場所に、広大な軍の演習地が広がっていた。軍事大国の軍隊は戦いがなくても常に訓練しており、国内には様々な戦い、例えば山岳での戦い、平地での戦い、沼地での戦い、城を攻落とす戦いなどを想定して、遠征軍を訓練するための演習地が点在していた。
サービアに一番近いこの場所は、平地での戦いの訓練をする演習地の一つであった。そこは首都サービアに近いだけに『凱旋式典』の予行をするにも都合がよく、何かと利用されることが多かった。
ドンジョエル国王が王宮を離れてこの演習地に姿を見せたのは、演習以外の目的のためであった。王宮を離れる時は華麗な軍装の近衛軍団に護らせるが、公にできない事柄のため、近衛軍の中でも特に信頼をする者だけを集めた親衛隊に、狩りの姿をさせて訪れていた。
この時期ドルスパニア王国は他国との戦いでも連勝続きで、ドンジョエル国王の充実期と重なって最盛期を迎えていた。それに国内の治安は隅々まで維持され、何処に行こうとも身辺を仰々しく警護させる必要はなかった。
若い頃は国王自身が遠征軍の指揮をして国外に出ていたが、成長した部下に大きな部隊を任せられるようになってからは、サービアで結果を聞くだけの日々となっていた。
ショコラム王国の力は衰え、他に危惧する力のある国もなく、余裕を持って内政に力を注げた。ショコラム王国以外にも数国と交戦していたが、遠く離れた敵地での戦いであり、その勝敗の行方はほぼ見えていた。勿論有利に戦いを進めていたのはドルスパニア王国であった。そのため重臣達はおろか、国王自身も全く警戒心を抱かず、静養目的で造らせたコンボット館へ入っていた。
占い役のヘドロバに指揮させて、一万人もの正規軍を鐘探しの目的だけで遠征させられたのも、こんな背景があったからだ。
国が安定期を迎えると、国王と将軍達との関係が目に見えて遠いものになる。
各地に遠征に出した将軍は国王子飼いの者達であったが、彼等は凱旋しても以前のように気軽に国王には会えなくなった。国が強大になるにつれて、国王を神格化し偉大に見せるのが大事だと考える者が出て来て、国王と将軍の間に壁を作ってしまったからだ。
彼等は宗教、言語、文化の違う他国民に支配者の絶大な力を誇示すれば、征服後の統治が円滑に進むと考えて国王に進言した。国王は彼等の言葉に乗せられて、早く実現するのを期待するようになった。
円熟期を迎えていた国王も力の征服より、穏やかな征服を望んでいた。それだけに自身を神とし、他国民を統治する最高権威として位置付けられるのは悪い気がせず、その考え方に同調した。
血生臭い手柄話を長々と語る将軍達は疎まれ、豊かな考察力と知識を持ち、自分の権威を高めてくれる者を重用し始めた。ここにドル・ドンと呼ばれる側近団が新たに生まれた。
初代の長官になったのが、新しい考え方の中で国王に見出され、彼に引き立てられ、最後にはその命を奪うことになるペリルポイルだった。
ペリルポイルとはどんな人物なのであろうか?・・・彼について述べよう・・・
今でこそ権勢を誇っているペリルポイルも、昔は悩み多き青年であった。
その悩みの根幹には、多感な少年期に将校として学ぶ士官学校に入れず、軍人失格の烙印を押された劣等感にあった。
そもそも軍事大国のドルスパニア王国では、八歳になると男の子は誰でも将校として育つ見込みがあるかどうかを審判され、見込みがあると判断されると各地のタイガルポット(士官学校)入学を許された。将校への第一歩だ。
入学した子供達はそれから十年以上にわたって寄宿生活を送り、正規兵を指揮する将校に必要なあらゆる軍事知識を徹底的に教え込まれる。そして卒業すると同時に上級将校として部隊任務に就いた。
部隊の選び方は任された。強い軍団には優秀な人材が集まり、弱い軍団にはそんな軍団に入れなかった者や自分で強くして出世の早道を歩こうとする野心的な者が集まった。どちらにしても軍は活気に満ちあふれ、ドルスパニア王国軍の強さの秘密でもあった。
彼等は自分達が選んだ将軍の元で実戦を経験しながら将校として励み、軍幹部やその上の将軍を目指す道を歩くのだ。しかし・・・誰もが無条件で大出世できるほど軍は甘くない。ドルスパニア王国軍の要職に就くには、大きな軍事功績が求められる。それには一軍を率いる将軍となり、戦いで輝かしい勝利を得なければならなかった。
軍幹部になるにはタイガルポット出身であることが条件とされ、どこで学んだかで軍内での評価も違っていた。勇名を轟かせた将軍を多く輩出したタイガルポット出身者は、大先輩の引きで他の将校より昇進も早く、軍内でも大きな顔ができた。
タイガルポットも有名なものから無名のものまで数多くあり、そこへの入学から長い道のりが始まるのだ。
ペリルポイルは選ばれることに自信があった。物心が付いてから、自分より優れていると思う者に出会ったことがなかったからだ。
「僕は絶対に選ばれる。僕を選ばない大人はばかだよ」
面接官にも堂々と自分の優秀さを口にした。しかしそれは子供の考えだった。彼は不合格にされてしまった。能力の高さは認められたが、子供らしからぬ点が面接官の癇にさわったのだ。
タイガルポットに入れなかった時点で、頭に描いていた輝かしい未来は否定された。タイガルポット出身者は、それなりに力があれば思いがけないような出世ができるが、一兵士は大きな運と人並み外れた実力があっても、その足下までの出世も望めない。タイガルトポットに入れなかったペリルポイルが悩んだのは、仕方のないことだった。
一兵士として志願し栄達を望む道もあるにはあるが、長く、苦しく、成功もままならないいばら道を歩かなければならない。何故なら戦場で多くの敵兵を倒しても、手柄は本人のものとはならず、彼を指揮したタイガルポット出の将校、将軍のものとなる。そのおこぼれで手柄を立てた本人の地位は少し上がるが、何十人かの部下を指揮できる位であった。
何百人、何千人もの部下に命令できる将軍には逆立ちしてもなれる見込みはなかった。
一度ふるい落とされた者は兵士にはなれるが、兵士を指揮する上級将校にはまずなれないのがドルスパニア王国軍の兵制だった。
それでもペリルポイルも夢を諦めなかった。
不合格になった者が正規兵として戦うために習う武術には見向きもしないで、戦術や兵士を指揮する学問を学んだ。幸い有名なタイガルポットに入学した親友、ミミカベがいた。
ミミカベは幼い頃からペリルポイルと遊び、彼に叶わないとわかると「俺はお前を大将軍にする」と言い、同じタイガルポットに入って彼を将軍にさせる夢を持った。そのペリルポイルがタイガルポットに入れなかった時は本人以上に悲しんだ。
「どうしてお前を落とすのだ?俺はあの面接官を絶対許さない」
ペリルポイルへのミミカベの信頼は揺るがなかった。
タイガルポットに入ってからもペリルポイルの元を常に訪れ、自分が学んだ知識や門外不出とされる軍事書物を持ち込み、彼をタイガルポットにいるのと同じ境遇に置いた。
タイガルポット以外でいくら学んでも、入学を許された友以上に軍人として出世できないのはわかっていたが、ペリルポイルも必死で学んだ。タイガルポットで学ぶミミカベに頼めば、欲しい書物は何でも揃った。
ミミカベのペリルポイルへの傾倒は年を重ねるに従って強くなった。仲間というより主君に見立てて献身的に動いた。
「ペリルポイル、お前は俺の思った通りの男だ。俺は一生お前について行く」
ペリルポイルに頼まれてタイガルポットの試験問題を持ち込んだが、在校生の首席を遙かに下に置く彼の力を見て、益々自分の夢を膨らませた。この言葉は彼の口癖となった。
「ミミカベ、こんな時代だ。いつかは必ず羽ばたける時が来る」
二人は先の読めない世の中に期待を抱いていた。そのための準備だけは怠らず、世に出る機会を待っていた。
ミミカベがタイガルポットを卒業して将校になる時が来た。
毎年卒業生達は昇進が遅い精鋭軍か、やりようによっては一気に昇進できる弱小軍に入るかを悩む。野心家にとって弱小軍は魅力あるが、命を削る気持ちがないと身が持たない。精鋭軍に入れば敗軍の憂き目には会わないが、名のある将校が数多くいて出世は覚束ない。その選択次第で将来が大きく変わってしまうから、自分の力を客観的に分析し、希望する軍団の実力も加味して一生を決める決断をしなければならなかった。中には悩んだ末に決断しても親や親族に反対され、身動きが取れなくなって自殺する者もいた。勿論成績の悪い者は選べる立場ではなかった。
成績優秀者として表彰されたミミカベの元には、数多くの軍団から誘いが来た。彼は最強の軍団を断って、これと言って特徴のない地味な軍団を選んだ。その軍団を見て仲間達は『奴は何を考えている?自分の将来を投げ出したとしか思えない』と言ったが、彼は気にしなかった。
仲間は彼の真意を見抜けなかった。
ミミカベは軍団の将軍と取引をしていた。彼の条件はペリルイルをコレドゾとして受け入れるものだった。それ以外の条件は一切付けなかった。
「ペリルポイルとやらをコレドゾとして入隊させればいいのだな」
軍団の将軍は何度も念を押した。優秀な者を入隊させるために、多額の支度金を用意しなくてもいいのを喜んだ。一人位コレドゾが増えても痛くもなかった。
ミミカベは自分の出世が遅くなっても、ペリルポイルが安全に過ごせる部隊を最優先に考えた。志願兵は激しい戦いの中で、将校の手柄のために駒のように使われる。弱国相手でも戦場で強敵に遭遇すると、勝敗に関係なく命を落とすことになる。主君と仰ぐ友が戦場に送られることが最大の懸念事項であった。だから無条件でペリルポイルをコレドゾとして受け入れてくれる軍団を選んだのだ。
「ペリルポイル、この部隊なら兵士として戦わなくてもいい。俺が将校としてお前を護れるから安心してくれ」
彼は名補佐官として生涯ペリルポイルを支え続けることになるが、最初の選択からその力を十分に発揮したのであった。
一兵士よりも部隊で待遇のいいコレドゾ。ペリルポイルは、ミミカベの将来と引き換えにコレドゾになった。
コレドゾは戦いに参加する必要もなく、身分は一般の兵士と区別され、将校並の待遇をされる。任務も本国から送られて来た補給品の管理をする楽な役目だった。それゆえ別名『ドルスパニア王国軍の休息所』と陰で呼ばれていた。
コレドゾが戦わなくても将校並に扱われたのは、それなりの理由があった。彼等が他の軍務者達と違い、タイガルポット出身というドルスパニアでは認められた存在であったからだ。
優秀な将校として期待されて王国軍に配属されたものの、実戦を重ねる中で戦いに向かない者、考え方が変わって戦おうとしない者、見かけだけで戦力にならない者など、将校として資格を欠く者が少なからず出てくる。正規兵を指揮する学問を少年期から繰り返し教え込まれていたが、戦場という極度に緊張する状況に置かれると内に秘められた弱い部分が現れる者もいるのだ。
戦えない者達を軍から追放すれば問題は解決するのだが、それまでの育ち方が特殊であり、そう簡単に見捨てるわけにはいかなかった。
将校になるべく少年期からタイガルポットで純粋培養された者は、軍を離れると一人ではまともに生きられない。そんな若者達が追い出されたら不名誉な問題を起こすのは容易に想像がつき、それを防ぐ意味で半ば強制的にコレドゾにして軍内に抱え込んだ。落ちこぼれ連中とは言えタイガルポット出身者の犯罪者を出すのは許されないことだった。悩みを聞いて解決してやる専門の部署と担当者がいれば早期に立ち直らせるが、まだこの時代には心を解き放つという発想そのものがなかった。
これがコレドゾの生まれた経緯だが、若い失格者達はコレドゾとして軍内に留まり、軍も落ちこぼれ者を外部に出さないことで威信低下を防げた。
コレドゾ制はうまく機能し、この制度によってドルスパニア王国軍は全て精兵であると内外に示せた。しかしコレドゾは復帰するまでは正規の将校と一線を画され、給金は将校で最下位であり、昇進できるがその地位はコレドゾ内だけのものであった。それでも出世を多く望まなければ、戦わなくてもいいコレドゾは意図的に自由な生活を求める者にとっては格好の隠れ場所になった。
コレドゾは軍内で自由に振舞っても非難されず大目に見られた。気楽な生活を楽しんでいても、飽きるとまともな将校として軍務に復帰する者が多いと知られていたからだ。何時の世も刺激のない生活を長く過ごすのは、若者にとっては遊びより難しい。
怠惰な日々の中で、生きて来た証として思い出すのは戦いであった。命をやり取りする戦場での緊張感は他では絶対に味わえない究極の刺激だ。恐怖から逃れたい気持ちより刺激を求める気持ちが強くなると、誰に言われなくても自然にコレドゾから将校に戻った。彼等は一様にコレドゾになる前より軍務に忠実な者になった。
この特権階級であるコレドゾへの重い扉をミミカベが開けた。
ミミカベがいなければいかに能力が高くても、タイガルポット育ちでないペリルポレルはコレドゾにはなれなかった。軍団はそれほどまでにミミカベを評価したのだ。ペリルポイルのことは軍団の秘密とされた。
軍団に入ってしまえば、それまでに培った数字に強く物事を理論的に考える能力が彼を押し上げた。軍事学を学ぶ傍らで身に付けた一般的な学問がおおいに彼を助けた。
それはコレドゾ制の欠陥だった。
上級将校の道を逸脱してコレドゾになった者は軍務を真面目に考えず、従軍はするものの役目には真剣に取り組まなかった。補給品の管理は軍にとって重要事項であり、彼等の軍務放棄をそのまま見過せない。実務ができる者が必要だった。それでペリルポレル以外にも兵士の中から優れた者を選んでコレドゾとして採用した。その者達がコレドゾ制を真に支えていた。
コレドゾになれたことで、ペリルポイルは運命を切り開く出発点に立てた。
タイガルポット出身でない彼が国の行き先を大きく変えていくのだが、この時には大河を行く大船の一乗客に過ぎず、船の行く先を決めることはおろか、舵取りもさせてもらえない小さな存在だった。




